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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第九章~魔戦争編~
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第三十三話・契約前の試練


 精神空間(マインドスペース)の中で、ヴァリトラはジッとジュードを見つめていた。

 彼のために生まれ変わった聖剣アロンダイトは、所有者である彼の能力を限界まで引き上げてくれている。現在交戦中のサラマンダーでは、既にジュードの相手するのは難しいほどに。

 だが、ヴァリトラはサタンとの戦いの中で確かに感じていたのだ。今のままでは、例え自分と契約をしてもサタンに勝てるかどうかは危うい、と。


「(聖剣もそうなのだが、まだ王子は我の力を完全に扱いきれていない。無理もないか、これまではほとんど意識などないような状態だったからな……)」


 赤子に鉛筆を持たせても綺麗な字など書けないのと同じだ。ジュードはまだ、ヴァリトラの力に慣れていないのである。ヴァリトラがどれほどの強大な力を持っていたとしても、その力を使役するジュードが扱いきれなければ、ただの宝の持ち腐れに過ぎない。

 これまでの交信(アクセス)はほぼ無意識、半分は意識が吹き飛んでいる状態で行っていることがほとんどだった。無理はないのだが。


「(……いや、そもそも戦うために生まれてきたわけではないのだ。よくやっている、と褒めるべきか。しかし、そのようなことを言っていては、サタンに殺されてしまう。少しでも早く我の力に慣れさせねば……)」


 サラマンダーが全力で振り下ろした刀を真正面から聖剣で受け止めると、その真横からちびが襲いかかる。躊躇もなく振られる爪の攻撃は、彼の身に確かな裂傷を刻んだ。サラマンダーが舌を打ち、ちびに蹴りを叩き込もうとするのとジュードが神牙を振るうのはほぼ同時――僅かに、後者の方が速かった。

 神牙の刃はサラマンダーの腹部を深く抉り、苦痛に歪むその顔にジュードは奥歯を噛み締めると片足を軸にひと回転。片足を振り上げて同じく腹部に一発、重い回し蹴りを叩き込んだ。


「ぐうぅッ! げほっ、げほ……っ! こ、こんの、クッソガキ……!」

「あははは~~サラマンダーだっらしな~い、あっははは~」

「あ、あんの能天気野郎……ッ!」


 思い切り蹴り飛ばされたサラマンダーを見て、わざとらしい揶揄を向けるのはイスキアだ。風と火、なにかと犬猿の仲なのだろう。それでも本気でいがみ合わないだけ、充分に仲はいいのだろうが。

 次にサラマンダーの視線は、既に戦う気も失くしていると見えるライオットとノームに向けられた。当の二匹はと言うと、やや離れた場所でちょこんと佇みふざけているようにしか見えない顔と目で傍観しているのみ。

 現在は上級精霊を一度に相手しているはずなのだが――この二匹は一発二発ほど殴られて、戦線を離脱してしまった。


「おい、そこのふざけたツラの二匹。お前ら真面目にやれよ!」

「真面目にやったに」

「そうナマァ」

「嘘こけ! (マスター)と戦いたくなくてさっさとやめたんだろうが!」


 サラマンダーは刀を地面に突き立てることで身を支えながら怒声を張り上げたのだが、その言葉を聞いたライオットとノームはなにやらニヤニヤと笑いだした。そして短い手足を必死に動かして飛び跳ねるように駆け寄ってくると、周囲をウロチョロと駆け回り始める。

 当のサラマンダーはそんな様を怪訝そうに眺めていたが、数拍の後に己の失言――と呼べるかはわからないが、それに気づいて慌てて片手で口元を覆った。


「マスターって言ったに」

「言ったナマァ、すっかりジュードさんのことマスターって認めてるナマァ」

「た、叩き切るぞこの野郎ッ!!」


 サラマンダーの顔は、その属性に負けず劣らず火が点いたかのように真っ赤だ。顔から火が出る、とはまさにこのことかもしれない。そう思うほど。

 そんな彼らのやり取りを見つめて、ジュードは軽く眉尻を下げた。追撃を加えていいのかどうか、判断に困ったのだ。

 しかし、頭の片隅では確かに――以前との違いを感じていた。

 当時はサラマンダーに傷を付けることさえ叶わなかったというのに、聖剣や神牙であればいとも容易く深いダメージを叩き込める。自分が強くなったのか、はたまた全て聖剣や神牙のお陰かはわからないが。


