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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第九章~魔戦争編~
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第三十四話・四神柱との戦い方


 全身を引き裂くかのような激痛に襲われたジュードは、歯を食いしばってその痛みに耐えた。耐えるくらいしか、できることがなかったのだ。精神空間(マインドスペース)内だからか、意識が飛ぶこともなく痛みだけが全身を支配する中、表情が勝手に歪む。

 聖剣を地面に突き刺すことで身を支えようとはしたのだが、耐えきれずにその場に片膝をついて屈んでしまった。激痛から満足に呼吸もできず、口からは浅い息ばかりが零れ落ちる。焦点が合わず、呪いは解けたというのに強烈な眩暈を感じた。


「(か、らだが……重い……)」


 恐らくそれは激痛のせいなのだが。

 これがもしも生身の肉体だったら――それを考えるとゾッとする。確実に今の一撃で命を落としていたことだろう。

 四神柱(ししんちゅう)でこれだけの威力の魔法を扱えるのだ、サタンが本気になればもっと恐ろしい魔法を繰り出してくる。その破壊力を身を以て理解した。そう考えれば安いものだと割り切って、ジュードは顔を上げた。

 四神柱の狙いも、そこからそう外れてはいないだろう。サタンはこんなものではないと――それを教える意味もあって放ったに違いない。


「……ふふ、一発でそのような顔をしていてはサタンを倒すなどできんぞ」

「休んでいる暇などありません、続けて行きますよ!」

「(マジかよ……!)」


 正直、今の一撃でジュードは既にボロボロだ。現在は魂だけの存在であるために怪我の類はないが、疲労感は尋常なものではない。己自身に鞭打って叱咤しても、ダメージから即座に回復するなど不可能だった。

 なんとかその場に立ち上がることはできたが、猛烈な速度で迫ってくるフィニクスとシルフィードを前にできることは――なにもない。現在のコンディションで立ち向かうには、相手が悪すぎる。

 更に、彼らの後ろではオンディーヌとガイアスが魔法の詠唱まで始める始末。どう対処しろと言うのか。ちびと協力しても、精々二人を押さえるだけで限界だ。


「……え?」


 しかし、ふと――ジュードの眼前でなにかがふわりと閃いた。

 え、と思って瞬きを繰り返すと、その刹那。彼の目の前で燃え盛る紅蓮の炎がシルフィードに叩きつけられたのだ。炎の強打を喰らったシルフィードは小さく苦悶を洩らして後方へと飛び退り、続いて突進してきたフィニクスは――矢継ぎ早に発生した渦を巻く水の塊を腹部に受け、大きく吹き飛んだ。


『……大人げないとは、お前たちのような者のことを言うのだろうな。ジュードは俺とは違うんだ、もっとデリケートに扱え』

「ジェ……ジェントさん……!」


 それは、聖剣と同化したあの勇者だった。ジュードの前に立ちはだかり、シルフィードとフィニクスの攻撃から守ってくれたのだ。

 彼の姿を目の当たりにして、ジュードは自分の顔が安堵に弛むのを感じた。ヴァリトラが止めてくれない今、頼れるのは他にいない。

 シルフィードはむっとしたように軽く眉を寄せ、フィニクスは腹部を摩りながら身を起こす。後方で詠唱していたオンディーヌとガイアスは、静かに術の集中を散らした。


「仲間の参戦は認めぬとヴァリトラが言っていたのだぞ、ジェント。お前が手を貸すことは――」

『ほう、今の俺はアロンダイトと同化したことで聖剣と同じ存在だ。それに……手を貸す以前の問題だろう、これが試練と呼べるものか』


 ちびはふらふらと立ち上がると、慌てたようにジュードの傍らへと駆け寄ってきた。ちびの疲弊も深刻だ、既に立っているのもつらいのだろう。前足が微かに震えている。


『ジュード、まだやれるか?』

「は、はい! で、でも……ちびもクタクタで、どう戦えばいいのか……」

『大丈夫、こういった状況での立ち回り方を教える。別に勝たなくてもいいんだろうが、どうせなら勝ちたいだろう』

「(ジェントさんって、結構負けず嫌いなんだな……)」


 ちらりと肩越しにこちらを振り返った彼の顔は――なんだかものすごく怒っているようだった。もちろん、その怒りの矛先はジュードではなく、四神柱だろうが。薄く笑ってはいるのだが、目は決して笑ってなどいない。

 ヴァリトラが止めないところを見れば、彼の参戦について反対はしないのだろう。しかし、ジェントが加わっても数はまだ向こうの方が上だ。オマケにちびは依然としてフラフラである。この状況でどう勝とうというのか。


