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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第九章~魔戦争編~
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第十三話・絶望の中の光


 ライオットはカミラやエクレールの方に気を取られながら、ヴァリトラの身に治癒魔法を施していく。しかし、その傷は思っていたよりもはるかに深く完治には程遠い。

 それがわかっているからか、ヴァリトラは両翼を羽ばたかせながら静かに身を起こした。


「ヴァ、ヴァリトラ! まだ動いちゃダメだに!」

「そんなことを言っていられるような状況ではない……」


 エクレールの方は交信(アクセス)すれば楽勝とはいかずとも、なんとかできる可能性は高い。だが、カミラの方はそうもいかないだろう。相手はあのアルシエル、これまでサタンの代わりに魔族を率いてきた男だ。

 逆に言えば、ここでアルシエルを始末できると今後の戦いが随分楽になると言うことでもある。


 カミラはアルシエルが振る魔剣を必死に避け、その動きをひとつたりとも見逃すまいと挙動を窺っている。状況は完全に防戦一方だ。

 アルシエルが振り回すのは、あの血の魔剣ダーインスレイヴ。一撃でも喰らおうものなら、彼女とて魔剣の魔力により身を斬り裂かれてしまう。

 ヴァリトラは大きく翼を広げると、カミラに斬りかかるアルシエルに向けて大口を開ける。するとヴァリトラの口からは黄金色に包まれた太い光線が勢いよく飛んだ。


「――おっと、その身体でよくやる……そんなに相手をしてほしいのか?」


 それに気づいたアルシエルは寸前で踏み止まり、背中の翼を使い難なく回避を果たす。そうしてヴァリトラに向き直ると、魔剣を構え直した。


「やらせない!」


 ヴァリトラに万が一のことがあれば、この世界そのものが終わってしまう。

 アルシエルのその様を見て、カミラは慌てて彼に飛びかかった。ヴァリトラの元へ行かせるわけにはいかない、自分が食い止めなければと思ったのだ。

 しかし、血のように真っ赤な双眸が瞬時に自分の方に向くと――そこでカミラは悟った。


 わざと(・・・)だ、と。


 その刹那――振り下ろしたカミラの剣はアルシエルの身に直撃することはなく、再び虚空を切る。アルシエルは彼女の出方をある程度読んでいたらしく、ほんの片足を軸にして身を翻しただけだ。

 そうして無防備になったカミラに、アルシエルは無遠慮に魔剣を振るった。


 カミラは死を覚悟したように固く目を伏せたのだが、彼女の身に衝撃は走らない。代わりにドス、という重苦しいような音が鼓膜を打っただけだ。

 何事かと慌てて顔を上げると、彼女の背中と刃との間に大きな岩の壁が挟まっている。この岩の壁が盾となり、魔剣からカミラを守ってくれたのだ。


「ノ、ノーム……」

「や、やらせないナマァ……」


 その岩はノームの全身を包み込んでいる。以前メルディーヌと交戦した際にもジュードを魔法から守ったように。

 けれども、その一撃を完全に防ぐことは難しかった。アルシエルが振るった魔剣の刃は、確かにカミラに届くことはなかったが――岩の壁を貫通し、ノームの身にはしっかりと届いていた。ヴァリトラが生きている限り精霊に死は訪れないとはいえ痛みはある、ノームの可愛らしい顔は苦痛に歪んだ。

 アルシエルはその様を見遣ると口角を引き上げたまま「ふん」とひとつ鼻を鳴らし、興味もないのか驚くような素振りも見せずに真横に刃を振るうことでノームの身を斬り捨てた。


「ノーム!」


 すると岩に包まれたノームの身はいとも容易く吹き飛び、雪の上に転がり落ちる。意識がないのか、その身を覆っていた岩の塊はボロボロと崩れ落ちてしまった。

 カミラは咄嗟に声を上げて駆け出そうとはしたものの――それは叶わない。次にアルシエルは、彼女の足を思い切り斬りつけたからだ。


「――っ!」


 衝撃に遅れること数拍、両足の膝部分に感じた激痛にカミラは表情を歪めると、力なくその場に崩れ落ちた。剣だけは離すまいと握り込んでいるものの、足をやられてしまえば――勝ち目は失せてしまう。