「ったく、ふざけやがって……おい坊主、いいか。俺はお前に負けたんじゃねーからな! そこんとこ、よく覚えとけよ!」

「負け犬が吠えてるわ」

「うるせぇんだよ、オメーはよおぉ!!」


 取り敢えず、サラマンダーにこれ以上戦闘を続ける気はないらしい。横から揶揄を投げかけてくるイスキアと、この後また一戦交えそうな雰囲気ではあるが。

 だが、当のイスキア本人はにこにこと笑うばかり。挑発している張本人だというのに、どこ吹く風といった様子だ。

 これでいいんだろうか。そう微かに不安になるジュードをよそに、シヴァとフォルネウス、フラムベルクとフレイアはその身を淡く輝かせると、あろうことか――その身をそれぞれ神柱(しんちゅう)の姿へと変貌させたのである。


「……え? あ、あれ……?」

「さて、ウォーミングアップはここまで。これからが本番よ、ジュードちゃん」

「あ、あの、ヴァリトラには精霊たちと戦う(・・・・・・・)って聞いたんだけど……」

「大精霊より強~い四神柱(ししんちゅう)と戦う方がためになるでしょう?」

「(じょ、冗談じゃない!!)」


 ジュードがやや蒼褪めている目の前で、当のイスキアはトールと、ガイアスはアプロディアと一体化することで――こちらもやはり神柱として顕現してしまった。先ほどのライオットたちもそうだったのだが、同時に一体化したと言うことは彼らも一斉に襲いかかってくるつもりらしい。

 慌ててヴァリトラに目を向けてみたが、止めてくれる気はなさそうだ。他人事のように傍観し、キョトンとしている。非常に憎たらしいとジュードは思った。


「はっはっは、この精神空間の中では死んだりはせん。思う存分、彼らの戦い方を理解するのだ」

「(ヴァリトラは神さまじゃない、鬼だ)」


 ちびはジュードの前に立ちはだかって、彼を守ろうと必死に吼えている。まるで威嚇でもするかのように。最早、この空間の中で味方と言えばちびしかいない。

 思わず叫び出しそうになるのを堪えながら、対峙する四神柱と武器を構えて向き合った。

 彼ら神柱との戦闘など、今回が初めてだ。満足に大精霊と戦ったことさえないのに、突然それよりも更に上の面子――それも四人と同時に戦うことになるなど思ってもみなかった。


 火の神柱フィニクスは優しく微笑みながら、それでも一直線にこちらへと飛翔してくる。その速度は尋常なものではない。

 彼女の突進をちびが防いでくれたが、勢いは――圧倒的にフィニクスの方が上だった。


「ギャウウゥッ!」

「まだまだ! 行きますよ!」

「やらせるか!」


 フィニクスは片手をちびの喉元に突き出すと、手の平に魔力を集束し始める。それを見てジュードは咄嗟に剣を振るった。

 だが、聖剣の刃はフィニクスの腕に届くことはない。それよりも先に、大きく湾曲した鎖鎌が割り込んだからだ。緑色の淡い光に包まれるそれは、風の神柱シルフィードのもの。

 どこから――と素早く視線のみを巡らせたが、その姿は既にジュードの眼前に迫っていた。


「言っておくが、お前の目のよさでも私の姿を捉えられるかは――定かではないぞ」

「(速い、いつの間に……!)」


 一体いつの間に距離を詰めたのか、それさえわからない。フィニクスに気を取られていた一瞬のうちに、シルフィードは目の前まで迫っていたのだ。

 次の瞬間、フィニクスの魔力がちびの喉元で大きく爆ぜ、その身は大きく吹き飛ばされた。精神空間の中、それも聖獣となったちびが死ぬことはないのだが、それでも確かに痛みはある。ジュードは慌ててちびの方を窺ったのだが――相手は神柱、そんなよそ見は命取りにしかならない。

 大きく身を翻したシルフィードの蹴りがジュードの腹部に見事に叩き込まれると、脳が揺れるような衝撃を受けて蹴り飛ばされる。


「くっそ……!」


 吹き飛ばされる最中になんとか体勢を整え、逆手を地面につくことでブレーキをかけて着地を果たしたのだが――ジュードの表情は、そこで思わず固まった。

 顔を上げた先、そこには四神柱の四人が魔力を凝縮して放つ魔法が既に形成されていたからだ。四つの光が円を描くようにして渦を巻き、精神空間全てに広がりを見せた。ヴァリトラの元に避難したサラマンダーやライオット、ノームは周辺に張られる結界の中に飛び込んで胸を撫で下ろしているが。


「さて、我々の持てる力を全て注ぎ込むこの魔法アルティメットバースト――その身で受けてもらおうか。死ぬことはないのだから、そこは心配しなくていい」

「そ……そういう問題じゃ……!」


 確かに、この精神空間では死ぬことはないとヴァリトラが言っていた。

 だが、攻撃を受ければ当然痛みはあるし、いくらジュードでも恐怖の感情は持ち合わせている。受けろと言われて喜んで飛び出して行けるはずもない。

 しかし、フィニクスとシルフィードは完成した魔法を容赦なくジュード目がけて放ってくる。避けられる空間は――どこにも見当たらなかった。



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