表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第二章〜魔族の鳴動編〜
37/414

第十七話・敗北


 ジュードもウィルも、言葉にし難い奇妙な感覚を覚えながら男の動向を窺った。街の住民達の言動から察するに、この街を騒がせている存在はこの男に違いない。

 こうして現れた目的がまたしても若い娘であるのなら、街の中に入り年若い女性を誘拐するかもしれない。ならば、それを阻止した上でこれまで誘拐された女性達の安否確認もしなくては。

 しかし、そこまで考えてジュードは思わず辺りを見回した。


 ――若い娘。


 その言葉に、カミラやルルーナが心配になったのである。先程彼女達と別れたのはこの場所だったのだから。

 場所を移動して安全なところで休んでいてくれたらいい、そう思ってのことだ。

 だが、ジュードの心配は的中していた。


「――ジュード、助けてっ!」


 耳慣れた声に、ジュードは男の肩越しに見える黒い馬車へ目を向けた。開かれた窓硝子の部分から馬車の内部が見える。その中に、ルルーナとカミラがいたのだ。どちらも馬車の中に乗る不気味な黒い甲冑を身に付けた騎士らしき人物に押さえ込まれていた。

 声を上げたのはルルーナの方だ、必死に逃れようと身を捩ってはいるが黒騎士の力が強いのかビクともしていない。しかし、彼女の隣にいたカミラは慌てて頭を横に振ると助けを拒んだ。


「ジュード、だめ! その男は吸血鬼(ヴァンパイア)だよ!」

「え……っ!」

「吸血鬼……だって!?」


 カミラが上げた声にジュードは理解が追いつかず怪訝そうな声を洩らしたのだが、ジュードの傍らにいたウィルは思わず驚愕に目を見開く。

 ジュードは一度横目に彼を見遣った。


「……ウィル?」

「吸血鬼って言ったら、魔族じゃないか! なんだってこんな場所に……!」


 様々な、特に魔法や古代のものの情報に関する知識が豊富なウィルは、当然魔族にもそれなりに詳しい。魔族は魔物よりも遥かに強く、厄介な生き物である。魔物と異なり知恵があるからこそ、人間のような――否、人間以上の策を用いることもあると言う。

 カミラが戦闘を避けるべく、助けを拒絶するのも頷けた。魔物を相手にするのとは訳が違う。恐らく実力が違うだろう、戦えば殺されるかもしれなかった。

 しかし、だからと言って仲間を差し出すなどジュードにもウィルにも出来ない。ジュードは腰元にある剣を、ウィルは背負う槍をそれぞれ手に持ち、構える。それを見てカミラは改めて声を上げた。


「戦ったらだめ! お願い、逃げて!」


 このまま放置しておけば、この吸血鬼の男はこれからも街へ来ては若い娘を誘拐していくのだろう。それは決して見過ごせないことであった。自分達だけの問題ではない、この街――果てにはこの国の問題に拡大する可能性が高い。

 男は武器を手にするジュードとウィルを見ても、余裕たっぷりに笑みなど浮かべている。ジュードは小さく舌を打つと先んじて駆け出した。剣の柄をしっかりと握り締め、持ち前の俊敏さを活かして一気に間合いを詰める。緊張こそあれど憤りの方が強く、その憤りはジュードに躊躇いを捨てさせた。

 笑う男へ迷いなく剣を振るう、しかし直撃する寸前で足音も立てずに男は後方へと滑った。脇に降ろされていた白い両手を顔の前で交差させた途端、男の爪は獣のように伸び、鋭利な輝きを抱く。そして男は反撃に出た。

 またしても滑るように――一瞬でジュードの真正面へ滑り込むと、右下から左上へと勢い良く片腕を振り上げた。あまりの素早い動きにやや反応の遅れたジュードは咄嗟に一歩足を引くことで後退するが、男の鋭利な爪は剣を持つジュードの右前腕を抉る。肉の裂ける痛みに表情を歪めて、ジュードは逆手でそこを押さえた。

