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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第九章~魔戦争編~
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第三十五話・魔法が世界に広まるまで


『お疲れさま、ジュード』


 夜の二十一時を回った頃に、契約前の試練はようやく終わった。

 本来はもっと早く終わるはずだったのだが、ヴァリトラが止めるタイミングを掴めなかったのもある。ここで止めてよいのか、もう少しやらせるか――そう思っているうちに、この時間となってしまった。

 ヴァリトラや精霊たちは既に精神空間(マインドスペース)を後にし、現在残っているのはジュードとジェントのみ。余程疲れたのか、ちびは精霊たちが出て行くのに倣いふわりとジュードの中に消えてしまった。


 その場に大の字になって転がっていたジュードは、ジェントから向けられる労いの言葉に反応してのろのろと身を起こすと、力の入らない笑みを向けて「はは」と小さく笑う。


「……すみません、ジェントさん。結局勝てなくて」

『なにを言ってるんだ、初めてにしては充分すぎるほどに上手くやれた。あいつらも戸惑っていたじゃないか』


 結局――四神柱(ししんちゅう)との戦いで、勝利を収めることはできなかった。

 ジェントの助言や協力もあって一方的な戦いとは無縁になったものの、やはり悔しさは残る。ジュードも、彼に劣らず負けず嫌いだ。できれば勝ちたかった、そう思ってジュードは眉尻を下げて薄い苦笑いを滲ませた。

 ジェントはそんな彼の傍らに歩み寄ると、両手を腰にあてて上からジュードの顔を覗き込んだ。


『ジュード、君は俺とは違う。食っていくために戦っていたわけでもないのに、よくやっているよ』

「食っていくために……?」

『俺は魔物狩り(ハンター)だったからな。元々戦いには精通していたんだよ』


 考えてみれば、彼とは正反対だとジュードは思う。

 ジュードは魔物の声が聞こえて、できるだけ戦わずにいたいと思ってきた。けれども、ジェントは生きるために数多くの魔物を殺してきたことだろう。

 魔法には滅法弱いジュートとは異なり、逆にジェントは魔法に対して恐ろしいほどの防御力を持つ。高い魔力を持つマナやルルーナが「どうなっているんだ」と文句を口にするほど。

 それだけではない、彼は恐らく頭もいい。聖剣に託す願いとて――真逆だった。


 そんなことを考えるジュードをよそに、ジェントはその場に屈み込むと片手を伸べてジュードの頭をポンと撫でた。まるで幼子でも慰めるかのように。


『いいか、ジュード。戦いだけに染まってしまうな、君は俺のようになることはない。魔族との戦いが終わっても君の人生は続いていくんだ、平和な世界では戦う力などそうそう必要にはならない』


 その言葉にジュードは頷くでも否定するでもなく、ジッとまっすぐに彼を見つめた。これまで端的に聞いてきた情報を簡単に頭の中でまとめていたのだ。

 彼は元々魔物狩りで、当時の世界を変えるために聖剣を手にした。どのように魔法というものを世に広めたのかはわからないが、彼にとっては「世界を変える」ことが全てだったはずだ。


「……ジェントさんが突然いなくなったのは、そのせいですか?」


 その後、魔王サタンを倒し平和になった世界に馴染めなくて彼は行方を眩ましたのだろうか、と。そう思った。

 すると、ジェントは驚いたように目を丸くさせたが――すぐに困ったように眉尻を下げて苦笑いを滲ませる。バツが悪そうな、それでいて困惑したような。そんな顔だ。


『……違うよ。俺だって平和な世界を生きてみたかったさ』

「……?」

『帰れるものなら、帰りたかった。でも、それができなかった。……それだけだ』


 ジェントが語ったのは、その言葉だけだった。

 帰りたいのに帰れない。それが一体なぜなのか理由は定かではないが、やはりヴァリトラが言っていたように、彼は別に逃げ出したわけではないのだろう。


「……どうして、イスキアさんたちに本当のことを言わないんですか?」

『言ってどうなる。俺がいなくなったのも、彼女を置いて行ったのも全て事実だ』

「でも、誤解は解けるはずです」

『解きたいと思ったことはない』


 全く以て取りつく島もない。

 間髪入れず返る言葉に、ジュードの頭はしゅんと垂れる。それを見て、ジェントは「う」と軽く眉を寄せて言葉に詰まった。カミラたちに対してもそうなのだが、どうにも彼はジュードには甘い。


「……オレ、精霊たちのこともジェントさんのことも大好きなんです。だから、見てるとなんかこう……」

『……』


 頭を垂れてぽつりぽつりと呟くジュードの顔は、ひどく悲しそうだ。今にも泣き出してしまいそうにも見える。生身の肉体など持っているはずもないのに、彼のそんな表情を見ているジェントはと言うと胃の辺りがキリキリと軋むような錯覚を覚えた。

 やや暫くの間、両者そのままの状態で留まってはいたものの、先に根負けしたのは――ジェントの方だった。片手で額の辺りを押さえ、腹の底から深い深い溜息を吐き出してから静かに口を開く。


『…………わかったよ。この戦いが終わって、落ち着いたらな』

「――! ほ、本当ですか!?」

『わかったと言うまでそんな顔をされたらたまったものじゃない。まったく……』


 了承の返事が返ると、ジュードは早々に顔を上げて表情のみならず双眸を輝かせて詰め寄った。つい今し方までの泣きそうな様子はどこへやら、ジェントは改めて溜息を洩らすと力なく頭を左右に振る。ゲンキンなものだと思うが、言葉にはならなかった。

