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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第九章~魔戦争編~
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第二十一話・因縁の敵再び


 ジュードが振るう神牙はサタンの身に徐々にダメージを蓄積させていく。直撃こそ難しくとも、身体の至るところを掠める刃が確実にサタンに大小様々な打撃を与えていた。

 しかし、こちらも完全に無傷とはいかない。むしろ受けたダメージは――ジュードの方が上だ。


 ジュードが剣を振るえば直後にサタンも鋭利な爪で腕や肩、脇腹などあらゆる箇所を抉ってくる。聖剣の力ですぐに傷は癒えていくものの、流れ出た血までは元には戻らない。長引けば明らかにジュードの方が不利なのだ。

 サタンもそれを理解しているからこそ、己の身に刻まれた傷になど構うこともせずに攻撃を叩き込んでくる。


「どちらかが倒れるまでとことんやろうと言うのか? そこまで愚かだとは思わなかったぞ!」

「……」

「だが――そうだな、貴様は精霊たちの助けさえなければ無力な子供なのだ。頼れる精霊もおらず、呪いのせいで取り柄さえ封じられ、今や頼れるのは聖剣のみ……」

「――っ!」

「なにかの助けを得なければ満足に戦うことさえできぬ貴様だ、泥臭く力業で向かうことしかないのも無理はあるまい!」


 なにかの助けがなければ――これまでにも何度も言われてきた言葉だ。

 今まで生きていられたのは、精霊の助けがあったから。

 それがなければ、こうして魔族と真っ向勝負さえできない人間の子供でしかないのだ。サタンから向けられる言葉に挑発だと理解はしていても、ジュードは悔しそうに奥歯を噛み締める。けれども、視線だけは決して対峙する相手から離すことはしない。

 サタンはかち合うその視線に双眸を鈍く光らせながら、渾身の力を込めて右腕を叩きつけた。


「ぐううぅッ!」

「だが、この俺はどうだ? 貴様は精霊や聖剣の力を借りてようやく我が同胞を始末してきたが、俺は違う。俺はこの身ひとつで多くの人間どもを屠り、世を絶望へと染め上げた。そして今――改めてこの世を支配しようというのだ」

「だからなんだって言うんだ、お前の強さ自慢なんか聞きたくない!」

「俺と貴様にはそれほどまでの力の差があるのだ、大人しく従えば命だけは助けてやるかもしれんぞ」


 思い切り叩きつけられた腕は聖剣の刃を伝い、ジュードの利き腕に確かなダメージを与えてきた。電気でも走ったかのように骨を伝い、肩まで到達した衝撃に表情が勝手に歪む。しかし、その鈍痛さえも聖剣がひとたび輝きを放てば瞬く間に消え失せていった。

 サタンの言葉に従う気など、ジュードには毛頭ない。確かに力の差は歴然かもしれない、なにかに頼らなければ満足に戦うこともできないジュードとサタンとでは。

 しかし、ジュードは薄く口元に笑みを滲ませると頬を伝う鮮血を片腕で拭った。


「……要は、お前にはトモダチがいないんだろ。だから独りでやるしかなかったんじゃないのか」


 サタンはジュードのその言葉に、思わず一度目を丸くさせたが――すぐに侮蔑の意味合いを込めて口元に笑みを形作る。そうしてゆったりとした動作で片手の平を宙に向けると、今度はこれまでとは異なる紫に揺らめく炎を出現させた。

 それは瞬く間にサタンの片腕を包み込み、鞭のように絡みついていく。恐らくは攻撃力を増強させるものだろう。


「トモダチ、だと? ククッ、虫唾が走るわ。そのようなものを持つのは自ら弱い(・・)と宣言しているのと同じこと。貴様ら人間どもは弱いから群れる、そして群れればあたかも力を持ったかのような錯覚に陥り、こうして我らに逆らうのだ」

