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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第九章~魔戦争編~
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第二十二話・強行手段


「ぎゃははははッ! おらおら、どうしたよォ!?」


 人間の倍ほどの大きさに変貌したリュートは、真っ向からジュードに襲いかかってきた。足を踏み出す度にドスドス、と重苦しい音が立つ。底が抜けたりしないだろうか、そんな心配が湧くほど。

 リュートが思い切り繰り出してくる拳や蹴りの威力は凄まじく、これまでとは打って変わり完全なパワーファイターだ。武器で防いでも、衝撃が腕を伝い骨にまでダメージを与えてくる。

 身の大きさを派手に裏切り、動きも非常に素早い。距離を取ろうとしても即座に追撃を加えてくるため、休む暇などまったく取れなかった。


「(さっさと片づけるしかない……!)」


 こうしている今も、サタンの方からはいくつもの魔法が飛んでくる。火炎弾や風の塊、時には頭上から雷など様々な種類のものが。

 二対一、いくら聖剣があると言っても荷が重すぎる。まずはリュートを片づけてからサタンを撃退するしかない。


 ジュードは手にした神牙を掲げることで、頭上から叩き下ろされたリュートの拳を受け止める。黄金色に輝く刃はリュートの拳に深く突き刺さり、骨さえも貫通した。その表情が嫌悪に滲むのを見遣りながらジュードはその手を真横に振り抜く。

 すると、神牙の刃はリュートの拳を内側から深く抉り、患部からは多量の血飛沫が上がる。見ている方が恐ろしくなるほどの量だ。

 だが、リュートはにたりと口角を上げて厭らしく笑い――即座に逆手を繰り出してきた。


「くッ!」

「ぎゃっはっはっは! そんなモンが俺様に効くかよぉ!!」


 リュートの逆手はジュードの身に直撃こそしなかったが、刃物のように伸びた爪が彼の腹部を掠めた。

 聖剣が守ってくれたのか、先ほどは魔法を受けてもいつもの眩暈は感じなかったが、今は動き回れば不意に目の前が一瞬真っ暗に染まる。これは出血のせいだろう、特にリュートに肩を突き刺された傷は非常に重かった。

 長引けば長引くだけ、勝機は徐々に失われていく。心なしか、少しずつだが身が重くなり始めている。身体を支える足にきているのだ。


 けれども、聖剣で斬りつけてもリュートの身に刻まれた傷はゆっくりと、確実に癒えてしまうのである。恐らくサタンの魔力のせいだろう。

 しかし、聖剣と異なりすぐに完治するわけではない。それを考えると、ジュードはふっと――ひとつ息を吐き出してから、今度は逆に自らリュートに飛びかかった。


 利き腕である右肩に刃を叩きつけると、リュートの顔はやはり痛みに歪む。しかし、すぐに忌々しそうにこちらを睨みつけてくる様子からして、怯むようなことはないだろう。やはり撃破しかない。

 素早さ勝負ならば――ジュードの方が遥かに上だ。身のこなしはもちろんのこと、持ち前の器用さと並外れた動体視力を駆使すれば狙った箇所は決して外さない。


「うわっ!?」

「くく……こちらを忘れてもらっては困るな。さぁ、どうした? この程度なのか?」


 だが、状況は明らかに不利だ。リュート一人であれば畳みかけることで撃破は容易だろう。

 けれども、連撃を叩き込もうとすれば、すかさずサタンが横やりを入れてくるのだ。本気を出せばリュートなどいなくとも、ジュードの相手はできるはず。だというのに、敢えてリュートに力を与えたということは――単純に遊んでいるのだ。

 それか、相手を弱らせてから(なぶ)るのが好きなのだろう。


 ジュードとリュート。両者の間を割るようにして放たれた風の刃を、ジュードは咄嗟に身を退くことで避けるが、次の手はリュートの方が僅かばかり早かった。


「喰らえッ!」


 リュートは拳を握り締めて身に力を込めると、痛めていない左側の肩をやや前に突き出す形で突進してきたのだ。交差させた聖剣と神牙を盾のように前に翳すことで衝撃を抑えたが、身の丈三メートルはある者の体当たりはそれだけでは防ぎ切れなかった。