 それに、シルフィードもフィニクスも待ってはくれないらしい。その立ち回り方を教えてもらう前に、改めて――ほぼ同時に駆け出してきた。

 ジュードは地面に突き立てた聖剣を引き抜くと、ふわりと己の隣に移動したジェントを横目に見遣る。


『ジュード。シルフィードの方は構わなくていい、フィニクスの攻撃を直撃寸前で避けろ』

「が、頑張ります」


 あっさりと言ってくれるが、彼女の攻撃とて決して遅くはない。むしろ呑気に瞬きなどしていると、そのまま直撃してしまうほどに速い。

 双眸を細めて、フィニクスの一挙一動を窺う。振りかぶった拳を突進の勢いに乗せて問答無用に振り下ろしてくるのを、後方に跳ぶことで辛うじて避けると、鳥を模した彼女の服の袖についている炎が辺りに舞い散る。ジェントは、それを見逃さなかった。


『――焔炎舞(ほむらえんぶ)!』

「ふぎゃッ!」


 ジェントが斜め下から片足を勢いよく振り上げると、彼の片足は紅蓮の炎を纏い――フィニクスの袖から舞い上がった炎を巻き込んで、シルフィードの顎を下から強打した。彼が苦手とする火、ダメージはかなりのものだろう。その証拠に、シルフィードの口からはカエルが潰れたような声が洩れた。

 けれども、休む間もなく再びフィニクスが体勢を立て直すと、今度はジュードではなくジェントに襲いかかってくる。厄介な方から先に潰す、そのつもりなのだろう。


 繰り出される蹴りを横に身を翻すことで避けると、その動きを読んでいたとばかりに瞬時に足元からはオンディーヌの放った無数の氷柱が突き出てくる。ジェントは地面を強く蹴って跳び上がり、そのまま宙でひと回転。着地と同時に一度回し蹴りをひとつ、そして流れるような動作で二発目を繰り出した。

 すると、今度は巨大な風の刃が二発飛翔し、一発目で氷柱を中ほどから砕き、二発目で砕けた無数の破片をフィニクスの身に突き刺すように叩きつけたのだ。


「きゃああぁッ!」


 惑うこともなく慣れた様子で戦う彼の姿に、ジュードは瞬きも忘れて思わず見入っていた。先ほどまであんなにも恐ろしい相手でしかなかった神柱たちが、ジェントの前ではまるで赤子かなにかのようだ。ちびもそんなジュードの隣で「わうわう」と吠えている。


「す、すごい……!」

『敵の数が多い時は、身の安全を確保しながら相手の技を利用してやるんだ。君は元から身軽な上に目がいいから、すぐにできるようになるさ』

「でもオレ、ジェントさんみたいに色々な属性を使えるわけじゃ……」

『……』


 今見た限りでは、ジェントは様々な属性を扱って相手の技や攻撃をよそへ向けて叩き返していた。しかしジュードは、自分はそういった技を扱えない――そう言ったのだが。

 当のジェントはと言うと、なんとも表現し難い怪訝そうな表情を浮かべてジュードを見返すばかり。やがて、微かに震える手でジュードの手にある聖剣を指し示した。


「……? ……あっ! そうか!」


 ジュードは暫し不思議そうに聖剣を見つめていたのだが、程なくして理解したらしい。

 聖剣アロンダイトは、四神柱の刻印を持つジェントの魂を取り込んだことで様々な属性を扱えるようになっている。聖剣を使えば、ジェントのような立ち回り方もできることだろう。彼の言葉通り、ジュードは元々目がいい上に身のこなしも軽い、その上に器用であるため咄嗟にターゲットに照準を合わせるのもお手の物だ。

 ジェントはジュードの傍に戻ると、彼の横や背中からの襲撃を警戒するように斜め後方へと一歩退がった。見れば、シルフィードもフィニクスもまだまだやる気だ。攻撃が直撃した箇所を摩りながら、幾分か不貞腐れたような視線を投げかけてくる。


『落ち着いてやれば大丈夫だ』

「はい。ちび、やるぞ!」

「わううぅ!」


 一度でできるかどうかは、まったくわからない。聖剣を構えながら四神柱を見据えて、ジュードは息を呑む。

 そんな彼を見て、ヴァリトラは内心で笑っていた。


「(そうだ、それでよい。まずは聖剣の力に慣れるのだ。ジェントの魂を取り込んだことで、今や聖剣の力は未知数……ジェントが持つ様々な属性を意のままに繰り出せるようになれ)」


 聖剣の力とヴァリトラの力、もしもジュードがその二つを自分の手足のように扱えるようになれば――サタンを倒すことも充分にできるはずだ。

 恐らくは今頃、魔族側もどう対処すべきか策を講じていることだろう。

 最終決戦までの時間は、残り少ない。現在造っている武器が完成すれば、もうすぐだ。内心で確かな焦りを感じながら、ヴァリトラは静かに彼らの姿を見守った。



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