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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第九章~魔戦争編~
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第三十九話・明日への決意

 あとがきにお知らせがあります。


「カミラ様、寝癖がついてらっしゃいますよ」

「え、ええぇ、どこですか?」

「ここです。うふふ、カミラ様はいくつになっても手がかかりますねぇ」


 翌朝、カミラはエクレールや母代わりの祖母と共に城の廊下を歩いていた。目前に迫った魔族との最終戦に於いて、その作戦を女王と話し合うためだ。仲間が集まってからでもいいことなのだが、どうにも逸る気持ちを抑えきれず、こうして朝も早くから赴こうというのである。

 その道中、斜め後ろを歩いていた祖母が優しく笑いながらカミラの髪にそっと触れた。ぴょこんと跳ねた寝癖は、癖っ毛を持つ彼女の宿命のようなものだ。エクレールやヘルメスはまっすぐに伸びたサラサラのストレートだが、カミラはその真逆である。


「これから女王様に会うのに……ううぅ……」


 女王アメリアはそのようなことを気にするほど繊細ではないのだが、カミラはほんのりと顔を赤らめてとても気恥ずかしそうだ。エクレールも祖母も、そんな彼女を幾分微笑ましそうに見つめた。

 だが、その道すがら。祖母は中庭に覚えのある姿を見つけて、そっと足を止める。


「あら? あれは……ジュード様?」

「えっ? ……あ、あれ!? ジュ、ジュード!?」


 祖母が洩らした名前にカミラの顔は彼女が意識するよりも先にぱっと、花が開いたように綻ぶ。なんともわかりやすい反応だ。エクレールと共にほぼ同時にそちらを見遣ったのだが、次の瞬間――彼女たちの目は大きく見開かれた。

 中庭にどっしりと鎮座する大木は、先日の襲撃でも倒れることはなく今でも悠々と風を受けて佇んでいる。それをぼんやりと見上げる横顔は確かにジュードなのだが――これまでとは明らかに異なる点がひとつだけあった。カミラは廊下の手すりから身を乗り出すと、大慌てで辺りを見回して中庭へ続く通路へと駆け出す。


「ジュ、ジュード! その髪、どうしたの!?」


 慌てるあまり何度も足がもつれて転びそうになりながら、それでもカミラは必死に走ると駆け寄りながら声を上げた。動揺のせいか、やや声が裏返っている部分もあったが。

 明らかに異なる点――それは、ジュードの後ろ髪だ。これまでもやや長めではあったが、今はその比ではない。腰の下辺りまで伸びているのだ。色こそ異なるが、まるで先王ジュリアスのように。


 カミラの声にジュードは静かに彼女の方を見たが、その刹那。彼の顔は見ている方が憐れになるほど、瞬時に耳まで真っ赤に染まってしまった。それを見てカミラや、彼女の後を追ってきたエクレールも不思議そうに瞬きを繰り返す。


「う、わッ……! カ、カカミラ……っさん……!」

「ど、どうしたの?」


 互いに好きだと伝えたし両想いだというのは、既に理解している。だが、ジュードのこの反応は今までとは明らかに異なっていた。不意に伸びた髪、カミラを見てのこの反応。違和感しかない。

 彼の傍に常に付き添うジェントがいれば事情を聞けるのだが、なぜだか今日はジュードの隣に彼の姿は見えなかった。

 ジュードは両手の平で己の顔面全体を覆い隠してしまうと、乙女さながらの様子のままぼそぼそと小さく呟き始める。


「……オ、オレ、昔……随分と恥ずかしいことしてたんだなって……」

「……え?」


 その言葉に、思わずカミラは目をまん丸く見開いた。

 疑問を抱いたのはエクレールも同じだったらしく、カミラの隣に並ぶと暫しの空白を要しはしたものの――やがて言葉を失ったように息を呑んだ。()という言葉に加え、父ジュリアスに似通うその姿。行き着く可能性は彼女の中にはひとつしかなかった。


「……お兄さま? まさか……」

「エクレール…………さん」

「ど、どうしてそこで敬称をつけるのですか?」

「だ、だだだって今までそう呼んできたんだしいきなり呼び捨てで偉そうにするのも――!」

「お兄さま……ッ、記憶が……記憶が戻られたのですね!?」


 その会話から、エクレールは確信した。大好きな兄に、昔の記憶が戻ったのだと。

 カミラを見て真っ赤になっているのは、幼い頃に自分が彼女にどういうことをしていたのか、どんな言葉をかけていたのかを鮮明に思い出してしまったせいだろう。

 カミラはあんぐりと口を開けて、瞬きさえ忘れたようにジュードを暫し見つめた後、恐る恐るといった様子で数歩近寄り、下からジュードの顔を覗き込んだ。


「ほ、本当? 本当に……記憶が戻った、の? じゃあ、アンヘルは……?」

「うん、ヴァリトラに聞いて会わせてもらった。……アンヘルは大丈夫、ここにいるよ。あいつ……すごく苦しいものをいっぱい抱えてた」


 ジュードはそう呟いて、片手をそっと己の胸の辺りに添えた。その表情はなんとなく悲しそうで、それでいて慈愛も感じる。しかし、すぐにその視線をカミラに戻すと、緩く眉尻を下げて再度口を開いた。


「……ごめんね、全部忘れてて。カミラ……さんも、エクレールさん、も」

「――っ! ジュード!!」

「お兄さま……っ!」


 未だぎこちなさは残るが、そんなことはカミラもエクレールも気にならなかった。どちらも感極まったように目に涙を浮かべると、ほぼ同時にジュードに飛びついた。

 遅れてやってきたウィルたちは廊下から見えるその光景に疑問符を浮かべていたが、中庭の傍にハンカチで涙を拭うカミラの祖母を見ると自然と表情を和らげる。事情こそよくわからなかったものの――なにかとても嬉しいことがあったのだろう、そう思ったのだ。


