第二十話・未知の能力
空から、無数の火の玉が都へと降り注ぐ。
その絶望的な光景にジュードは奥歯を噛み締めると、聖剣を額辺りの高さまで引き上げて目を伏せた。
すると、鍔の部分に填め込まれた蒼い宝玉が力強い光を放つと共に都全体をドーム状の光で包み込み始めたのだ。それが結界となり、空から襲い来る火炎弾を次々に防いでいく。
しかし、サタンは愉快そうに笑うばかり。第一波を防いでも、すぐに第二波が上空に出現し休む暇もなく襲ってくるのだ。
「クククッ……さあ、いつまでもつかな? 貴様が都と共に火の海に沈む様、ゆっくりと楽しませてもらおう!」
「(くそ……ッ! どうする、この場所からじゃあいつに攻撃が届かない……それに守りの手を緩めたら、都が……!)」
聖剣によって作り出された結界は頑強なものだが、それにも限度がある。無数に叩きつけられる火炎弾がぶち当たる度に衝撃が走り、全身になにかが圧し掛かってくるかのような錯覚を覚えた。これがただの魔族の放つ魔法であればそこまでの負担はないのだろうが、相手は魔族を統べる魔王。その魔力は半端なものではない。
サタンにはまだまだ余裕がある。この火炎弾とて、彼にとっては初級程度――それ以下とさえ言えるレベルの魔法に過ぎない。
「……ん?」
上空にいるサタンの集中さえ散らせば、一瞬でも攻撃の隙ができる。肝心の攻撃方法が見つからないが、ともかく防戦一方の状況をどうにかしなければ。
ジュードがそう考えた時、不意にサタンよりも遥か高い位置から二本の白い光が降り注いできた。何事かと瞬くジュードの目に映ったのは――二体の天使だ。剣を持ち猛烈な速度で飛行する女性型の天使が、サタンの上空から襲いかかったのである。
「て、天使……!?」
「ワルキューレか。ということは……厄介な奴が目を覚ましたようだな」
その突然の襲撃には流石にサタンも一度は後方へと飛ぶことで距離を空けたが、やはり焦ったような様子は微塵も見受けられない。表情には愉快そうな笑みさえ浮かべながら、飛びかかってきた片方の天使に向けて薙ぐように手刀を振るった。
すると、直接手を触れてもいないのに天使の胸部がざっくりと――鋭利な刃物の直撃でも喰らったかのように裂けたのだ。
「あ……ッ!」
「どれだけゴミが群れようと、ゴミはゴミのままだ。俺の敵ではない」
サタンに胸部を斬られた天使はその傷が深手だったらしく、そのまま全身が光の粒子となり風に溶けるようにして消えてしまった。ジュードの口からは思わず小さく声が洩れ、対照的にサタンの口からは笑いが零れ落ちる。
もう一人の残った天使も勇猛果敢に挑みかかるが、彼女が振るった剣がサタンの身に直撃するよりも先に彼の背に生える翼の片方がしなり、逆に引き裂かれてしまった。
「(強すぎる……!)」
ワルキューレと呼ばれた二人の天使が何者であったのかはジュードにはわからないが、まったく歯が立たない。一撃の威力からして生半可なものではなく、ジュードとて一発でも直撃すればどうなることか。
近接戦闘になっても辛うじて回避し続け、掠めたとしても聖剣が癒してくれたお陰でこうして今も戦闘を続けていられるのだが。
サタンはワルキューレ二人を始末すると、改めてジュードへ向き直り彼を見下ろした。そして口角を引き上げて笑うと、再び――今度は先ほどよりも大きな火炎弾を上空にいくつも出現させたのである。
先のあの攻撃でもあれほどの衝撃を受けたというのに、より威力が増したらどうか。
ジュードは奥歯を噛み締めると、再び聖剣を構える。例え苦しい状況になろうとも、絶対に都にサタンの魔法を落としてはならない。マナやメンフィスたちは、こうしている今も魔族の群れと戦っているはずだ。
マナであれば、上空にいるサタンに魔法をぶち当てることもできる。彼女が応援に来てくれるまで持ちこたえるべきか――そう思った。
だが、ジュードが聖剣を構えてぐ、と柄を強く握り込んだ時。
都を守るように張り巡らされた結界の表面から、青白い光が勢いよく放たれたのだ。それも一個二個のものではない、上空に出現した火炎弾の比ではないほどの数が。
それらはサタンが発生させた上空の炎の塊を次々に叩き、そして打ち消し始めた。その青白いものはただの光というよりは――――
「水、だと……!? バカな、贄に魔法を扱う力など……!」
「(……まただ、確かあの時も……)」
光ではなく、それは水の塊だった。火は水で消える、聖剣により強化されたものであればサタンの魔力にとて負けはしない。
だが、ジュードは怪訝そうに目を見張り、視線のみで聖剣を見遣る。
地の都で聖剣がアロンダイトへと変化した時のことだ。あの時はアグレアスとメルディーヌの両方を相手にしなければならないこともあり、気にするだけの余裕はなかった。
しかし、襲い来るアグレアスに対し――この聖剣から、確かにいくつもの風の刃が出現したのだ。それらはアグレアスの身体のあらゆる箇所を深く抉り、魔心臓を引きはがすことにも繋がった。
だが、今考えればおかしな話だ。ヴァリトラは聖剣が聖属性を持ってしまったと言っていたが、他の属性を有しているなどとは言わなかった。
では、なぜこの剣は風や水を発生させる力を持っているのか。
「(――考えてても仕方ない。もし、他にも力を持ってるなら……あいつを、空から叩き落してくれ!)」
ジュードは構えた聖剣を一度下ろすと、片腕を後方へ引く。それを見たサタンはなにをするつもりなのかと、怪訝そうな面持ちで彼を見下ろしたが――その刹那、ジュードは片手に携える聖剣を思い切り振り抜いた。
サタンとの距離はとても大きい、ジュードは地上、相手は空。とてもではないが、聖剣の刃では到底届かない。
けれども、振られた聖剣は今度は紫色の輝きを放ち、まさに光の速さとも言えるほどの勢いでサタンに雷をぶち当てたのだ。あのサタンが反応さえできないほどの速度で。
「な……ん、だと……ッ!?」
目にも留まらぬ速さで叩きつけられた雷の塊はサタンの片翼を貫き、突然のことに流石のサタンも上空でバランスを崩し、王都の屋上へと着地を余儀なくされた。その表情には憤りよりは、驚愕の方が色濃く滲んでいる。「なぜ?」とでも言うような。
なぜ、と言われたところでジュードの方には構う気などない。そう言われても、ジュードにだってわからないからだ。
「(なぜ……今のは……!? 先ほどの水、今の雷……まさか……)」
だが、サタンの中にある疑問は正確に言えば聖剣の能力ではない。
彼が出現させた無数の火炎弾を叩き消した水、つい今し方の翼を貫いた雷。サタンには確かに覚えがあったのだ。
「(氷雨と紫電、か……? いや、そんなはずはない……)」
サタンの内心など知るはずもなく、ジュードはこの好機を逃すまいと床を蹴って勢いよく駆け出す。作戦などなにもないが、地上でならば楽にはいかずとも食い止めることはできるはずだ。
サタンは駆けてくるジュードを真正面から睨み据えると、奥歯を噛み締めて静かに体勢を正す。こちらも気になることは多いが、今は立ち向かってくる相手を始末することが先決だと思ったのだろう。
考えるのは後からでもできる、今はこの目の前の男を倒す。
ジュードもサタンも、胸の内はまったく同じだった。