「……そうだよ、人間なんて弱い。でも弱いから、大事なこともいっぱい知ってるんだ」

「我らにとって重要なのはあくまでも力よ! 全てを支配する力こそが絶対的な存在だ!」


 サタンは腹の底から声を張り上げると、固く拳を握り締める。すると、その腕に巻きついた炎が一際強く燃え上がった。

 ――来る。ジュードは確かにそう思い、身構える。あの炎は初めて見る、どれほどの威力があるか考えるだけで頬を冷や汗が伝った。

 けれども、ほんの一瞬。サタンの切れ長の双眸が僅かに見開かれたような気がしたのだ。まるでなにかに驚いたかの如く。


 どうした――ジュードがそう思うのと、その身に衝撃が走るのはほぼ同時だった。

 不意に、背中になにか大きな衝撃を受けた。なにがぶち当たったのかは視界に入らないためにわからなかったが、一拍遅れて脳が激痛を訴えてくることから、なにかしらの攻撃だろう。辺りを飛び回っていた魔族の一部がこちらに仕掛けてきたのか、突然のことに上手く力も入らず崩れ落ちる中でジュードはそう思ったのだが、次の瞬間に彼の鼓膜を揺らしたのは確かに聞き覚えのある声。

 それも、決して嬉しくはない――不快感さえ覚えるものだ。


「くくく……ッ! よそ見しちゃってまァ……いい気味だなぁ、このバケモノが!!」

「お、まえ……ッ!」


 うつ伏せに倒れ込んだジュードはすぐに片腕を床について上体を起こしたが、振り返った先にいたのはイスキアよりも薄い緑の髪を持つ一人の男。ジュードは思わず一度目を見開いたものの、その正体を頭が認識するなり意識するよりも先に表情が嫌悪に歪む。

 それは、以前マナを誘拐した吟遊詩人――否、奴隷商人のリュートだった。カミラの髪を切ったことでジュードの怒りを買い、重傷を負って投獄されたはずだったが、この騒ぎで地下牢そのものが機能しなくなっているのだろう。


 リュートが、ジュードの背後から風の魔法をぶち当てたのだ。彼はジュードの体質も弱点も知り得ている、それを理解してジュードは奥歯を噛み締めた。


「お前……っ、状況が見えないのかよ……ッ!」

「なんの状況ぉ? 人間どもに味方したってどうせここで死んじまうんだ、それなら魔族側についた方がいいだろぉ? 魔王サマの主張には俺も全面同意だしなあぁ!」

「……!」

「くはははッ! いい顔するじゃねーか! ほらほらほらァ、そろそろ苦しくなってきたんじゃねーの? テメェはこの俺が自らぶち殺してやるよッ!!」


 リュートが至極当然のように吐き捨てた言葉に、ジュードは思わず絶句した。この男は、魔族の味方をしようというのだ。現在、城下で必死に戦っている仲間の努力を嘲笑って。


「(こんな、絶対に……倒れていられないような、時に……)」


 そんな時に、あろうことか魔法を受けてしまった。リュートはともかく、サタンを相手に例のあの高熱が出てしまったら間違いなく勝機は消える。

 ジュードの考えもよそにリュートはニタニタと愉快そうに笑いながら大股に近寄ってくると、倒れた拍子に手から落ちた聖剣を拾い上げた。


「こいつ……ッ!」

「おおっとぉ! テメェは熱出してダウンしてろよ!」


 ジュードは聖剣を奪い返すべく咄嗟に片手を伸ばしたが、リュートは身を翻して避けてしまうと持ち前の素早さを活かしてその脇腹にひとつ重い蹴りを叩き込んだ。それと共に風魔法によって切り裂かれた背中の傷が激痛を訴えてきて、全身から汗が噴き出す。

 聖剣が手元にないと、傷の治療さえままならない。脳そのものが脈を打っているかのような感覚に強烈な眩暈を感じた。


 そんなジュードを見下ろし、リュートは聖剣を掲げると――その切っ先を勢いよく彼の左肩へと突き下ろす。本来の所有者の手を離れた聖剣はその能力を発揮することはないが、刃物として傷を与えるには充分すぎた。

 聖剣の刃はジュードの肩を貫通し、大量の血飛沫が上がる。それと共にジュードは双眸を見開くと、全身に駆け巡る激痛に声にならない悲鳴を上げた。

 サタンは――その光景を薄く笑いながら見守っている。己が手を下すまでもないと思ったのか、握り締めた拳は解かれていた。


「ひゃははははッ! 俺に偉そうな口利いた奴が、地べたに這いつくばって惨めなモンだなぁ、オイ!!」

「……ッ!」

「命は金では買えない、だっけぇ? 今なら金で買えるかもしれねーぞ、有り金よこして床に頭擦りつけて俺に命乞いしてみろよ! そうすりゃ助けてやるからよぉ!!」


 リュートは腹の底から愉快そうな高笑いを上げて、今度は何度もその足でジュードの頭や負傷した肩を蹴りつけ始めた。余程ジュードに負けたことを根に持っていたのだろう、その様子には歪んだ愉悦しか滲んでいない。

