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第二話・最終訓練


『準備はいいか?』

「はい!」


 ジュードたちは、船内に作られた精神空間(マインドスペース)で最終調整を行っていた。ヴェリア大陸までの時間を考えると、これが恐らく最後の訓練になるだろう。

 大陸の南側に到着したら、まずは隠れ里ヘイムダルを奪還するために北上することとなっている。そしてヘイムダルを取り返した後は、時間的なこともあり恐らく一夜を明かしてから最後の戦いに赴くこととなるはずだ。

 訓練に時間を取れるのは、これが最後なのだ。もっとも、今回の訓練にはひとつ目的がある。


『では……ジュード』

「や、やってみます。えっと……どうすればいいんだっけ?」

「もう交信(アクセス)はできてるから、あとはその力をウィルちゃんたちに広げるようにイメージするのよ。それだけで共鳴(レゾナンス)の効果が発揮されるわ」


 流石に戦闘中にぶっつけ本番、というのは不安が残る。敵の襲撃がない今、初めて使うことになる共鳴を試してみようというのだ。

 ヴァリトラの力を仲間全体に行き渡らせた後、ジェントと全力で戦う。それがこの最後の訓練。以前は彼ひとりにまったく歯が立たなかったが、神器を手に入れてヴァリトラの力を借り受ければ――上手くやることでジェントを負かすこともできるだろう。


 ジュードはイスキアに言われたように静かに目を伏せると、一度深呼吸してから己の内に宿るヴァリトラに意識を向ける。

 やや離れた場所でその姿を見守るエクレールは、どこか落ち着かない様子で兄を見つめていた。心配なのだろう。フラムベルクはそんな彼女の肩をポンとひとつ撫で叩いてから、どこか上機嫌にウィンクなどしてみせる。


「ふふ、姫さま。私たちも行きましょうか?」

「――! で、ですが、わたくしはご先祖様を攻撃だなんて……」

「大丈夫だ、あいつはそんなことを気にするような繊細な奴じゃない」

「兄上……本人に聞こえたら怒り出しますよ」


 現在、この空間にはジュードたちの他に精霊たちも全員が揃い踏みしている。誰も彼も、ジッとしているのは落ち着かないのだろう。それはジュードたちだけでない、精霊も同じだ。

 ウィルたちもまた心配そうにジュードを見つめていたのだが、その刹那――内側からなにか巨大なものが込み上げてくるような錯覚に陥った。意識をしっかりと持っていないと、倒れてしまいそうだ。


「な……ッ!? なんなの、これ……!?」

「これが……ヴァリトラの力、ということ……ですね……っ!」


 マナは慌てて杖を支えに身を支え、さしものリンファも驚いたような声を洩らして一度ジュードの方を見遣った。ルルーナやカミラも同じだ、全身にみなぎる力に振り回されるかのように各々武器で慌てて自分の身体を支える。

 流石にウィルやクリフといった男性陣はよろめくことなどなかったが、込み上げる力にどちらも驚きを隠せずにいた。


「ジュードの奴、いつもこんなとんでもない力を使って……戦ってたのか……」

「あーあー、こりゃすごいモンだなぁ。能力と同時にテンションまで上がっちゃうじゃん」

「……そんなの、あなただけよ」

「ふふ、クリフさんは元々テンション高いけどね」


 クリフの言葉に呆れ顔でツッコミを入れるのはルルーナだ。そんな彼女を見遣り、どこか楽しそうに笑いながらカミラがひとつ助け舟らしき言葉をかける。

 イスキアはそんな彼らを見て、ぱんぱんと軽く両手を叩き鳴らした。


「はいはい、そこまで。そんなこと言ってる場合?」

「……え?」


 マナは仲間のやり取りを微笑ましそうに眺めていたのだが、イスキアのその言葉にキョトンと目を丸くさせると不思議そうに小首を捻る。そうして無言のまま彼が指し示した方を見て、やや蒼褪めた。

 イスキアが示した先には、ジェントがいる。だが、無論ただいるだけではない。スッと緩やかな動作で胸の前で十字を切ると、彼の身からは――ただならぬ力が放出され始めた。そして次の瞬間、ジェントの背からは純白の翼が生えたのだ。

 ジュードには見覚えがある、火の都を防衛する際に使った技だ。まさかもう仕掛けてくるのかと思わず身構えたのだが、どうやら違うらしい。


「あらあら……ジェント様、容赦がありませんねぇ」

「ゆ、勇者さまって天使だったのか?」

「そうではない。あれは光翼飛翔(こうよくひしょう)……聖属性の攻撃技として用いることも可能だが、あのように常時展開することで奴の全能力が解放される。最初からあれを出すとは、お前たちも随分と認められたものじゃないか」


 淡々と紡がれるシヴァの言葉に、マナやルルーナは思わず表情を引きつらせた。

 ヴァリトラの力を借りても、彼と互角にやり合えるのだろうか――そんな不安がむくむくと芽を出してきたのだ。全力を出さなくともあれだけの強さを誇っていたのが彼だ、早速自信が失われ始めた。

 だが、そんなこと言ってもいられない。泣いても笑っても、これが最後の訓練。最終戦の前にヴァリトラの力をできるだけ自分のものにする必要があった。


「ジェントは闇以外の全属性を扱うによ! こっちも属性を考えて戦うに!」

「始める前から絶望に叩き落すようなこと言うなよ、ったく……」


 後方から聞こえてくるライオットの声に、クリフは苦笑いを浮かべると片手でがしがしと己の横髪を軽く搔き乱す。仲間たちは大丈夫だろうかと視線を向けると、先頭にいるジュードの横顔に瞠目した。

 彼は、臆するどころかその顔を嬉しそうに輝かせていたのだ。相手はどう考えても格上だろうに、辟易するような様子は微塵も見受けられない。クリフはその様に呆れると同時に、言いようのない頼もしさを感じた。

 気持ちで負けていたら、勝てるものも勝てなくなる。そう考えて、神器を構える。


『(どこまでも楽しそうに……相変わらずだな、ジュードは。今の君たちなら、俺を制圧することもできるはずだ。全力で行かせてもらうぞ!)』


 ジェントは一度大きく息を吸い込むと、以前はすることのなかった構えをひとつ。それを見て、ジュードは真っ先に身構えた。

 前回は足だけで簡単にいなされてしまったが、今回は最初から全力で来ると悟ってのことだ。


「ウィル、リンファさん。オレたちで止めるよ。クリフさんはカミラさんたちをお願い」

「ああ、任せときな。……やれるだけやるさ」


 とは言え、勝つことが目的ではない。あくまでも、仲間が少しでもヴァリトラの力に慣れるための試運転のようなものだ。

 だが、ジュードにもジェントにも勝とうが負けようがどちらでもいい――そんな甘い考えはない。遠い先祖と子孫ではあるものの、変に負けず嫌いなところはそっくりだ。

 ヴァリトラの力を持て余す仲間たちを後目に、ジュードは武器を構えると真っ先に飛び出した。



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