 当のジュードはと言うと、先ほどまでは勝てなかったことに対して軽く気落ちしていたというのに、今やすっかり元気を取り戻したらしく勢いよく立ち上がって剣を振り上げる。俄然やる気が湧いてきた、とばかりに。

 そして、今思い出したように改めて彼に目を向けた。


「あ、そうだジェントさん。もうひとつ聞きたいことがあるんですが……」

『……ん?』

「どういう訓練したら、ジェントさんみたいに魔法に強くなれるんですか? マナやルルーナの魔法だって全然受け付けてなかったから、ずっと気になってて」

『さあ……俺のこれは訓練で得たものじゃない、生まれつきだ』


 ジュードは精霊の主であるがために、魔法には非常に弱い。それは多くの精霊を受け入れなければならないため、致し方ない体質なのだが。もし少しでも魔法に対する抵抗力をつけることができれば、戦いも少しは楽になるかもしれない――そう思った末の疑問だったが、返る言葉にジュードは思わず目を丸くさせた。


『当時、人間と魔法能力者の間に生まれた子供の中で突然変異を起こした者のことをヘレティック(・・・・・・)と呼んでいた』

「へ、へ……へれ、てぃ……?」

『人間でも魔法能力者でもない……どちらにもなれない狭間の者という嫌味を込めての蔑称だな、異端者という意味だよ』


 以前イスキアから聞いた話だ、彼は人間と魔法能力者の間に生まれた子供なのだと。だが、その話までは聞いていない。

 ジュードは静かに腰を下ろしたジェントの隣に同じように座り込むと、余計な口を挟むことはせずに続きを待った。


『ヘレティックの特徴のひとつが、魔法に対する絶対的な抵抗力を持っていることだ。だから俺には魔法が効かない、守りの力に秀でたガイアスの刻印も刻んであるしな』

「……そうだったんですか……」


 ジュードは生まれつき魔法に弱いが、ジェントは生まれつき魔法に強い。本当に正反対なのだなと、そう思った。

 異端者と蔑まれるくらいなのだから、その体質と生まれのせいで嫌な思いをすることも非常に多かっただろう。聞いてもよかったのかとジュードは思わず横目でジェントを見遣る。


「……ジェントさんは、どうやって魔法を世界に広めたんですか?」

『俺が広めたわけじゃない、勝手に広まっただけだ』

「え、ええぇ? でもイスキアさんに聞いた話だと、勇者さまが広めたってことだったような……」


 ヘレティックと呼ばれた彼の言葉など、聞く耳を持たぬ者の方が多かっただろう。その彼がどのようにして魔法を世界に広め、そして根付かせたのか。

 だが、広めたはずの当の本人は素知らぬ顔。以前聞いた話とは異なる返答に、ジュードは頻りに疑問符を浮かべた。


『……当時の人間が魔法を扱えなかったのは、精霊たちが人間という生き物を理解できなかったからだ。同族で憎み合い、時に殺し合う残酷な人間を精霊は嫌悪していたし、理解しようともしなかった』

「あ……」

『だが、限られた者……自然を愛する本当に心優しい者だけは、魔法を扱うことができた。精霊たちはそういう者のことは好きだったからな』


 ジュードもこれまで、色々な人間の醜い面や残酷な一面を見てきた。しかし、過去の世界はもっとひどいものだったのだろう。

 心優しい者だけに与えられた奇跡の力、それが魔法。だと言うのに、その魔法を扱える者は人間たちに差別され、惨い死に方をすることばかりだったと言うのは――非常に皮肉なものだ。胃の辺りがムカムカとし始めるのを、ジュードは下唇を軽く噛むことでやり過ごした。


『旅の中で精霊たちに会い、人間のように生きてみろと言った覚えがある。当時の精霊たちは世界を維持するために、ただその場に存在するだけだったから……』

「人間のように?」

『ああ。人間のように寝起きして食事をし、くだらないことで笑ったり怒ったり、時には泣いたり……そうしていく中であいつらは徐々に人間を理解し始め、それと共に魔法というものが世界に広まっていったんだ』


 それは淡々と語られた言葉だったが、その話を聞いて――なぜジェントが精霊たちに愛されるのかを理解した。

 精霊たちにとって、彼は親のようなものなのだ。ただその場に在る(・・)だけだった彼らに「心」というものを与え、生きるということを教えた。気が遠くなるほどの永い間、ただその場に在り続けるなど、想像しただけでゾッとする。ジュードであれば五分で飽きることだろう。

 心を持ったことで嫌なこともあっただろうが、それでも――ただただ存在し続けるよりは、精霊たちもずっと楽しかったはずだ。そうでなければ、今でも彼らがジェントを敬愛しているはずがない。


「(オレ、そんな人の子孫なんだなぁ……)」


 そんなことを考え始めて一人表情を緩めるジュードに、ジェントは怪訝そうな表情を浮かべた。

 やはり彼は精霊たちとちゃんと話をしないとダメだとジュードは思う。誰だって、好きな人に背中を向けられたままでいるのは、とても悲しいはずなのだから。

 ジュードは座っていたそこから立ち上がると、一度を大きく身を伸ばした。


「――よっし、やるぞおぉ!」

『……? やる気なのはいいが、まずは休みなさい。ヴァリトラとの契約は明日だ』

「あ、はい……」


 今日はほぼ一日中、この精神空間に詰めていた。確かに疲労はピークに達している。

 取り敢えず精霊だけでなく、四神柱の力は理解できた。完全に把握できたかどうかは微妙なところではあるものの、明日はヴァリトラとの契約に移行することになっている。

 どういうことをするのかわからない以上、ゆっくり休んでおくことに越したことはないのだ。



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