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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第九章~魔戦争編~
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第二十七話・訪れた安息と今後に向けて


 マナとメンフィスは、疲弊しきった身体に鞭を打ち必死に階段を駆け上がっていた。屋上に続く階段は途中から大きく崩れ、足でも引っかけて転ぼうものなら切り立った壁や足場に顔面を打ちつけて大惨事になる可能性もある。覚束ない足取りで、二人は必死に屋上へと駆け上がっていった。


「ジュード! 大丈夫なの!?」

「魔族が撤退していったぞ、つまり魔王は――!」


 ようやく辿り着いた先、そこにはゆったりと羽ばたくヴァリトラがいた。

 ジュードは確かにいるのだが――彼もまた、激しい戦闘で疲労困憊と言った様子なのだろう、既に意識はなく、先ほどまでの戦闘が嘘のようにすやすやと気持ちよさそうに寝息さえ立てて眠っている。

 ジェントは傍らでそんな彼を支えながら、言葉の代わりに片手の人差し指を立てて己の口唇前に添えた。静かに、という意味だ。


 眠るジュードを見るなりメンフィスは気が抜けたように近くの塀に片腕を預けて、腹の底から深い安堵の息を吐き出す。一拍遅れてやってきたサラマンダーも同じだ、ふう、と息を吐き出して愛用の刀を肩に担いだ。

 マナは再び姿を見せた勇者の姿に疲れも忘れたか、その表情を笑みに破顔させた。


「勇者さま! あ……お、起きてない、わよね……?」

『……余程疲れたんだろう、死んだように眠っている。……ヴァリトラ、お前もフラフラのようだが大丈夫なのか?』

「なに、少し休めば問題はない」


 マナは大声を張り上げてしまった己の失態に慌てて口を押さえながら、そろりそろりと静かにジュードの傍に歩み寄っていく。服はあちらこちらが破れてボロボロだが、確かに生きている。それを確認してマナは安心したように笑った。

 だが、次に気になるのはジェントの言葉だ。ヴァリトラは大丈夫なのかと、ちらりとそちらを見遣る。

 ヴァリトラは水の国でアルシエルと、そしてこの火の国でジュードと共にサタンの相手をした身だ。アルシエルとの戦いで多く血を流し過ぎたせいもあるのだろう、確かに普段よりも元気はなく、疲れているような様子だ。


「ともかく、なんとか無事に済んだと言うことですな……ふう、老体には堪えるわい」

「またまたぁ、メンフィスさんったら思ってもないこと言ったりして」

「なにを言っておる、ワシはもう隠居したいんじゃぞ。あ~腰が痛い、抜けそうじゃあぁ」

「ったく、わざとらしい……あれが隠居したいおっさんの戦い方かよ」


 メンフィスが荒れ果てた屋上の床に腰を下ろすとサラマンダーはその傍らに佇み、塀に腰の辺りを預けて寄りかかる。マナはそんな二人の近くに座り込んだ。

 このような和やかな会話も、勝利の余韻のひとつだ。無事に生き延びた、その事実を確かめる意味もある。彼らの顔には安堵と共に嬉々が色濃く滲んでいた。この戦いで命を落とした者も多いだろうが、今ここで命があるという実感を噛み締めているのだろう。

 ジェントとヴァリトラはそんな彼らの様子を、余計な口を挟むことなく見守っていた。


「そうそう、メンフィスさんはまだまだ現役で……って、え?」


 だが、その時だった。

 ふと、マナの視界の片隅でなにかが蠢いたのだ。

 なんだろうと反射的に視線を動かした彼女の目に飛び込んできたのは――見るからに人間とは異なる醜い生き物の姿。自分たちよりも遥かに大きな巨体に、彼女の口からは思わず悲鳴に近い声が洩れた。


「な、なななに!? 魔族の残り!?」

「どうやらそのようだ、まだこんな奴が残っておったのか……!」


 マナは弾かれたようにその場から飛び上がり、メンフィスは静かに腰を上げて剣に片手を添える。サラマンダーは抜身のまま持っていた刀を構えて、敵の出方を窺った。

 しかし、彼らは知らないことだが――その生き物は、ジュードに殴り飛ばされたことで意識を飛ばしていたリュートだ。

 リュートはむっくりと静かに起き上がり、ぶつけただろう箇所を暫し摩っていたが、やがて鼓膜を揺らした声に口を開いた。


「……あぁ? なんか聞き覚えのある声がするねぇ……この声、ひょっとしてブスのマナかぁ?」

「なっ……! あ、あんた、まさか……!」


 その声は、彼女にとっても覚えがある声だ。――決して嬉しいものではないが。むしろ忘れられるのならば忘れたいほどである、今すぐにでも。

 リュートは静かにその場に立ち上がると、首裏に片手を添えて右や左に顔を倒すことで骨を鳴らしながらニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた。その視線はまっすぐにマナを見据え、小馬鹿にするように言葉を羅列する。


「や~っぱりだ、相変わらずブスだなぁ! とびっきり美人のルルーナや可愛いカミラとは大違いだぜ!」

「誰だよあいつ。自分がブサイクなの気づいてねぇのか? 鏡っての見りゃいいのに……」


 メンフィスもその声で大体の正体を理解したようだが、人間であったリュートとそもそも面識のないサラマンダーは別だ。純粋な疑問として呟いただけだったものの、マナとメンフィスは彼のその言葉に怒りも忘れて思わずふき出した。

