第七話・ライオットの正体
「ああもう、しつっこいのよ!」
「マナ、ちょっとはセーブしないとヘイムダルまでもたないわよ!」
上陸したジュードたちを待ち受けていたのは、案の定だが魔族の群れであった。
海岸に屯していた群れはフラムベルクとサラマンダーの二人が蹴散らしてはくれたものの、当の二人と合流し奥へ奥へと足を進めれば進めるだけ、数は増すばかり。前線を担うジュードたちは休む暇もなく武器を振るい、遅い来る群れを払い続けている。
その種類はグレムリンとガーゴイルの他に、デーモンもいる。デーモンばかりは流石に楽勝とはいかない。神器のお陰で闇の領域の影響を受けることはなくなったが、恐ろしいのはその能力だけではないのだから。
マナは次々にやって来る群れ目がけて魔法を叩き込んでいるが、そんな彼女の隣ではルルーナが声を上げる。それに周りは木々が生い茂る森の中だ、彼女の火魔法で引火してしまったら――それを考えると止めずにはいられなかった。
「で、でも、みんなの援護をしないと……」
「これだけの数です、群れを率いる親玉がいると考えるべきでしょう。姫様、なにか心当たりはございませんか?」
「確かなことは言えませんが、四魔将と呼ばれる者たちがいたはずです。もしかしたら、その四魔将が率いているのかもしれません」
「よんましょう? なに、それ……」
タイタニアは後方まで流れ弾が飛んできてもいいようにと、マナたちの前に立ち塞がり防御壁を展開しながら肩越しにエクレールを振り返る。彼女は長い間このヴェリア大陸にいた身、ジュードたちよりも敵の戦力を把握できているはずだと想定して。
すると、当のエクレールの口からはこれまで聞いたこともない単語が出てきた。それはタイタニアやノームも同じだったようで、不思議そうに瞬きを繰り返す。
「わたくしも詳しいことは存じませんが、四神柱に対抗するためにメルディーヌが作り出した存在だとか……恐ろしい力を持っていると聞いています。ヘイムダルを攻め落としたのも、四魔将が率いる群れのひとつだと……」
「……それは興味深い存在ですね。是非ともお手合わせ願いたいところですが、今はそうも言っていられません――ライオット!」
エクレールの言葉にマナとルルーナは顔を見合わせ、ノームは心配そうにタイタニアをそっと見つめる。だが、そこはやはり大精霊か。タイタニア本人はまったく臆したような様子もなく微笑んでみせると、最前線で暴れ回るジュードを――正確には、彼の肩に乗るライオットへ目を向けた。
不意に声がかかったライオットは振り落とされないよう必死にジュードの服に掴まりながら、余裕など欠片もない切羽詰まった様子で声を上げる。
「う、うにー!? どうしたにー!?」
「この群れを率いている親玉がいるはずです、マスター様をそこまでお連れしなさい! 親玉を叩くのです!」
突然の言葉に驚いたのは、ライオット本人よりもジュードたちの方だ。
ライオットは精霊であり、彼らを生み出したヴァリトラが生きている限り死ぬことはない。だが、例えそうだとしてもライオットで大丈夫なのか、そう考えたのだ。
「……そうだな。私もタイタニアの考えに賛成だ、ライオット。いつまでそのふざけた姿でいるつもりだ。ここはお前の故郷なのだから本来の姿に戻れ」
「あらあらあら、フラムベルクったら。この姿も可愛いのに……」
「そうですよぉ、わたくしはこっちの方が好きですわぁ」
「好き嫌いで駄々をこねている場合かッ!」
タイタニアの言葉に賛同したのは、同じく最前線を担うフラムベルクだ。彼女の傍ではサラマンダーが疲れ切った顔をしながら、無言のままに何度も頷くことで肯定を示している。
頭上からはフラムベルクの相方フレイアと、タイタニアの相棒アプロディアが呑気な言葉を返してくるが。火の神柱となって戦えば今よりも遥かに戦況は楽になるのだが、辺りの木々を思えばそうもいかないのが現状だ。
ならば、どうにかできる最善の策に委ねるのが一番。フラムベルクはそう考えた。
「よくわからんが、モチ男ならばどうにかできると言うことか?」
「そうみたいですね……おいモチ男、出し惜しみしてないでできることあるならやっちまえよ、これじゃヘイムダルに着く前に完全にバテちまう」
大きく振りかぶり、思い切り殴りつけてくるデーモンの拳を武器で受け止めながら、グラムは奥歯を噛み締めるとジュードの肩に乗るライオットを肩越しに見遣る。いくら英雄と言われていても、休む暇もなく襲ってくる魔物の群れを前に流石のグラムもつらそうだ。
リンファのサポートをしながら共に前線で戦うウィルは、幾分か恨めしそうに双眸を半眼に細めてライオットを睨む。カミラの治癒魔法があっても、右や左から次々に攻撃が繰り出されてくるため前線で戦う彼らの身は常時ボロボロだ。それでも倒れずに軽口を叩けるのは、ヴァリトラの力で防御力も上がっているお陰だろう。
「べ、別に出し惜しみしてるわけじゃないに! この姿の方が楽なだけだに!」
「貴様、鍋にして食われたいのか?」