 だが、ふと――ジュードは違和感に気づいた。

 背中や肩に感じる激痛に意識を持っていかれて気づくのが遅れたが――痛みしかないのだ(・・・・・・・・)


 いつものような、あの世界がひっくり返るような強烈な眩暈を感じない。痛みのせいで熱の有無は自分ではよくわからなかったが、あの眩暈がないだけでも大きな差がある。

 それを確認するとジュードは悲鳴を上げる身体を内心で叱咤しながら、改めて上体を起こす。少し動くだけで目の前がチカチカと白く霞み、どっと全身から汗が溢れる。このまま倒れてしまえば楽になれるのはわかっているが、そんなことできるはずがない。

 だから代わりに、勝ち誇ったように見下ろしてくるリュートを逆に見上げて笑ってやった。


「……ああ、命は金でなんて買えない。ついでに言うなら、お前にやるような金は一銭も持ってないし、お前みたいな奴に命乞いなんて間違ってもしない」

「……へええぇ……ッ! なら、そのまま死んじまいな、この――クソガキがあぁッ!!」


 案の定、リュートはその言葉に明らかに苛立ったようだった。手に持つ聖剣を振り上げる様を見ると、ジュードは左手に辛うじて掴んでいた短剣を素早く右手に持ち替え、勢いよく振り抜く。ひらりと光が閃いたかと思いきや、リュートの両手は肘よりもやや手首に近い部分が綺麗に裂けた。


「ぎゃあああぁッ!!」


 聖剣がなくとも、既に今のジュードにとってリュートなど敵ではない。伊達に魔族と戦ってきたわけではないのだから。

 思わず数歩後退るリュートの手から落ちた聖剣を掴むと、柔らかな光が瞬く間にジュードの全身を包み込んでいく。それと同時にその身に刻まれた傷も見る見るうちに癒え始めた。

 傷が癒えて痛みが引いても――やはり、いつものあの眩暈は襲ってこない。ジュードは聖剣を支えにその場に立ち上がると、まっすぐにリュートを見据えた。


「……お前の相手なんかしていられない、さっさとどっか行け!」

「テメェが……テメェごときが、この俺に……なんだってぇ!? マジでぶち殺す……ッ!」


 どうやら、引き下がる気はないらしい。むしろ、油に火を注いでしまったようなものだ。サタンは片手間に相手できるような存在ではない、リュートがいては集中を乱されて満足に動き回れないことは明白。ジュードは思わず舌を打った。

 けれども、それまで状況を静観していたサタンはなにを思ったのか愉快そうに笑うと、両手の平をパンパンと軽く叩き合わせる。まるで拍手でもするかのように。


「はっはっは、人間というのは面白いな。どれ……では、お前のその憎悪を俺の魔力で形にしてやろうではないか」

「あんだって……? へッ……魔王サマが俺に力をくれるってのかぁ?」


 サタンはそう告げるとリュートの傍まで歩み寄り、片手の人差し指を彼の額辺りに翳した。

 すると、その刹那。リュートの全身が黒いモヤに覆われたかと思いきや、四肢が大きく盛り上がり筋骨隆々といった肉体へと変貌し始めたのだ。皮膚の色は黒く染まり、双眸は血のような真紅に輝き始める。側頭部からは黒い角が生え、身の丈は三メートルほどにまで一気に成長した。

 人間が、一瞬のうちにまったく知らない存在へと変化する。その様を目の当たりにして、ジュードは思わず数歩後方へと後退った。


「ひゃは……ひゃっはっはっは! こりゃあいいぜ! 全身に力がみなぎってきやがる、ぎゃははははッ!!」

「これが、魔王の……力……?」

「さァて、ジュードちゃんよおぉ! 宣言通りぶっ殺してやる、イイ声で啼いて逝っちまいなあぁ!!」


 リュートは改めて高笑いを上げると、固く拳を握り締め――猛烈な速度で飛びかかってくる。それを見てジュードは身構え、真っ向からリュートを迎え撃った。



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