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第六話・聖地ヘイムダルへ


 旗艦から小型の船に乗り込んだジュードたちは、少人数で陸地へと向かった。

 オールで漕いで向かうのでは随分と時間がかかるものだが、こちらには精霊が味方としてついている。小舟の最後尾に乗り込んだイスキアが強風を巻き起こすことで、船は猛烈な速度で見る見るうちにヴェリア大陸へと近づくことができた。

 だが、陸地の魔族の群れがそれを見逃してくれるはずもない。砂浜に屯していたガーゴイルたちは威嚇するかのように吼え始め、次々に不気味な黒い塊を無数に飛ばしてくる。それは魔族が扱うことのできる闇魔法だ。


「イスキアさん! 魔族が!」

「大丈夫、このまま突っ切るわよ。しっかり掴まってて!」

「え、ええぇ!?」


 けれども、当のイスキアから返る言葉はあっけらかんとしたものだった。彼の一番近くにいたマナは思わず目を見開いたのだが、更に速度を増す船の上――振り落とされないようにしっかりと船べりに掴まり、頭を下げる。

 無数に放たれた大小様々な黒い塊は既に目前。だが、イスキアは慌てることもなくその中へと船を走らせた。

 ぶつかる――ジュードたちは咄嗟にそう思い、身構えたのだが――いくつも出現したそれらの塊が船に触れる直前。まるで空気に溶けるかのように瞬く間に消失し始めたのである。


「……あ、あれ?」

「うに、オンディーヌが魔力を使って闇の魔法をかき消してくれてるんだに」

「うふふ。万が一オンディーヌがサポートしてくれなくても、無理そうだと思ったらわたくしが地の魔法で防御壁を作りますからご心配なく」


 愉快そうに笑いながら至極当然とばかりの様子で言葉を向けてくるのは、地の大精霊タイタニアだ。彼女は上体を低くすることもなく、悠々と座り込みながらにこにこと微笑んでいる。まったく身構える様子がないのは、それだけオンディーヌの力を信頼している証だろう。



『――うむ、お前たちの船には攻撃など加えさせん。安心して行け』



 つい先ほど、オンディーヌは確かにそう言ってジュードとライオットを送り出してくれた。ジュードは片手で己の横髪を押さえながら、思わず旗艦の方を振り返る。

 猛スピードで進んでいるために既に旗艦の船首部分さえ窺えないが、ジュードはぐ、と下唇を噛み締めると言葉には出さずとも彼らの無事を願った。神を支える柱の一人、オンディーヌがついているのだから大丈夫――そうは思っているが、心配はやはり完全には払拭しきれない。

 ならば、少しでも彼らが安全になるように自分たちが聖地ヘイムダルに到達し、可能な限り早く制圧する方がいい。そう思考を切り替えると、ジュードは改めて正面に向き直った。


「さて……そろそろ出番ですわよ、フラムベルク。周りは木々が多いんですから燃やさないでくださいませね」

「ああ、任せてくれ。できるだけ加減はするよ」


 小舟はぐんぐんと陸地に向かって接近しているわけだが、これだけの速度。どう上陸するというのか。見たところイスキアの方には減速する気はなさそうだ、このまま突っ込めば砂浜に乗り上げた拍子に投げ出される可能性が非常に高い。

 ウィルがそう考え始めた頃に、ふとタイタニアが改めて口を開くと、フラムベルクが意気揚々と立ち上がり、サラマンダーと共に身構えた。

 そうして次の瞬間、ほぼ同時にフラムベルクとサラマンダーが単身で陸地へと飛び出したのだ。


「さぁて、場所を空けてもらうぞ! ここは元々王家のものなのだからなッ!」

「ギイイィッ!!」

「オラオラオラァっ! 退きやがれ!」


 フラムベルクとサラマンダーは陸地に着地を果たすと、それぞれ武器を構えて群れを成す魔族を次々に薙ぎ払い始める。それを見てイスキアは今度は船の前方へ向けて手の平を突き出し、緩やかな風を放つことで徐々にブレーキをかけていく。船が砂浜に到達する頃には、上陸の手筈――つまり雑魚散らしは終わっていることだろう。

 現に接岸する今もフラムベルクとサラマンダーは互いにタッグを組み、四方八方から襲い来るガーゴイルやグレムリンを躊躇なく斬り伏せていく。まさに獅子奮迅の活躍だ。


「ね、ねぇライオット、オンディーヌさんたちは大丈夫かな? 今見えてるだけじゃなくて他にもたくさん魔族がいると思うの。大陸はとても広いから……」

「はい、ヴェリア大陸は森や林が多く、敵味方問わず身を隠すのに最適な地形をしているのです。大丈夫でしょうか……」

「大丈夫だによ、むしろライオットたちがこの辺りにいると邪魔になっちゃうに」


 程なくして船が砂浜に到着すると、イスキアは軽い足取りで船べりを伝い細かな砂地の上に両足でぴょんと着地を果たす。ライオットはジュードの肩にしがみついたまま、心配そうなカミラやエクレールに目を向けて何度も頷いてみせた。


「オンディーヌの戦法はあくまでも殲滅戦なんだろ? なら、俺たちが見えるところでウロチョロしてたら、巻き込む可能性を考えて満足に戦えない」

「ウィルさんの言う通りナマァ、だから早めに森の奥に進んだ方がオンディーヌさんにとっては助かるナマァ」

「ふむ……では、行くかジュード。先陣はワシが切ろう。カミラちゃん、後ろからでいいからヘイムダルがある方を指示してくれ」

「は、はい! わかりました!」


 ウィルとノームの言葉にカミラもエクレールも納得したように小さく頷くと、森の奥地へと目を向ける。ウィルたちにとっては初めて足を踏み入れた大陸だ。これまで興味はあっても、決して訪れることはできなかった。

 しっかりと砂地を踏み締めてから、先んじて駆け出したグラムの後に続く形で各々駆け出す。目的はこの場所から遥か北東に向かった森の奥深く、カミラの故郷である光の聖地ヘイムダルだ。

 ゴロゴロと辺りに転がる魔族の屍を追っていけば、露払いをしてくれているフラムベルクとサラマンダーとも合流できるだろう。


 先頭はグラム、その後にジュードとウィル、リンファが続く。更にその後ろにはエクレールとカミラ、ルルーナにマナ、そして後方からの奇襲を警戒して最後尾にはクリフが位置づけた。精霊たちは各自彼らのサポートができるよう辺りに散っている。

 ジュードはゆるりと双眸を細めて、己の内へと意識を合わせる。すると、その刹那――彼の身を中心に淡い黄金色の輝きが放たれ、ヴェリア大陸全体だけではなく海に浮かぶ数多くの船を包み始めた。


『ふふ、もう共鳴(レゾナンス)に慣れたか。頭の方は物覚えが悪いというのに、やはり才能だな』

「う、うるさいな……これで、船で戦ってる兵士さんたちも大丈夫、だよね?」

『うむ、少しばかり我の力に振り回されるだろうがな。そのままの状態で戦うよりはいいだろう。あとは我らが早めにヘイムダルを制圧できれば問題はない――ゆくぞ!』


 頭の中に響くヴァリトラの言葉に一度こそジュードは表情を顰めたが、すぐに気を取り直して森の先を見据える。彼がヴェリア大陸に住んでいたのはうんと小さい頃だ、オマケにヘイムダル近郊の森より先にはあまり出たことがない。

 それゆえにジュードはこの辺りの地理にあまり詳しくはないのだ。けれども、なんとなく――言葉にし難い懐かしさを感じながら、森の先へ先へと視線を投じた。



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