「わ、わかったに! マスター、行くによ!」
「い、行くってどこに……っていうか精霊も鍋って知ってるんだ……」
ライオットが咄嗟に上げた声に即座に反応したのはフラムベルクだ。初めて会った時は落ち着いた雰囲気を纏っていた彼女だが、そこはやはり勝気な性格の者が多い火属性。分別こそあるものの、わりと短気のようだ。
そんな彼女の言葉にライオットは何度も頷くと、不意にジュードの肩から飛び降りて魔族の群れの中へと飛び込んでしまった。
「ラ、ライオット!?」
「大丈夫よ、ジュードちゃん。たまにはライオットも働かせないとね」
慌ててその後を追いかけようとしたジュードの背中に制止を向けたのは、イスキアだ。船を動かしたことで疲れたのか、彼は中衛からのサポートに徹している。
一方で突如群れの中に飛び込んできたライオットに対し、魔族たちは怪訝そうな様子でもっちりとしたその身を見下ろした。デーモンたちから見れば、身の小さいライオットなどただの雑魚なのだろう。口角を引き上げてにたりと笑う。
一番近くにいたデーモンはゴミでも踏みつけるかのように、大きな足を引き上げてライオットを踏み潰そうとした。
だが、デーモンのその足がライオットの柔らかい身に触れる直前――不意に当のライオットの全身が真っ白な光に包まれたのである。そうして次の瞬間、デーモンの足首ほどまでしかなかった身の丈は見る見るうちに高く、大きくなっていく。
「うにー! ライオットをバカにするなに! 踏めるものなら踏んでみるに!」
「おいおいおい、モチ男……どうしちまったんだ?」
「ね、ねぇ、あれって……!?」
中衛でカミラのサポートをしながら前線の状況を窺っていたクリフは、ぐんぐんと大きさを増していくライオットの様子に目を白黒させた。その身から放たれる光を嫌がるように魔族がじりじりとライオットの傍から離れていくのだから、不思議な光景だ。
程なくして光が止んだ先、そこにいたのはいつものふざけた顔のライオットではなく――純白の馬に酷似した姿。頭部からは金色の鋭利な角まで生えている。その様を見てカミラは驚いたように声を上げた。
「ラ、ライオットって……ユニコーンだったの?」
「うにッ! みんなライオットのことなんだと思ってたに!?」
「普段のあれからどうやってユニコーンを連想しろってんだよ……」
初めてライオットを見た時は一体何者なのかと思ったものだ。あの独特のフォルムからは、なんの動物も思い浮かばなかった。お情け程度についている頭部の角がヒントだったのかもしれないが。
ユニコーンの姿形を取ったライオットを前に、一度は魔族の群れもたじろいだのだか、すぐに勢いを取り戻して襲いかかってくる。
だが、ライオットは頭部に生える角の先端に光を集束させると、辺り一面を目も眩むほどの閃光で包み込んだ。すると、すぐ傍にいたデーモンやガーゴイルたちは苦し気に呻きながら、浄化されるかのように身体が砂となり空気に溶けて消えてしまったのである。
「ギイイィッ!?」
「ライオットをバカにするなに! マスター、ライオットの背中に乗るに、親玉を探すによ!」
「あ、ああ」
光が止むと、ジュードは瞳孔を無理矢理こじ開けられるような鈍痛を目に感じて片腕で目元を擦りながら頷く。目へのダメージはジュードたちよりも魔族の方が深刻だったらしく、こちらを取り囲む群れはそのほとんどが目元を押さえて苦悶の声を洩らしていた。
この隙に、とジュードは急いでライオットの傍に駆け寄ると、真っ白い背中へ跨る。もっちりとした感触はまったく残っておらず、完全に馬の背中だ。神牙を腰裏の鞘に収め、空いた手で首元を撫でるとジュードの口からはしみじみとした呟きがひとつ。
「ライオット……お前、カッコよかったんだな……」
「マスターもようやくライオットの魅力がわかったに? 行くによ、しっかり掴まってるに!」
「(普段あの姿しか見てなかったから余計にそう思うんだろ)」
そんなやり取りを耳にしてウィルは思わず内心でツッコミを入れたのだが、言葉に出すことはしなかった。今はともかく、この状況を打破するのが先だからだ。余計なじゃれ合いに時間を割く暇はない。
クリフの背に庇われる形で目元を擦っていたカミラは、最前線に視線を投じながらぽかんと口を半開きにさせていた。ライオットの姿に驚いたというのはもちろんなのだが、彼女がどこか呆然としている理由は別にある。
「……白馬の王子様、ってとこか? お嬢ちゃん?」
「――!! そ、そそそんなこと考えてません!」
「どうかねぇ。なぁ、タイタニアさん?」
「うふふ、巫女はいつの世も可愛らしいものですわねぇ」
「ヘ、ヘイムダル! ヘイムダルはもうすぐです! 気を引き締めていきましょう!」
カミラは言葉でこそ否定してみせたが、クリフやタイタニアの言葉に瞬時に耳まで真っ赤になってしまうことからして、クリフの揶揄はあながち間違いでもないのだろう。ほぼ強引に話を終わらせてしまうと、魔族の群れへ飛び出していくジュードとライオットを見送って杖をぐっと握り締めた。