 思い切り吹き飛ばされたジュートの身は石造りの壁に叩きつけられ、脳が揺れるような錯覚を覚える。今度ばかりは武器を手放すことはなかったが、リュートは怯んだその隙を見逃すことはなかった。


「トドメだ、くたばれ! このクソガキがあぁ!」


 勝利を確信したかのように、笑い声さえ交えながら猛突進してくるリュートを見据え、ジュードは身構えようとはしたのだが――そんな彼の視界で不意にリュートの姿が消えた。

 正確には、吹き飛ばされたのだ。空から飛んできた光線によって。まるでホースから勢いよく放たれる水の如き勢いで放射された光線は、真横からリュートの身を強く撃ちつけた。その身は踏ん張りも利かず、屋上と階下を繋ぐ螺旋階段を壁を破壊しながら転がり落ちていく。


「ぐわああぁッ!? な、なんだ!?」

「あ、あれは……」


 何者かの襲撃に驚いたのはジュードだけではない。吹き飛ばされたリュートはもちろんのこと、サタンも同じだったようだ。弾かれたように振り仰いだ上空に蒼い鱗を持つ巨大な竜の姿を捉え、その表情は不快に歪む。


「ヴァリトラ……姿が見えぬと思っていたが、ようやく出てきたか」

「久しいな、サタンよ。よもや貴様がこちらに来ているとは。さしもの貴様も、なにより恐ろしいのは聖剣とその所有者ということか」


 上空に見えたヴァリトラの姿に、ジュードの口からは自然と安堵が洩れた。その背にカミラたちの姿が見えないことは気になるが。

 サタンは「ふん」とひとつ鼻を鳴らして笑うと、折り畳んでいた背中の両翼を広げた。両手を広げ、先ほどと同じく紫色の不気味な炎を出現させるや否や、両腕へと巻きつけていく。

 だが、当のヴァリトラは――サタンに構うことはしなかった。代わりにジュードに向き直ると大口を開けて吼え立てる。


「王子よ、無茶が過ぎるとは思っておる。だが、今のお前のコンディションを考えれば――手段は他にないのだ、許せよ」

「…………へ?」


 相変わらず、ジュードにはヴァリトラの言葉がまったく理解できなかった。

 状況が状況だ、説明などしている暇がないのはわかるのだが。それでも、一体どういう意味なのか。先ほど安堵が洩れたばかりの口からは、今度は状況に不似合いなほどの間の抜けた声が零れ落ちた。

 そんな彼に構うこともなく、ヴァリトラは顔を前に突き出して両翼を羽ばたかせると――あろうことか、そのままジュード目がけて飛んできたのだ。それも、恐ろしいほどの速度で。


「ちょ……ッ、ヴァリトラ……!? えっ、なに……!?」


 そんな勢いでぶち当たれば、城もろともジュードもお陀仏だ。下手をすれば都も崩壊する。それほどヴァリトラの身は巨大なのだから。

 サタンは怪訝そうな表情を浮かべていたが、程なくしてその意図に気づいたらしい。切れ長の双眸を細めて、愉快そうな笑みを口元に貼りつけた。


「まさか、冗談だろう? 自ら滅ぼすことを選んだか、そのような人間の子供に貴様の力を受け止め切れるはずがあるまい。精神が崩壊するだけだ!」

「(嘘だろ!!)」


 サタンのその言葉で、頭の弱いジュードでもなんとなく理解はできた。

 ヴァリトラはこのまま、強引に交信(アクセス)しようというのだ。そもそも、接続(リンク)できている状態なのかどうか。

 猛スピードで迫るヴァリトラを前に、ジュードは思わず身を強張らせて目を伏せた。



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