 * * *


「このようなところでどうしたのだ、ジェント。王子の傍にいなくてもよいのか?」

『俺だって野暮なことをするつもりはない』


 一方で、城の屋上でぼんやりと空を見上げていたジェントの元へひょっこりヴァリトラが顔を出した。とは言え、その巨体だ。裏庭に横たえていた身を起こすだけで、嫌でも顔を出すことになるのだが。

 一人屋上に佇む彼に不思議そうな声を洩らしたが、即座に返る言葉と向く視線を追えば理由は容易に知れる。ジュードと、その彼に抱き着くカミラとエクレールの姿だ。自分がいたら邪魔だと思ったのだろう。


「……いよいよだな、緊張するか?」

『俺にそんな繊細さはない、あなたが一番よく知っているだろう』

「はっはっは!!」


 ヴァリトラが愉快そうに高笑いを上げると、その頭や肩には次々に精霊たちが姿を現した。ライオットはぴょんぴょんと慣れた様子でヴァリトラの肩を伝い跳ね、屋上へと飛び降りてくる。もっちりとした身は軽くバウンドしてジェントの足元に落ち着くと、不安そうな様子で彼を見上げた。


「うにぃ……」


 ライオットがなにを言いたいのか、当然彼にはわかっている。恐らくライオットだけではない、次々に屋上に上がってくる精霊たちも同じだ。最後の戦いの前に、ずっと気になっていたことを聞きたいのだろう。

 ジェントはその場に片膝をついて屈むと、相も変わらず瞳孔が開ききったような顔で見つめてくるライオットの身を拾い上げた。


『……全部終わってからな』

「うに?」

『……ジュードと約束した。この戦いが終わって落ち着いたら、お前たちとゆっくり話をすると』

「うに! ほ、本当に!?」


 その言葉に、ライオットは目と表情を輝かせて身を乗り出した。うっかり手の平から落ちそうになっていたが。イスキアとサラマンダーは意外そうに互いに顔を見合わせてから静かに屋上の端に寄り、その場からジュードを見下ろす。


「この頑固者が人の言うことを聞くなんて……ジュードちゃんって、すごいのね……」

「雹……いや、槍かなにかでも降ってくるんじゃねーのか?」


 すぐ傍で次々に洩れる陰口――とも言えない言葉の数々にジェントは一度こそ表情を顰めるが、彼の視線もまた、程なくして中庭のジュードたちへと向けられた。ジュードの傍にはカミラやエクレールだけではない、ウィルたちも姿を見せて常の如く楽しそうに言葉を交わしている。非常に平和な光景だ。

 だが、彼らは明日にはこの場を離れて過酷な戦いへと身を投じなければならない。全ては、平和な未来のために。勝てるかどうかよりも、彼らを無事に帰せるかどうか――彼が心配なのは、ただそれだけだ。


『……今回参加する全ての者の未来を魔族などに奪わせてはならない。精霊たちよ、皆を頼んだぞ』

「はい、ジェント様。お任せください」

「言われなくてもわかってるわ、あなたの方こそジュードちゃんたちのこと大丈夫なんでしょうね。任せたわよ、なにかあったらぶっ飛ばしてあげるから」


 フラムベルクやタイタニアは即座に了承の返事を返してくれたが、傍にいるイスキアはそうではない。真横から返る憎まれ口にジェントは薄く苦笑いを滲ませると、小さく溜息を吐いてヴァリトラを横目に見遣った。


『だそうだぞ、ヴァリトラ。どうやら俺たちは信用されていないらしい』

「ちょッ! ヴァリトラのことは言ってないでしょう!? あなたよ、あなた!」

『ヴァリトラはジュードと交信(アクセス)してこちらに同行するんだ、そう言ってるようなものだろう』

「ぐ、ぬぬぬ……っ! あなたって本当にそういうとこ……!」


 ジェントとイスキアのやり取りを聞いて、ヴァリトラはやはり愉快そうに声を立てて笑う。そんな神の様子に周囲にいた精霊たちもつられたように笑い出した。

 これまでのような張り詰めた空気は微塵も感じられない、どこまでも和やかだ。ジェントや精霊たちの様子を嬉しそうに見つめてから、ライオットは中庭にいるジュードを静かに見下ろす。


「(……きっとライオットたちのことで、いっぱい心配させちゃってたんだにね。ありがとうに、やっぱりマスターはすごいに!)」


 いっそ心配になるほどのお人好しなのが、ジュードだ。きっとジェントとイスキアのことで随分と気を遣わせていたのだろうと、ライオットは内心で申し訳ない気持ちになった。

 ライオット個人の能力は決して高いものではないが、故郷であるヴェリア大陸に戻れば本来の姿を取り戻して少しは役に立てるかもしれない――そう思って、ぐ、と片手を握り締める。

 明日には最終戦へと赴くことになる。彼らの戦いの日々も、ようやく終わりを迎えようとしていた。




 いつも閲覧くださり誠にありがとうございます。

 次章で彼らの物語も終わりを迎える予定ですが、新しい章に入る前にプロットの読み直しを兼ねて少しお休みをさせて頂きたく思います。突然のことで申し訳ございません。

 再開は来週の水曜日、12月27日の0時からを予定しております。残すところあと一章となりましたが、最後まで彼らの旅にのんびりとお付き合い頂けましたら幸いです!

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