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第四話・手癖と足癖


 サタンにトドメを刺す際は一撃だったが、今回はそうもいかない。

 ジェントの背に生えた両翼は一度大きく羽ばたくと無数の光の羽根をジュードたち目がけて放ってきたが、即座に身を翻すと片翼がもうひとつ大きく撓る。更にもう一度片足を軸に回転すれば、今度は逆の翼が羽ばたき立て続けに三発飛ばしてきたのだ。

 時間差で訪れる衝撃に備え、クリフは奥歯を噛み締めてしっかりと盾を構えた。これを防げなければ、魔王の攻撃から仲間を守れるかどうかさえわからない。やるしかないのだ。


「ぐおおおぉッ!」

「クリフさん!」


 真正面から思い切り叩きつけられる光の羽根に、クリフは腹の底から押し出すような声を洩らして歯を食いしばる。神盾オートクレールを中心に、彼の目の前には後方の仲間を守るべく結界が張り巡らされた。自分の後ろに攻撃が飛んでいかないように。

 だが、第一波を受けると衝撃が走り、クリフの集中が弛んだ。元々魔法をメインに戦うわけではない彼にとって、精神的な集中を保つのはなかなかに難しい。結界が消えることはなかったが、あちらこちらにヒビが入り、大小様々に亀裂が走った。それを見て、思わずクリフはひとつ舌を打つ。


「(なんて威力だよ、生身の身体だったら今ので腕がバカになっててもおかしくねーぞ……)」


 けれども、泣き言など言ってられない。かつてサタンを打ち倒したジェントがこれほどの力を持っていると言うことは、対するサタンは同等――最悪、彼以上の強さを持っているはずなのだから。

 第二波が激突すると、結界の端がボロボロと崩れ落ちていく。だが、大きく息を吸い込むとじわじわとだが修復され始めた。完全な守りにこそならないだろうが――最後の三発目を相殺することはできるはずだ。


 最後の一撃、三発目が直撃するとクリフは身体のあちらこちらに鈍痛を覚えた。

 結界は――辛うじて残っている。肩越しに後方を見ても、ジュードたちに被害は出ていないようだ。だが、立て続けに叩きつけられた攻撃の数々はクリフの身にダメージを蓄積させた。防ぐことはできたものの、衝撃で身に鈍痛が走るほどに。

 けれども、仲間に被害が出ていないことを確認したクリフは片膝こそついたが、その顔に薄らと笑みを浮かべてジェントを見据えた。


「へ……っへへ、どーよ勇者さま。余裕……ではないけど、ちゃんと……防いだぞ」

『……見事だ、その調子で明日からも頼んだぞ』

「へへ……大技防がれたってのに涼しい顔しちゃってまぁ……アッタマくんなぁ、もう……」

『戦いは大技があれば勝てるものではない、ひとつ防がれたのなら次に移行するまでだ』


 至極当然のことのように返る言葉に、クリフの顔には苦笑いが滲んだ。カミラは慌ててその傍らに駆け寄り、治癒魔法を施していく。それとほぼ同時に、ジュードたちは一斉に駆け出した。

 リンファとウィル――横並びに駆ける両者は、互いにちらりと一瞬のみ目配せをひとつ。なんだかんだと長い付き合いだ、互いの考えていることはどちらもなんとなく理解できるらしい。やっぱり、とでも言うように薄く笑った後、一歩先を駆けるジュードを確認して左右に割れた。ウィルは左に、リンファは右に。


 真っ先に攻撃に移ったのは――先んじて駆け出したジュードだった。

 体勢を低くして突撃し、左手に持つ神牙を真横に薙ぎ払う。ジェントはその一撃を後方に跳ぶことで難なく避けたが、彼の注意は即座に己の両脇に向いた。素早く視線のみを一度左右に向け、ウィルとリンファの動向を窺う。