 傷はそこまで深くはない、まだやれる。そう自分に言い聞かせながらジュードは反撃に移るべく身構えるが、その矢先に後方から声が掛かった。


「ジュード、避けろ!」

「……ウィル!」

「突き抜けろ、紅蓮の炎―――フレアスプレッド!」


 普段ならばジュードと共に肉弾戦を行うウィルが大人しいと思えば、魔法の詠唱を行っていたのである。肩越しに彼を振り返ったジュードは、男に向けて突き出されたウィルの片手に赤い光が集束しているのに気付き、真横へと跳ぶ。両腕を振り上げ、その爪でジュードを切り裂こうとしていた男が回避するだけの暇はない。

 ウィルが叫ぶと呼応するように赤い光は更に強く輝き、やがて炎へと姿を変えた。刹那、放たれた弓矢の如く、勢い良く炎の波が男目掛けて(ほとばし)る。効果範囲こそ狭く、敵を複数巻き込むには向かない攻撃魔法ではあるが、単体へ撃つ時こそ絶大な効果を誇る中級クラスの単体攻撃用魔法だ。当たれば通常ならかなりの大打撃を与えられる。

 ウィルが放った『フレアスプレッド』は見事に男へ命中した。辺りに走る熱を感じてジュードは多少の眩暈を感じつつも、武器を握り直してそちらを見遣る。辺りには煙が立ち込め、僅かな間の後にようやくその煙が晴れていく。

 だが、煙が晴れた先に男の姿はなかった。それと同時に住民達からは悲鳴が上がる。

 何事だとジュードはそちらを振り返るが、視界に捉えたウィルの後方にまさにその姿があったのだ。直撃はしたが、致命傷どころか満足な打撃にはなっていなかった。


「ウィル! 後ろだ!」

「今のは少し驚いたぞ、人間風情が……!」


 男は両腕を振り上げ、そしてウィルが振り返るよりも早くその両腕を振り下ろす。メンフィスの懸念のお陰で胸当てを付けていた為に、幸い此方も致命傷にはならない。

 しかし、男の鋭利な爪はウィルの腰や脇腹を抉った。一瞬、意識が飛びそうな感覚を覚えてバランスを崩しかけ、なんとか踏ん張る。痛みに前へ倒れそうになったのを利用し片手を地面につくと、その手を支えにして身を反転させた。

 だが、男の反応速度はジュードやウィルの予想を遥かに上回っていたのである。男は片足を軸に思い切り足を振り抜き、ウィルの鳩尾へ蹴りを叩き込んだ。

 彼の身はいとも簡単に吹き飛び、酒場脇に積んであった木箱へと思い切り叩きつけられた。がは、と空咳を繰り返し、腹部に走る痛みにウィルは小刻みに身を震わせる。


「ウィル! ――こいつッ!」


 目の前で呆気なく吹き飛ばされたウィルにジュードは声を上げ、そして男へ向き直ると怒りの感情そのままに再び斬り掛かる。先程同様に一気に間合いを詰めてしまうと、至近距離で素早く剣を振り抜き攻撃を繰り出した。反撃の隙など与えぬよう、矢継ぎ早に。

 爪を駆使して男は振られる剣をいなしていく、それでもジュードは攻撃の手を休めない。頭は確かに怒りに支配されているのだが、次第に神経が研ぎ澄まされていくのをジュードは感じていた。元々優れた動体視力の持ち主である、メンフィスの教え通りに敵から目を離さずにいれば、必ず隙を見出せるとさえ思うほど。

 そして、それは間違いではなかった。防戦一方になった男は苛立たしげに奥歯を噛み締めたかと思いきや、右手を思い切りジュード目掛けて突き出した。鋭利なその爪で貫こうと言うのだ。


「――はぁッ!」


 ジュードはそれを素早く身を翻すことで回避すると、回転する勢いをそのまま上乗せさせ勢い良く剣を振り抜いた。その切っ先は男の左頬から右側のこめかみ付近を切り裂いたのである。左眼にも直撃し、男は流石に苦悶の声を上げた。