 見上げるアルシエルの姿は、文字通りただの死神だ。今の彼女にできることは、その手に持つ剣で首を落とされるのを待つことだけに他ならない。


「まったく……やはり人間はどこまでも脆弱な生き物だな、暇潰しにもならぬ」

「うにいぃ! カミラああぁ!」


 ライオットは慌てて彼女を庇おうと飛び出すが、ただでさえ身の丈の小さい生き物。間に合うはずがない。

 アルシエルはそちらに見向きもせず、魔剣を振り上げた。


「くたばれ!」

「――あなたがです!!」


 アルシエルがカミラの首に照準を合わせて魔剣を振り下ろそうとした時、彼は不意に己の背中に衝撃を感じた。その直後、アルシエルは確かな痛みを覚えて不愉快そうに双眸を細めると――己の後方を振り返る。

 すると、そこには肩や足から多量の血を流しながら、それでも攻撃を加えてきただろうリンファがいた。

 顔は蒼白く、両足など傍目にも震えているのが理解できる。利き手が震えぬように逆手を手首に添え、それでも彼女はまっすぐにアルシエルを睨み据えていた。

 身に刻まれた魔剣の傷は今もまだ、止まるような様を見せていない。


「ほう……その傷でよくもまぁ、私に刃向かおうなどと思うものだな」

「この地は私を育んでくれた場所……みなさんは、こんな私を……仲間として大切に想い、接してくださる……そのどちらも、あなたに好きにさせるわけにはいきません……!」

「ククッ、いかにも人間らしい戯言だな……虫唾が走る」


 見るからに重傷とわかるリンファを前に、アルシエルは魔剣を振るうことはしなかった。彼女には既に必要ないと理解しているのだろう。

 その代わりに彼女を見つめると、その双眸を大きく見開き輝かせた。

 すると、リンファの身は特に触れられてもいないのに――大きく吹き飛んだ。まるで強く殴りつけられたかのように。


 ヴァリトラはそれを見ると低く唸り、両翼を大きく羽ばたかせた。同時に大きく口を開けて咆哮を上げると、大気が怯えたように震え始める。

 その刹那――アルシエルの左右からは大きく鋭利な風の刃が飛翔し、彼の身を容赦なく斬り刻む。それには流石のアルシエルも小さく舌を打ち、忌々しそうにヴァリトラを横目に睨んだ。

 だが、その攻撃にもさほど堪えたような様子は見せない。その身を斬り刻むことはできたが致命傷には程遠く、それだけで退いてくれるような相手ではないのだ。


「フッ……ヴァリトラよ、どれだけ抗おうと無駄だと言うことがわからぬのか? 私がなぜメルディーヌにシヴァを始末させたか、その意図に気づけぬ貴様ではあるまい」

「……」


 アルシエルは身に纏う黒衣に噛みつくと、今の攻撃でボロボロになったそれを噛み千切り、破り捨ててしまった。

 ヴァリトラはそんな彼を睨み下ろし、思わず黙り込む。アルシエルの言うように、ヴァリトラはその意図を理解している。痛いほどに。


「セラフィムの力の源は四神柱(ししんちゅう)にあり。奴らが存在できる時でなければ、セラフィムが目覚めることはない」


 カミラは両足に走る激痛に耐えながら、アルシエルを見上げた。

 彼女が持つケリュケイオンは、光の大精霊セラフィムに認められることで覚醒を果たすとは聞いている。しかし、そのセラフィムは四神柱が存在できる状態でなければ目覚めないのだと言う。