 そして次の瞬間――その双眸は大きく見開かれた。


「はああぁッ!」

「ええいっ!」


 ウィルが大きく槍を振るうと、風の塊が猛烈な勢いで飛んできたのだ。振るえば振るうだけ、それらは数を増して襲いかかってくる。

 避けようとはしたのだが、リンファがそれを許さなかった。片足に力を込めて再度真後ろに跳ぼうとした彼よりも先に、リンファが神双アゾットを頭上から足元に振り下ろせばジェントの足元からは大きな水柱が勢いよく噴き出したのである。


『く……ッ!?』


 水柱はジェントの身を空高く叩き上げ、ウィルはそれを逃さない。流れるような動作で素早く槍を振るえば、呼応するかのように神槍ゲイボルグが力強く輝きを放ち、風の力を凝縮した塊がいくつも上空の彼へと飛んでいく。

 状況を見守っていた精霊たちは、驚いたように目を見張った。


「あれは……ジェントの?」

「……そうか、あいつの技はあくまでも神柱(しんちゅう)の力によるもの……神器を使えばあれらの技を使用することも可能だというわけか」

「威力こそジェント様には及びませんが、瞬時にそんなことを考えつくだなんて……わたくしたちの目は狂っていなかったようですわね」


 イスキアが洩らした疑問を皮切りに、同じく戦況を見守っていたシヴァが納得したように呟き、その隣ではタイタニアがどこか嬉しそうに笑った。

 上空へ叩き上げられたジェントは奥歯を噛み締めて、背中の両翼を羽ばたかせることで体勢を立て直すが――その直後、ウィルが放った風の塊が直撃。全身を引き裂かれるような激痛に、彼の秀麗な顔が自然と歪んだ。


『……ッ、やる……まさか自分の技を返されるとはな……だが――まだッ!』


 以前の訓練の時とは異なり、今回は明らかに押せている。

 だが、それで大人しく勝たせてくれる相手ではない。ジェントの方に確かに余裕はなくなってきているが、手の内をこれで全て見せたわけではないのだ。

 上空でひと回転すると利き手の氷柱を砕き、その腕を振り上げた。それを見てライオットは慌ててジュードたちを見遣り、声を上げる。


「うにっ! クリフ、もう一回だに!」

「あ、ああ? マジかよ!」

『遅い――――氷雨(ひさめ)!!』


 ライオットからの声にクリフは慌てて上空を見上げるが、カミラの治癒魔法によって治療されている真っ最中の彼の反応は――僅かばかり遅れてしまった。

 刹那、上空からは精神空間(マインドスペース)全体を覆い尽くすほどの氷の雨が降り注いだのである。鋭利な刃物が無数に降り注いでくるようなものだ、ジュードは慌てて聖剣を掲げたが――仲間までは守り切れなかった。


「きゃああぁッ!?」


 アロンダイトは聖剣の所有者であるジュードの身は守ってくれたが、あまりにも咄嗟のことだったために広範囲を守る結界を張るのが間に合わなかったのだ。悲鳴を上げて次々に倒れていく仲間を見回し、ジュードは思わず唇を噛み締める。

 しかし、よそ見をしている暇などない。上空からはジェントがそのまま急降下して、体当たりしてきたのだ。宙を自由に動ける彼と、空に逃げられれば手が出せないジュードでは明らかに不利である。真正面からぶつかってきた衝撃に吹き飛ばされながら、それでも持ち前の身体能力を活かして着地を果たすと即座に体勢を立て直す。


「……?」

『……どうした?』

「あ……い、いえ」


 だが、当のジェントは――そのまま空に飛び上がったりはしなかった。

 背にある翼を使い、サタンのように上空から技を繰り出せば明らかに有利なはずなのに。けれども、ジェントはそれをしない。一度こそ、ジュードは驚いたように目を丸くさせたが、程なくしてその顔に笑みを浮かべた。


