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第十二話・魔将と災厄


「ぐわはははは! どうした、水の神柱(しんちゅう)とはこの程度なのか!?」


 地の魔将ダングランと交戦するオンディーヌは、上空に浮かびながら地上を見下ろしていた。

 下半身が加わったらどれほどの大きさになるか――先ほど確かにそう思ったのだが、それは杞憂だったらしい。ダングランは完全に地面と一体化し、的確に攻撃を叩き込んでくる。

 ダングランが拳を握り、ひとたび大地を叩けば地面からはその身の丈にも負けぬほどの大きく鋭利な岩の槍が突き出て上空のオンディーヌに襲いかかってくる。

 万歳するように両手を振り上げれば、宙には無数の岩の塊が出現し前後左右から降り注いでくるのだ。


 ダングランは地、オンディーヌは水。属性相性はすこぶる悪い。

 次々に襲い来る岩の槍や塊を器用に避けながら、不愉快そうに双眸を細める。


「(あの攻撃だ、地上では地震のような揺れが起きていることだろう。時間をかければマスターたちに気づかれる。あのお人好し集団のことだ、援護に来る前に片づけなくては……)」


 今頃、ダングランの攻撃による震動がヘイムダルにも届いていることだろう。ジュードたちが気づけば、下手をすると援護に来てしまう。

 そこまで考えると、オンディーヌはダングランの攻撃を避けながら素早く詠唱し、魔法を形成していく。


「吹き飛べ! アクアストリーム!!」


 オンディーヌが両手で持つ槍を大きく振るうと、宙に出現した水流が猛烈な勢いでダングランの顔面に叩きつけられた。膨大な魔力を誇るのがオンディーヌだ、その高い魔力から繰り出される魔法を真正面から受ければ並みの敵では耐え切れない。

 しかし、叩きつけた水流が消えた頃に、オンディーヌは切れ長の双眸を思わず見開いた。


「……!」

「ぐふふふ……四神柱(ししんちゅう)の中で特に高い攻撃力を誇るのが水の神柱だと聞いていたが、まさかこれが全力なのか? だとすれば期待外れだよ!」


 魔法は確かに直撃したはずだ、ダングランは防御魔法さえ使っていなかったはず。にもかかわらず、その身には傷ひとつ付いていなかったのだ。

 流石に驚いたオンディーヌの様子を見て、ダングランは大層愉快そうに高笑いを上げる。殴り落そうというのか、固く拳を握り締めて問答無用に腕を振り回してきた。どんくさそうな見た目を盛大に裏切り、その動作は非常に俊敏だ、オンディーヌは直撃するギリギリを飛行しながら突破口を探る。


「水は魔法による攻撃力、地は物理と魔法による防御を得意とする。俺がなにを言いたいかはわかるな?」

「……」

「強力な魔法攻撃を持つ貴様と絶対的な防御力を誇るこの俺、どちらの力が上か――だ! そして我が身に傷ひとつ付けられぬことから、俺の能力の方が遥かに優れているということは明白! ぐはははは!!」


 火と氷の互いに相殺し合う属性と同じように、相反する優れた能力のぶつかり合いはどちらがより優れているか、で決まる。

 例え属性相性が悪くとも、オンディーヌの魔力の方がダングランの守りよりも優れていれば――傷を付けることも可能なはずなのだ。だが、どう見てもダングランの身には傷など付いてはいなかった。

 思い切り振られた腕の直撃を両手に持つ槍でなんとか受け止め、地面に叩きつけられる寸前で空中に静止するとオンディーヌは口元に薄い笑みを滲ませる。


「……ペラペラと、よく喋る奴だ。戦闘中にそれだけ口を動かして疲れないのか」

「ククッ、この状況でも減らず口を叩けることだけは評価してやろう。己の無力さを痛感しながら――死ねッ!!」


 依然として高笑いを上げながら、ダングランは大きく両手の平を開くと一度頭上に振り上げ――次の瞬間、思い切り大地へと叩きつけた。


 * * *


「きゃッ! もう、またですか……?」

「あらぁ? あたしを相手によそ見だなんて、随分と余裕なんですねえぇ!?」


 ヘイムダルを後にしたシルフィードたちもまた、オンディーヌ同様に見覚えのない魔族三人からの襲撃を受けていた。ガイアスは不意に揺れた地面に思わず小さく悲鳴を上げて、崩しかけたバランスを取りながら咄嗟に足元に視線を落としたのだが、そんな彼女の隙を敵は見逃さない。

 艶やかな短い金髪を持つ少女の姿をした魔族は、ガイアスの頭上高くまで飛び上がると風の刃を叩き下ろした。


 しかし、風の刃とガイアスの間――フィニクスが素早く割り込むと、紅蓮の業火でその刃を焼き尽くす。

 それに安堵するような間もなく、そんなフィニクスへ今度は四方八方から水流が飛翔してきた。だが、それは彼女の身に触れるよりも先に金色の透明な防御壁によって阻まれる。それは地属性の防御魔法、ガイアスが発生させたものだ。


