第十八話・火の都の防衛戦
「こんのおぉ……ッ! いい加減、しつっこいのよ!!」
マナが振り上げた神杖は真っ赤な光を放ち、自分たちを取り囲む魔族の群れを一掃した。ケリュケイオンの覚醒により、彼女が振るう神器も強化されているのだが――今はそんなことを気にしていられる状況ではない。恐らく彼女本人も気づいていないだろう。
魔剣の傷が突如ぶり返したかと思いきや、いきなり治ったり。ジュードほどではないが、頭が弱い方に分類される彼女には理解できないことばかりだった。
しかし、火の王都ガルディオンに侵攻する魔族の群れは、他国に送り込まれた数の倍ほど。既に王都の大半は魔族によって破壊され、せっかく修復してきた街並みは再び瓦礫の山と化してしまっている。
それに落胆するような暇もなく、マナは騎士団と共に城下で奮戦していた。余計なことに気を回してはいられないのが現状だ。
「次から次へと……よくもまぁ、これだけ涌き出てくるモンだな!」
サラマンダーは単独で戦闘を行っているが、いつでもあちこちの援護に回れるよういくつかの部隊の傍に留まっている。いくら魔族の群れといえど、上級精霊である彼の身に重いダメージを与えられるものはそう多くないらしい。傷を受けたとしても、それらは炎に包まれ瞬く間に癒えていく。
彼が振るう刀は真紅の炎を纏い、襲い来る魔族の群れを次々に燃やした。その性格を表しているかの如く荒々しく燃え盛る炎は完全に身を焼き切るまで消えることはなく、サラマンダーの周囲には無数の魔族の死骸が転がっている。
それでも、払っても払ってもキリがない。
ガーゴイル、グレムリン。そしてあの闇の領域を展開する悪魔のような出で立ちの魔族――デーモンが群れを成して襲ってくる。
デーモンはかつて仲間全員で戦ってようやく倒せたほどの相手だ、それが数え切れないほどの群れで侵攻してきていた。
「都を焼く炎よ、我が手に集いなさい」
しかし、こちらの状況も既に当時とは完全に異なる。
上空にふわりふわりと浮かぶ火の神柱フィニクスはあちこちから上がる火の手を見遣ると、片手を高く掲げる。
すると都全体に広がっていた炎は文字通り彼女の手に集まり、巨大な炎の塊を形成し始めた。
やがて、それは彼女の目の前へゆっくりと移動し、フィニクスは一度己を抱くように身体に両腕を絡ませる。
そして次の瞬間、その両腕を大きく広げた。まるで、鳥が翼を広げるように。
「――我が炎の翼、受けなさい!」
フィニクスの目の前で浮遊していた巨大な炎の塊は細かく砕け、地上を我が物顔で闊歩するデーモンの群れを直撃した。
細かく飛散し地上へと飛翔する火の羽根は次々にデーモンの身に突き刺さり、内部から燃やすことで浄化していく。神柱という圧倒的な力を持つ彼女や精霊の協力があれば、最早デーモンとて恐れる存在ではない。
「マナッ! そちらは大丈夫か!?」
「だ、大丈夫、問題ありません! メンフィスさんもお気をつけて!」
少し離れたところでは、メンフィスの小隊がガーゴイルの群れと交戦している。デーモンが放つあの領域さえなければ、彼らの敵ではないはずだ。
フィニクスがいてくれれば、デーモン部隊は――城下は大丈夫だろう。となると、気になるのはジュードのことだ。彼は大丈夫か、無事だろうか。
「(落ち着け、落ち着け……大丈夫、みんな大丈夫……あたしだって治ったんだから、きっとみんな大丈夫よ)」
魔剣の傷が再び彼女の身を襲った時、頭に浮かんだのは他の仲間たちのことだった。
もしかしたらみんなもこうなっているのではないか、他の場所で戦うジュードは大丈夫だろうか。彼女の場合は痛みよりも心配が勝った。
だが、こうして自分も治ったのだからきっとみんなも大丈夫だと、ジュードならば絶対に負けるはずがないと――無理矢理そう言い聞かせると、再び魔族の群れへと向き直る。
「ここはみんなが帰ってくる場所なんだから……やらせないわよ!!」
己自身を叱咤するように声を張り上げると、マナは再び杖を振り上げた。
* * *
「ひいいぃッ!」
城内にはグレムリンとガーゴイルが入り込み、美しく飾られた装飾を悉く破壊していく。
謁見の間にほど近い廊下には王族たちが追い込まれ、地の王ファイゲは思わず引きつったような悲鳴を洩らした。リーブルはそんな彼を庇うように身体の前に片手を添える。
「下がって、危ないわ」
「テルメース……」
テルメースはそんな国王二人の前に立ち、両手で持つ杖に意識を集中させていく。
ケエエェッ! と高い声を上げて飛びかかってくるガーゴイルたちを見据えると、程よく距離が近づいたところで杖を振るった。
すると、彼女の眼前の空間が不意にぐにゃりと歪む。問答無用に飛んできたガーゴイルたちは歪む空間に顔面から飛び込み――その刹那、勢いよく全身がねじれてしまった。まるで絞られた雑巾のように。
骨が粉々に折れる音と共にガーゴイルたちからは苦し気な悲鳴が上がり、天井や壁、床に大量の血が飛び散る。それを見てファイゲは身を震わせ、リーブルの片腕にしがみついた。
「く……ッ! 数が多い……!」
テルメースは奥に控える追撃隊に表情を顰めると、即座に魔法の詠唱に入る。
だが、彼女の詠唱が終わるのと魔族の攻撃が届くのは――少しばかり、後者の方が早そうだ。テルメースは直撃を覚悟してそのまま魔法を形成していく。攻撃を食らっても、集中さえ散らなければ即座に魔法は撃てる。
今は負傷を気にするよりも、敵を殲滅しリーブルとファイゲを守ることが最優先だ。
「ガウウウゥッ!!」
「え……っ!?」
しかし、テルメースが衝撃に備えた時。
不意に彼女と魔族との間に真っ白いものが降り立ち、前足の爪で敵を切り裂いたのだ。まるでテルメースを守るように。
真っ白い毛を持ち、淡い光に包まれる姿は――ちびだ。その姿を見てテルメースは思わず息を呑む。
「(聖獣フェンリル……? ではジュード、あなたは……!?)」
ちびはジュードの傍に在る守護獣のような存在だ、それをこちらに遣わしたということは彼は――息子は大丈夫なのかとテルメースは思わず天井を見上げる。
だが、援護に行こうにも、城内にも敵が溢れていて防衛で手いっぱいだ。歯がゆい想いを抱えながらテルメースはちびと共に魔族の群れへと向き直った。