 両手で顔面を押さえる男はフラフラと後退し、呻き声を洩らす。それでもジュードは即座に追撃行動に出た。様子を見ているような余裕は此方にはないのだ。

 しかし、男は追撃に出るジュードを指の隙間から睨み付けると、逆手を思い切り突き出して彼の胸倉を鷲掴みにした。何処にそんな力があるのかと言うほどに細い腕で、ジュードの胸倉を掴んだ手を上へと伸ばす。無遠慮に持ち上げられ、ジュードは苦しげに表情を歪めた。強制的に地面から足が離れ、距離を取ることも出来ない。

 ならば蹴飛ばしてやろうと、表情を歪めたままジュードは思い切り男の腹部に――ウィルの仕返しとばかりに片足の爪先をめり込ませた。戦闘になれば手も足も出る、それがジュードである。

 思わぬ反撃に男は一つ深く咳き込んだかと思うと、すぐに怒りを瞳に宿してジュードを睨み上げた。そして胸倉を掴む片手に魔力を込めていく。未だダメージから抜け出せないながらウィルはマズい、と思い無理矢理に上体を起こす。ジュードは魔法に対して完全に無力なのだ。


「貴様……貴様ぁッ! この私の美しい顔に……!」

「うるさい! カミラさん達を離して誘拐した人達を返せ!」

「暗黒の淵へ沈め! ――ダークフォース!」


 男がそう叫ぶと、黒く長い影のようなものが集まり始める。それはジュードの胸辺りに集束したかと思いきや、次の瞬間には爆弾でも弾けるように思い切り爆ぜた。

 間近で思い切り爆弾が破裂したようなものである。それと共に男がジュードから手を離したことで、その身は簡単に吹き飛んだ。近くの木に勢い良く背中を叩きつけられ、思わずカミラは両手で顔を覆って俯き、ウィルは腹の底から叫んだ。


「ジュード……っ、ジュード!!」


 ズル、とジュードの身は木の幹を辿り、力なくその場にうつ伏せで倒れた。ピクリとも動かない様子にウィルは青褪める。

 男は低く笑い声を洩らすと、興味をなくしたようにゆっくりと馬車へ向かって歩みを進めた。


「ふん、私のダークフォースに耐えられる筈がない。勇敢な少年でしたがね、所詮人間などこんなものですよ」


 男は馬車の傍らまで足を進めると、完全に怯えて竦み上がっている住民達を振り返った。その表情にはすっかり笑みが戻っているが、裂傷から流れ出る鮮血が男の与える恐怖へ拍車を掛ける。

 吸血鬼の男は一つ鼻を鳴らすと、住民達へ言葉を向けた。


「私に逆らえば、あなた方もこうなりますことをお忘れずに……では、また」


 それだけ告げると、男は静かに馬車へと乗り込んだ。倒れたまま動かないジュードに、ルルーナはウィルのように青褪めて身を震わせ、カミラは瑠璃色の双眸から大粒の涙を流し、そして叫んだ。


「ジュード、ジュード! いやあああああぁっ!」


 魔族が恐ろしい、離れるのが嫌。そんな理由ではない。今のカミラの頭には、嘗て失った大切な王子の存在が過ぎっていた。

 魔族に奪われた、ヴェリアの第二王子。そして今また、魔族によって大切な仲間を失ったのだと思うと、込み上げ流れ出す深い悲しみをやり過ごす術が見つからなかった。

 だが、カミラの叫びも虚しく馬車は静かに走り出す。ウィルは遠ざかる馬車に悔しさを募らせ、キツく握り締めた拳で思い切り地面を殴りつけた。当然、拳からは焼けるような痛みが伝わるが、ウィルは奥歯を噛み締めるだけである。

 次に顔を上げ、痛みの抜けない身を必死に動かして立ち上がろうとした。身に走る鈍痛は深刻で、足腰に上手く力が入らない。

 すぐに崩れ落ち、地面に両手をついてしまう。


「く……ッそ、ジュード……っ!」


 依然倒れたまま、ピクリとも動かずにいるジュードの安否を確認しに行きたい、手当てしてやりたいと思うのに身体が言うことを利かない。ウィルは悔しそうに表情を歪め、改めて立ち上がろうと無理矢理に身を動かす。