「むうぅ……邪魔しちゃめーなのですぅ! 神柱ってのは卑怯者の集まりなんですかあぁ?」

「落ち着きなさい、セヴィオス。相性など考えなくとも我々の力の方が上なのですから、そう怒ることはないでしょう。じわじわと……狩ってあげればよいのですよ、一匹ずつ、ね」

「はぁーい! ティアノイドがそう言うならそうしますぅ!」


 セヴィオス――そう呼ばれた金髪の少女は背中にかかる穏やかな声に対し、にこにこと満面の笑みを浮かべると元気よく片手を振り上げて挙手とする。彼女を宥めたティアノイドは黒と青の毛を持つ大きな狼だ、その身の丈はちびの倍以上。

 ガイアスの前に着地を果たしたフィニクスは、刃物のように鋭い双眸を以てそんな一人と一匹を睨み据える。


「……やれやれ、ふざけた者たちですね。セヴィオスという少女が風、ティアノイドと言われていた後ろの狼が水の魔将と言ったところですか」

「ええ……それに先ほどからのこの揺れ、オンディーヌも補足されたようですね。あとは――」


 フィニクスの言葉にガイアスは幾分か不愉快そうに双眸を細めながら静かに頷き、彼女もまた新たに現れた敵を見据える。だが、次に彼女のその視線は空へと投じられた。

 現在、風の神柱シルフィードは火の魔将と共に天高く舞い上がり、空で交戦している。ただでさえフィニクスがいることで周囲に引火してしまわないか心配な中だ、その上で火の魔将まで加われば確実に火は辺りに燃え移り、広がってしまう。それを考えてのことである。


 属性相性を存分に活用して襲ってくるこの魔将二人は、非常に厄介な存在だ。

 秘めたる力が高いだけでなく、自分が有利に戦える相手を討つことしか考えていない。仲間のサポートをしようなどという気は――彼らの中には存在しないように見えた。

 それだけ仲間の力を信頼しているのか、はたまた単純に薄情なのかまではわからないが。


「よぉーっし! ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、なあぁ~!」

「はぁ……こんなことをしている場合ではないというのに……」

「ふっ……もしや、カラミティのところへ行こうとしているのか?」

「……カラミティ? 聞き覚えのないお名前ですけれど、それはどなたなのかしら」


 至極上機嫌な様子でやや上体を前に倒し、フィニクスとガイアスを交互に示し始めたセヴィオスを見て、フィニクスは眉根を寄せながら溜息をひとつ。彼女たちは肌に感じるほどの禍々しい気配を放つ存在を処理するためにヘイムダルから出てきたのだ、このような場所で足止めを喰らうわけにはいかない。

 忌々しそうにセヴィオスを見据えるフィニクスを見遣り、ティアノイドは愉快そうに喉を鳴らして笑った末に問いを投げかけてきた。覚えのない名前にガイアスは眉を顰めて怪訝そうな表情を滲ませる。


「カラミティはメルディーヌが生み出した、まさに最高傑作……奴が食い殺した生き物の力は全てサタン様の元へと送られ、あの方の血肉となるのだ」

「なんですって……!?」

「つまりぃ、カラミティが生き物を食えば食うだけサタン様がもっともぉ~っとお強くなるんですぅ!」


 その言葉に、フィニクスはもちろんのこと、彼女の後方にいるガイアスも思わず目を見張って息を呑んだ。

 カラミティと言う名の存在が生き物を食えば食うだけ、サタンの力が増幅していく――今この大陸には生き物がたくさん存在している。ヘイムダルに向かっている他の部隊を片っ端から食われたら堪ったものではない。戦力が激減する以外に、敵側の力が増してしまう。



『……今回参加する全ての者の未来を魔族などに奪わせてはならない。精霊たちよ、皆を頼んだぞ』



 この戦いに赴く前にジェントから向けられた言葉を思い返して、フィニクスとガイアスはほぼ同時に身構えた。

 その言いつけを、恐らく既に守れてはいない。そのような存在が放り込まれたのなら、犠牲者だって出ているはずだ。ならばこれ以上の被害者を出さないためにこの場を全力で突破し、止めに行く。


 身構えた二人を見てセヴィオスは愉快そうに満面の笑みを浮かべると、両手を大きく広げて腕に風を纏わせていく。

 彼女の後方で座り込んでいたティアノイドは天を仰ぎ、遠吠えをひとつ。すると、その周囲には氷と水の塊がいくつも浮遊し始めた。


「あっはは! 無駄ですよぉ、さっさと諦めちゃえばいいのにぃ~!」

「そういうわけにはいきません、早々に突破させて頂きます」

「やれるもんならやってみやがれ~ですぅ!」


 セヴィオスはにこにこと笑いながら飛び出してくる。フィニクスは双眸を細めると、利き手に燃え盛る炎を纏わせて駆け出し、真正面から迎え撃った。



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