 けれども、その言葉と様子はリュートの神経を逆撫でしてしまったらしい。固く拳を握り締めると、その顔に憎悪を滲ませて腕を振るってきた。


 三メートルほどはある巨体から繰り出される攻撃は、人の身で受け切るには衝撃が大き過ぎる。咄嗟にメンフィスがマナとサラマンダーの前に出て剣を盾にすることで防いだが、両腕には骨が軋むような感覚と痛みが走った。


「ぐうぅッ!」

「メンフィスさんっ!」

「くくくッ、トドメだ!」


 怯むことこそなかったが、一撃を受け止めただけで両腕が悲鳴を上げるほどだ。リュートはにたりと歯を見せて笑うと、そのまま彼らに体当たりを見舞うべく駆け出した。

 ――が、その両足は先ほどと同様、地面から伸びてきた光の鎖で縫い留められてしまったのである。


「くっ! またか、この……!」

『騒がしい、ジュードが起きる』

「また、テメェか……! へッ、さっきはまぐれで俺の攻撃を止めれたからってイイ気になってんのか? ああぁ?」


 当然、犯人はジェントだ。騒ぎなど露知らずといった様子で眠るジュードを床に寝かせると、静かに立ち上がる。それを見てヴァリトラは少しばかり距離を開け、サラマンダーはマナとメンフィスの肩を後ろから掴み、無言で引っ張った。

 リュートは己と対峙する彼を見据え、これまた先ほどと同じく己の身を拘束する鎖を力業で引きちぎってしまうと、改めて表情には笑みを滲ませる。


『マナ、この男はなにをしたんだ?』

「えっ? ええと……好意があるフリをしてあたしに近づいてきて、騙して奴隷として売り払おうとしました」

『……』

「あ、あと、小さい子供を誘拐して人質にしたり、カミラの髪を切っちゃったのもこいつです!」


 マナから返る言葉に、ジェントの表情は特別変わったりはしない。だが、リュートは己がしでかしてきたことを暴露されて、余計に調子に乗ったようだった。

 浮かべる笑みを深いものに変えながら、ゆっくりと彼の目の前に歩いていく。


「ぎゃはははッ! だったらなんだってんだよ、正義感のお強~い勇者さまだから悪党を成敗してやるってかぁ? あーヤダヤダ、そういうの大ッ嫌いなんだわ。自分が正しいです、正義の味方なんですぅ、みたいな奴を見るとヘドが出るねぇ!」

『一人でなにを勘違いしているのかは知らないが、その呼び名は周りが勝手に言い始めただけのこと。御大層な呼び名が必要だと言うのなら俺は勇者ではない、ただの悪魔だ』


 捲し立てるかの如く矢継ぎ早に向けられる言葉の数々に対しても、ジェントの表情は変わったりはしなかった。代わりに双眸をゆるりと細め、口元に薄い笑みさえ浮かべる始末。

 彼にとっては、リュートのこのような挑発は感情を揺さぶるレベルでさえないのだ。

 しかし、口汚い暴言を吐く彼のことは決して好ましい存在ではない。ジェントは小さく溜息を吐くと、目の前の巨体をちらりと見上げ――片腕を振り上げた。


 すると、リュートの足元からは巨大な水柱が発生し、己の倍以上の大きさを持つ彼の大きな身を天高く叩き上げてしまったのだ。


「な……なにッ!?」

『お前の言葉は少々聞き苦しい、これ以上この子たちを刺激する前にご退場願おう』


 瞬く間に空へ舞い上がった身と一拍遅れて感じた激痛に、リュートの双眸は思わず見開かれた。慌てて見下ろしてみれば、水で形成された竜のような生き物が足元から突き出てきたようだ。リュートの巨体は、その竜によって叩き上げられてしまったのだ。

 なんとか上空で体勢を立て直さないと――そう思ったのが、最後だった。


 次の瞬間、リュートの身は真下から頭部を貫かれたのである。目にも留まらぬ速さで飛翔してきたそれは、紫の淡い輝きを纏う雷。強制的に水を纏わされた彼の身は雷をよく通し、貫いた箇所から雷撃が全身へと広がり――彼の身を焼いた。

 サタンの魔力により魔族として生まれ変わったリュートの身体は、その一撃を受けて数拍後、黒い無数の粒子となって空気に溶けてしまった。


「ふわあぁ……す、すごい……」


 マナはその様を見つめているしかできず、瞬きさえ忘れたように空を見上げていた。リュートは彼女にとって腹立たしい存在だが、今回は本格的に腹を立てる暇さえなく終わってしまったのだ。呆気にとられるのも無理はなかった。

 それはメンフィスも同じだったらしく、暫し空を見上げて唸った末にその視線は静かにジェントへと向ける。


「(これが伝説の勇者の力なのか……これほどの力があれば魔族との戦い、随分と有利になりそうだ。まだまだ希望を捨てるわけにはいかんな)」


 かつて魔族と正面から激突したジェントと、神との交信(アクセス)を遂げるジュード。この二人がいるだけでも士気の向上には充分だろう。

 ましてや、ジュードやエクレールは伝説の勇者の子孫でもある。勇者のおとぎ話が未だ根強く残る世の中に於いて、これ以上心強い存在はない。メンフィスは確かにそう思った。



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