第三話・共鳴の力
飛び出してきたジュードを真っ向から迎え撃つジェントは、利き手の先を伸ばして肘の手前から先までを頑強な氷柱で包み込む。現在武器を持たない彼が剣として選んだのが、この氷柱だ。頭上から振り下ろされた神牙の一撃を受け止めても、折れることはなかった。
神牙と氷柱が思い切り衝突すると、爆ぜたような衝撃が辺りに走る。ライオットやノームはその衝撃に転がりながら、イスキアの片足ずつにしっかりと掴まった。
「く……ッ!」
『(重い……)』
受け止めた一撃だけで、ジュードの力が以前までと異なることがジェントにはよくわかった。これはもう、足だけでやり過ごせるレベルをとうに超えている。
どう仕掛けるか、そう考える彼の目の前――ジュードの胸部からは白い輝きが放たれ、次の瞬間ちびが飛び出してきた。飛び出す勢いのまま喰らいつこうと襲ってくる様に小さく舌を打つと、仕方ないと判断して素早く後方へ跳び退る。
だが、現在の相手はジュードとちびだけではない。後方へ跳んだ彼の隙を突いて両サイドからは共に前線を担うウィルとリンファが飛びかかってきた。
右からはゲイボルグ、左からはアゾット。どう対処するか頭で考えているような暇はない。
ジェントはウィルに向き直ると、突き出される槍の切っ先を寸前で回避した。威力は――ゲイボルグの方が高い。その刹那、肩や背中に感じるアゾットに斬り裂かれる痛みに表情は歪んだが、それでも彼の動きは止まらなかった。
続いて振り回された槍を身を屈めることで避けると、下から片腕を真横へ一息に薙ぐ。するとウィルの腹部には深い裂傷が走った。けれども、瞬く間に癒えていくところを見ればカミラが治癒魔法を後方からかけていることが容易に窺える。
それを確認して、ピンチであるというのにジェントの口元には自然と笑みが浮かんだ。
彼らの連携は既に充分だ、これならば実戦でも負傷はカミラに任せておけば問題はないだろう。彼女は仲間のことをよく見ている。
「はぁッ!」
『――!』
立て続けに振り下ろされるアゾットを背中に感じて、ジェントは視線をウィルに向けたまま片手を振り上げて背中からの攻撃を受け止めた。手に感じる重みにも、確かな手応えを感じる。
ウィルはパワーファイター、リンファはジュードと同じくスピードで圧倒し敵を撹乱するタイプだ。まだまだ粗削りだが、ヴァリトラの力に慣れていない身でこうであれば実戦で充分に通用するだろう。ビリビリと僅かに痺れる腕を感じながら、肩越しに彼女を見遣る。
『……君に足りないのは腕力だと思っていたが、これなら充分だな』
「……っ、お褒めいただき、光栄です……ッ!」
『ウィル、君は目で相手の動きを追うよりも感覚で読め。ゲイボルグを扱う風使いならば、感覚を研ぎ澄ませることでそれも可能なはずだ』
「(……! そっか、ヘルメス王子と戦った時みたいに……)」
あの時は必死で、そしてやむを得ずに取った行動だったが、どうやら間違いではなかったようだ。カミラの治癒魔法のお陰で即座に痛みから解放されたウィルは、屈んだままの彼目がけて下方に向けた刃を振るう。
それを見たジェントは、リンファの攻撃を受け止めていた腕を力任せに振るうことで払うと、真横へと跳んだ。しかし、そこで感じたのは――彼らの後ろから放たれる、ただならぬ魔力だった。
「いくわよ、マナ!」
「わかってるって!」
それは、中衛を任されたクリフの後方で魔法の詠唱をしていたルルーナとマナだ。二人は同時に杖を掲げると、ジェントがなにかしらの対処をするよりも先に術を発動させた。ジュードたちが彼から離れている今こそ、絶好のチャンスだ。
その刹那、ジェントを囲むように巨大な火柱が立ち昇り、内側の地面からは紅蓮の炎を纏う岩の槍が無数に突き出してきた。そして爆弾が破裂するように大きく爆ぜたのである。いくら多少は距離があったとはいえ、ウィルとリンファは傍で起きた爆発に対し、思わず両腕を顔の前で交差させて守りの姿勢を取り、ジュードはぽかんと口を半開きにさせてその状況を見守っていた。
「す、すごい……ヴァリトラの力で一気に魔法の威力も上がってる……」
「こ、これならどう? 前回はまったく通用しなかったけど、今なら神器とヴァリトラの力で……」
「これでなんともないなら、本気で怪物よ……」
もくもくと立ち込める煙に視界を阻まれて、どうなったのかまでは窺えない。
魔法に対する抵抗力――つまり、魔法防御の高すぎる彼であっても全力で撃ち込んだ魔法が直撃したのだ。以前のように傷ひとつ付けられていなければ流石に自信が粉微塵に砕けてしまう。
