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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第九章~魔戦争編~
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第三十六話・希望と不安


 翌日、朝も早くからジュードは城の中庭に作られた精神空間(マインドスペース)にいた。

 要件は、ヴァリトラとの契約ではない。四神柱(ししんちゅう)との再戦だ。別に勝たなくてもよいのだが、そこはやはり年頃の少年。負けず嫌い根性が刺激されたのだろう。


 前線を担うシルフィードやフィニクスと交戦する彼をやや後方で見つめながら、ジェントは真剣な眼差しを彼に向けていた。

 まだまだ粗削りな部分はあるが、流れるような剣さばきと正確な攻撃。昨日は緊張と不慣れなためかぎこちなかった動きも、今日は非常にスムーズだ。繰り出される攻撃を避け、時に受け止め、的確にカウンターを叩き込みながら――そして相手の力を利用して戦っている。

 それは、戦い慣れたジェントですら驚くほどだ。


『(根が素直なせいか、教えたことはすぐに吸収できるのか……俺にはない強みだな……)』


 自分の腕に絶対的な自信を持っていれば、他者からの助言など枷にしかならないと思う者も多いだろう。現にジェントはそうだ。彼の場合は自信のためと言うよりは、既に染みついた癖を今更変えようとは思わないだけだが。

 けれども、ジュードは違う。彼は元々戦いを生業としていたわけではないし、自分に対する確固たる自信を持っているわけでもない。根が純粋で素直なせいで、教えのひとつひとつをスポンジのように吸収していくのだ。


「王子はやはりお前の子孫だな、ジェントよ」

『どこをどう見てそんな感想が出てくるんだ』

「ふふふ、ああやってがむしゃらになっているところなどお前にそっくりだよ。我の目から見ればな」

『……ジュードは俺のようにヒネくれていない』


 数拍の間を置いてから返る言葉に、ヴァリトラは愉快そうに声を立てて笑った。

 しかし、すぐに神妙な様子に戻ると何事か思案するようにひとつ唸りを洩らしてから、改めて――今度は静かに口を開く。


「……どうだ、サタンとの戦い……勝てると思うか?」

『……』

「当時とは異なり、周りは戦闘の素人が多い。神器を託したものの、それを使いこなせるかどうかさえわからぬ」


 神器を持つ者の中でかつて闘技奴隷だったリンファや、戦い慣れたグラムやクリフ以外は――大体が素人なのだ。その事実にヴァリトラは確かな危機感を募らせていた。

 カミラはヴェリア大陸で魔族と戦っていたこともあるが、魔王の側近クラスと単独でやり合った経験はない。女子供ばかりの戦いで本当に勝てるのかどうか、ヴァリトラはそう言いたいのだろう。

 けれども、ジェントはその視線をジュードに向けたまま至極当然のことのように言ってのけた。


『逆に考えてみればいい、これまで神器も持たない素人揃いだったのに生きてこられたんだ。……あの子たちはよくやっている、きっと大丈夫さ』


 不安がないとは言い切れない、それでも――彼らに託すしか道はないのだ。

 ならば自分たちにできる最善を尽くすのが、今のヴァリトラたちにできることである。ジュードがヴァリトラと契約すれば、彼と共に戦う大勢の者が共鳴(レゾナンス)の効果によってその力の恩恵を得られる。

 そうなれば、充分に勝機はあるはずだ。



「いっけえええぇ!!」


 ジュードが吼えるのと、シルフィードとフィニクスが防御態勢を取るのはほぼ同時――僅かに、後者の方が早い。

 けれども、ジュードが勢いよく剣を振り下ろした際に発生した巨大な衝撃波は、二人の守りを力業で突き破り、その身を吹き飛ばしてしまった。途中まで踏ん張っていたフィニクスもシルフィードも、押し寄せる衝撃の波に耐え切れなかったのだ。

 大きく飛ばされた先で神柱の姿から、二人の大精霊の姿へと分離してしまうところを見ると――吹き飛んだ衝撃で目を回してしまったのだろう。


 その様を上空にふわふわと浮かびながら見下ろしたオンディーヌとガイアスは、互いに顔を見合わせて薄く苦笑いを滲ませた。


「……とんでもないな」

「ええ、わたくしたちは前線にいなくてよかったですわね。マスター様もお疲れのようですし、ここまでに致しましょうか」


 どうやら、二人の神柱にそれ以上やり合う気はないようだ。そのままこちらも大精霊の姿に分離してしまうと、静かに地上へと降りてくる。

 ジュードはその様を疲弊しきった状態で見つめて、後ろにひっくり返った。が、地面に倒れ込むよりも先に、ふわりと傍まで飛んできたジェントがその身を支えてくれた。


「ジェ、ジェントさん……二人だけ、だけど……やりましたよ……」

『ああ、君は本当にとんでもないよ。……少し休め、契約はそれからだ』


 ジェントのその言葉が聞こえていたのかいないのか、ジュードはそのまま吸い込まれるようにして意識を飛ばしてしまった。余程疲れたのだろう。

 程なくしてすやすやと気持ちよさそうな寝息が聞こえてくると、そこでジェントはようやく安堵を洩らしてからイスキアたちの方に目を向けた。彼らは未だ目を回しているようで、起き上がってくるような気配はない。


『(聖剣と閃光の衝撃(フラッシュインパクト)の合わせ技か……以前の時よりも遥かに威力が上がっている。神柱が耐え切れないほどの威力を出すとは……この子は、まだまだ強くなる……)』


 たった一晩で教えたことの半分以上をものにしただけでなく、聖剣を使っての戦闘にも慣れたように見える。その上、この後にヴァリトラと契約したら――ジュードはもっともっと強くなることだろう。

 戦いばかりになってほしくないと、昨晩そう願ったばかりだと言うのに。けれども、今はそうするしかできないことが、ジェントはどうにも歯痒かった。


 * * *


 一方、火の都から遠く離れた風の都フェンベルで、それは起きていた。

 城の最上階のテラスが大きく破壊され、火の手が上がっている。城内に侵入していたと思われる数匹のグレムリンとガーゴイルは、部屋で休んでいたヘルメスの身をしっかりと抱きかかえて空へと飛び立った。


「お待ちなさい! その方はまだ……!」

「王妃様、危険です!」

「誰か、誰か夫かヴィーゼに報せて! ヘルメス様が!」


 王妃は胸の辺りから血を流しながら、それでも懸命に声を張り上げて叫んだ。侍女は慌てて彼女に駆け寄ると、脇からその身を支える。

 現在、国王のベルクも王子であるヴィーゼも火の都に行っていてこの場にはいない。一刻も早く兵を送り、このことを報せる必要があった。ヘルメスが、魔族によって連れて行かれたと。


 ウィルに負けたヘルメスは、これまで一度目を覚ましただけだ。

 怪我の重さもあるが、疲れも溜まっていたのだろう。目を覚まして、王妃と軽く言葉を交わしてからは死んだように眠っていた。ようやく怪我も回復し、そろそろ起きられる頃だと思っていた矢先にこの騒動だ。


「王妃様、王妃様! しっかり!」

「わ、私は大丈夫です……だから、どうか……」


 大慌てで近くまで駆け寄ってきた数人の騎士は、動転しながらも王妃の願いを聞き届けてくれた。その中にいた一人の男が何度も頷いた末に、踵を返し報せに出たのだ。

 その姿を見届けて、王妃は安心したようにそっと薄く微笑むと静かに意識を手放した。



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