 ウィルは初級程度の治癒魔法ならば扱える。カミラのようにはいかなくても、この痛みが多少でも軽減されるなら使った方がいいかと考えた。

 しかし、そこへ聞き慣れた声が響く。


「……ウィル? ――ウィル!」

「マナ……?」


 単身で道具屋に向かった、マナが駆け付けたのだ。

 マナは住民達に混ざり真っ青になりながら立ち竦むエイルを一瞥すると、構うことなくウィルの元へと駆け出す。マナの中でウィルと言う存在はジュードより強いとの認識があり、その彼が身動きもままならないほどに弱っている姿は衝撃であった。

 マナは傍らに片膝をつくと、真剣な表情で口を開く。


「ウィル、大丈夫なの? 一体何があったの?」

「カ、カミラとルルーナが連れて行かれて……ジュード、が……」

「え……っ、ジュード!?」


 苦しげに呟くウィルの言葉にマナは思わず辺りを見回す。すると、多少離れた場所で倒れるジュードの姿が彼女の視界に飛び込んできた。

 悲鳴にも近い声を上げるマナに、ウィルは言葉を続ける。


「マナ……頼む、ジュードのところに連れて行ってくれ、あいつ……魔法、モロに受けて……」

「わ、分かったわ! しっかり掴まって!」


 触れた箇所からマナの身体の震えが伝わり、ウィルは痛ましそうに表情を顰める。ジュードに想いを寄せる彼女の心情を思うと、身が裂かれるような思いだ。

 ウィルはマナの肩を借りて立ち上がると、片足を引き摺るような形でゆっくりとジュードの元へと歩み寄った。

 ウィルとマナはジュードの傍らに屈み込み、その身を仰向けに返して抱き起こす。その目は静かに伏せられており、男の言葉通り息絶えているように見えた。マナは必死に彼の身を揺さぶる。


「ジュード! 嘘でしょ……しっかりしてよ!」


 だらりと垂れた腕、微かに半開きになった口。ウィルは唇を噛み締め、脈を診るべく彼の首元にそっと手を触れさせた。

 期待などしていない行動ではあったが、諦めきれなかったのである。

 だが、その諦念に反して親指の腹に確かに鼓動を感じた。ウィルは目を見開くと、マナへ目を向ける。


「……! マナ、生きてる!」

「えっ……?」

「誰か、手伝ってくれ! 休める場所を!」


 見た目にはあまり分からないが、微かに呼吸もあるようだ。

 ウィルは状況を見守っていた男達へ咄嗟に声を掛けた。すると彼らは慌てたように我に返り、駆け寄ってくる。魔族の圧倒的な強さと絶望感に立ち竦んでいた者達が、ようやく意識を引き戻したのである。

 マナは目に涙を浮かべて安堵を溢れさせ、ウィルも安心したように表情を綻ばせた。

 だが、そこでウィルは違和感を覚える。


「……あれ?」

「どうしたの?」

「いや……」


 ウィルが今触れたジュードは、ただ普通に暖かかった。

 いつもであれば、魔法を受けたその直後にジュードは拒絶反応から高熱を出す。だが、つい今し方ウィルがジュードの首元に触れた時、異常なほどの熱はなく、普通の体温――よりも多少低いくらいであったのだ。

 今現在も、死んでいるのではないかと思うほど呼吸も静かなものである。高熱が出れば荒くなる筈だが、そんな様子もない。

 あの吸血鬼が放ったものは確かに魔法だった筈。ならばジュードの身体が拒絶反応を起こさないのはおかしい。そんな例外は、今までただの一度もなかった。

 どういうことなのかとウィルは怪訝そうに考え込むが、ウィルもマナも視界に入らない為に気付かなかった。

 ジュードの左腕――ジャケットの下に隠れた金色の腕輪。その中央部に鎮座する蒼い石が、淡い光を湛えていたことに。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