しかし、言われた通りに感覚を研ぎ澄ませていたウィルは、弾かれたように後方を振り返った。
「――マナ、ルルーナ! 後ろだ!」
「……え?」
その声にマナやルルーナだけではない、前線にいたジュードやリンファも慌てたようにそちらを振り返った。
慌てて振り返った先、そこにはウィルの言葉通り確かにジェントがいた。だが、その身はボロボロだった。彼女たちの魔法は今回ばかりは無効化されることはなく、その身に確かなダメージを与えることはできたようだ。
先の魔法は脇腹部分と左腕を抉り、大きな火傷になっている。けれども、その顔には降参の色など欠片ほども見受けられない。それどころか、余計に闘争心を刺激してしまったように見えた。
『……まるで大砲だな、いい破壊力だ』
「そ、そのわりには全然余裕そうですけどおぉ……!」
ジュードたちは慌てて後方へと駆け出したが、それは間に合いそうになかった。
表情を引き攣らせるマナに照準を合わせると、ジェントは利き手の氷柱の切っ先で宙に円を描く。すると、なにもなかった空間から渦を巻く水流が出現し、猛烈な勢いでマナの身に叩きつけたのだ。
『――水龍閃!!』
「きゃああぁッ!?」
胸と腹部に直撃した水の渦は彼女の身を大きく吹き飛ばす。マナは、その技に見覚えがあった。
あの火の都防衛戦の終わり間際、リュートを上空に叩き上げた――あの技だ。この勢いならば、あの巨体を天高く舞い上げるのも頷ける。脳が揺れるような衝撃を受けたが、吹き飛ばされた身は前線から戻ってきたウィルが受け止めてくれた。
水は彼女の弱点だ、まったく無事と言うことはないがそれだけでも助けになる。
次にジェントはルルーナに向き直ると、先日ジュードを四神柱の襲撃から助けてくれた時と同じように、身を翻しその場で何度か蹴りを繰り出す。
その刹那、今度はいくつもの風の刃がルルーナの元へ勢いよく飛んできたのだ。
『風迅連舞!』
「く……ッ!」
どう防ぐか――そう思考を巡らせて表情を顰めるルルーナの視界は、不意に覆われた。「えっ」と思った時には、ジェントが放った風の刃は彼女の目の前に割り込んだ男に直撃したようだ。
もっとも、ほぼ無敵の守りを誇る神盾で見事に防いでみせたのだが。
「おっと! 俺の存在を忘れてもらっちゃ困りますよ、勇者さま!」
「クリフさん、あなた……」
それは、クリフだった。お陰で難を逃れたルルーナは即座に再び魔法の詠唱を始める。彼が攻撃を防いでくれるのなら、詠唱の時間だって余裕で稼げるはずだ。
クリフは逆手に武器を取り出し、指先でひと回し。刃部分に雷を纏わせて一息に突き出すと、ジェント目がけて雷光が飛翔した。だが、ジェントは即座に身を翻すと片足を振り上げて上体を屈ませる勢いをつけ、踵を思い切り地面に叩きつける。
『――岩砕破ッ!』
すると、大きく地面が裂けて盛り上がり、一直線に向かってくる雷光を盛り上がる大地がかき消してしまう。それだけではない、お返しとばかりに今度は地割れがクリフの身を襲った。割れた隙間から鋭利な大地の槍がいくつも突き出してくるのだ。
堪らないとばかりに奥歯を噛み締めると、足元から突き出たそれを慌てて盾で防ぐ。
「んぐぐ……ッ! どうなってんだよ、こりゃ……!」
「――まだよ、クリフちゃん。盾を下ろさないで」
「へ?」
取り敢えず、辛うじて全て防ぎ切ることはできたらしい。言葉とは裏腹にどこか愉快そうに口元に笑みを滲ませながら反撃に出ようとしたクリフだったが、不意にイスキアから声がかかると間の抜けたような声を洩らして顔を上げた。
ジュードたちは咄嗟に足を止め、半ば無意識に息を呑んだ。だが、ジュードはいち早く我に返ると慌ててクリフの背中に声をかけた。
「クリフさん、気をつけて。あれはサタンの頭をざっくりやったやつ……」
「おいおいおい、冗談じゃないぜ……! ちゃんとできるか試すにしても、もうちょい優しくしてくれてもいいんだぜ、勇者さまよぉ……」
それは、火の都の防衛戦時にサタンにトドメを刺した一発のひとつだ。ジェントの背に生える翼から光り輝く羽根の雨を対象に叩きつける聖属性の技。あの技でサタンの頭を突き刺してくれたお陰で、ジュードが最後の一撃を叩き込めたのである。
だが、敵側になってしまえばなんと恐ろしいことか。クリフの神盾で仲間全体を守れなければやられてしまいかねない。
クリフとてわかっている。ジェントは、本番に備えて仲間を鍛えてくれているのだ。もう最後の戦いまでに時間がないのだから。
ならば、見事に防いでやろうとクリフは盾を構え直すと、背に生える両翼を力強く輝かせるジェントと真正面から対峙した。