 つまり、セラフィムを封じるためにアルシエルは弱り切っていたシヴァに狙いを定めたのだろう。シヴァを始末すれば、水の神柱オンディーヌは失われるのだから。


「(四神柱が揃っていなければセラフィムは目覚めない……セラフィムがいなければ、ケリュケイオンは……真の力を発揮できない……)」


 つまり、シヴァが欠けてしまっている今――どう足掻いてもケリュケイオンはその力を発揮することができないというわけだ。

 それを聞くと、カミラは目の前が真っ暗になるような気がした。どうあっても、希望など見えてこない。アルシエルはこちらの仕組みを深く知り得ている。

 どうすれば主力となる存在を抑え込めるか、彼は理解しているのだ。


「……おや。思っていた通り、腹を空かせた連中が来たようだぞ。飢えている者から食糧を奪おうとは流石の私も思わぬ、奴らにお前たちの血肉をくれてやろうではないか」


 アルシエルの言葉にヴァリトラやライオットは思わず周囲に視線を向けた。

 すると、彼らの目には――こちらを取り囲むように群れを成す、アンデット集団の姿が映り込んできたのである。この騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。

 ゆっくりとこちらに向かって集団は、全員で一体何人いることか。軽く見ても千は超える。水の国に住んでいたほとんどの住民がメルディーヌによってアンデットに変えられてしまったのだから、数が多いのは当然なのだが。


 アンヘルと交戦していたエクレールも、その様に気づいて一旦後方へと飛び退る。アンヘルはそれを無理に追うことはせず、彼もまた同じように辺りへと視線を投じていた。


「なんという数……これが全て、元はわたくしたちと同じ人間だったと……?」


 こちらはエクレールとライオット以外は、既にボロボロだ。アルシエルやアンヘルもいるというのに、アンデット集団の相手などできるはずがない。状況はまさに絶望的だ。

 リンファは倒れ込んだ身を必死に起こし、カミラは己の両足に刻まれた裂傷を押さえながら静かに立ち上がる。アルシエルはそんな彼女を見遣ると、もう己が手を下すまでもないと――両翼を羽ばたかせて上空へと飛び上がった。


「ヴァリトラよ、悔しかろう。いくら神とてこの状況、ひっくり返すなどできぬだろうからな」

「アルシエル、貴様……」

「あとは貴様を始末すれば、全てが終わる。前回は我々が押し込まれる結果となったが――今回は我々の勝ちだッ!!」


 アルシエルはそう声を上げると、両手で魔剣を握り込み――ヴァリトラへ襲いかかった。ライオットは短い両手で己の目元を覆い、思わず顔を背ける。

 対するヴァリトラは大きく口を開けて、魔剣もろとも彼を撃ち落とそうとした。傷ついた両翼では素早い飛行などできない、回避は無駄と判断したのだろう。


 しかし、アルシエルが振るったその刃は――ヴァリトラの身には届かなかった。


「……なにッ!?」

「これは……」


 アルシエルとヴァリトラの間に、突如として蒼白い光に包まれる壁が出現したためだ。

 ヴァリトラやライオットは咄嗟にカミラに視線を向けたが――彼女ではない。カミラもまた、驚いたようにその光景を見上げている。

 リンファはこのような魔法を扱えないし、アンヘルと交戦するエクレールにはそんな余裕がない。ノームも依然として反応を見せていなかった。


 更に、周囲から迫っていたアンデットの群れが一瞬の内に全身氷漬けとなり、その一切の動きを止めてしまったのだ。

 地上で交戦していたアンヘルもまた、その両足が凍りつき大地に固められてしまった。逃れようと動けば動くだけ、氷は彼の両足を伝い全身へと広がっていく。


「あ……」


 なにが起きたのかと、カミラやリンファは痛む身を叱咤しながら辺りに視線を巡らせたが――程なくして彼女たちの顔には、泣き笑いのような表情が浮かんだ。



「……どうやら、出番がなくなる前には戻れたようだな」

「はい、兄上。そのようですね」


 こちらを見渡せる小高い丘の上。そこに見覚えのある――それでいて、待ち望んでいた姿を見つけたからだ。彼らの姿を視界に捉えて、カミラの双眸からは大粒の涙が溢れ出した。

 ――メルディーヌの凶刃に倒れたシヴァと、その彼を支えるべく共に眠りについたフォルネウス。その両名が兄弟揃って佇んでいたのだ。



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