「(あくまでも真正面から、か……そうだな、ついつい忘れがちになるけど、この人はオレのご先祖さまなんだもんな)」


 ジュードが姑息な手段を嫌うように、彼もまた同じなのだろう。

 ウィルたちは今の一撃でダメージから回復できずにいる、一方で精霊たちにも加勢するような気配はない。完全な一対一の勝負だ。

 ジュードは一度深呼吸すると、再び地面を強く蹴って駆け出した。ジェントは改めて利き手を頑強な氷で包み込むと、ジュードを真っ向から迎える。


 頭上から振り下ろされる聖剣を――今度は、避けることをしなかった。利き手に構える氷柱で防ぐと、両者の腕に重い衝撃が走る。互いに表情を顰めて歯を食いしばり、力で押し合う。

 先に次の行動に出たのは――ジェントの方だった。聖剣を防いだ片腕を力任せに横に払ってしまうと、追撃が来るよりも先に身を翻し回し蹴りを叩き込む。紅蓮の炎を纏うその蹴りは、打撃を防ぐだけでは完全な防御にはならない。

 蹴りを防いでも、その足に纏わりつく炎が的確にダメージを与えてくるのだ。


「んぐぐ……ッ! ジェントさんって本当に足癖わっるい……!」

『……性分だ』


 ジュードは咄嗟に聖剣で防いだが、炎が彼の身を襲う。焼けつくような熱に表情を顰めたまま文句を洩らせば、その炎さえ鎮火してしまいそうなほどの冷静な声が返る。自分ばかり余裕がないような気がして、ジュードは軽く眉を寄せた。

 身を襲う熱に内心で舌を打ちながら、それでも引き下がるという選択肢はなかった。どうせこの精神空間の中では死ぬことはないのだ。それならば多少のダメージには目を瞑り、対応するのが一番いい。

 ぺろ、と己の口唇をひと舐めすると逆手に持つ神牙を振るった。その刃は彼の肩を直撃し、今度はジェントの表情が痛みに歪んだ。


 しかし、それで怯むはずもなく――矢継ぎ早に攻撃を繰り出してくる。利き手の氷柱を思い切り振るってくる様には無駄な動作や躊躇などひとつたりとも見受けられない、ジュードの方には未だ僅かにも躊躇いがあるというのに。

 手にした神牙から手を離して地面に落としてしまうと振られる氷柱を聖剣で受け止め、続いて叩き込まれる蹴りは――手が焼けるのにも構わず防ぐと同時にその足を逆手で捕まえた。そのまま力任せに腕を上げてしまえば、ジェントは体勢を崩して背中からひっくり返る。だが、ジュードに負けず劣らず優れた身体能力を持つ彼のこと、即座に身を捻り逆手を地面へつくことで身を支えながら逆の足を振り上げ、ジュードの手にある聖剣を蹴り飛ばして弾いてしまった。


『――ッ!?』


 しかし、その行動は予測できていたらしい。

 手から離れた聖剣を無理に追うことはせず、ジュードは素早く身を低くさせてジェントの背中を取った。それと同時に先ほど地面に落とした神牙を拾い上げ、彼の利き腕が振られるよりも先に足を解放すると、背中側から腰回りに腕を回してがっちりと固定。そして神牙の刃を彼の首横に添える。


「オレも足癖は悪いけど……手癖も、悪いんです」


 そこでようやく、ジェントは動きを止めて視線のみで神牙を見遣った。そうして一拍後、その身からは力が抜け、代わりに腹の底から吐き出すような深い息が洩れた。


『……見事だ。強く、なったな……』


 そう声が洩れると、それまでジェントの片腕を包んでいた頑強な氷が音を立てて崩れた。集中を解いたせいだろう。つまり――戦闘は終わりだ、決着がついたということになる。

 それを確認してからジュードは突きつけていた神牙を引き、彼の身を解放した。


「みんなが、一緒だったからです……」

『……それでいい、君は一人じゃないんだ。仲間と協力することを……忘れるな』


 一応勝つことはできたが、ジェントが既に傷を負った状態でなければ勝敗の行方は――わからなかっただろう。ウィルたちはまだ、ヴァリトラの力を完全に自分のものにはできていない。

 最後の戦いを前に、課題はまだまだたくさんあった。


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