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第四十五話・大地の目覚め


 ネレイナの全身から放たれる魔力は、頑丈且つ豪華な造りの城を内部から破壊した。

 綺麗に磨かれていた床や壁は既に原型を留めておらず、次々に崩落していく。天井がごっそりと崩れ落ちてきて、クリフは思わず盾を固く握り締めた。

 すると神盾オートクレールからはドーム状の光が溢れ出し、仲間全体を天井の崩落から守るべく結界が出現した。


 イスキアはそれを見て、人知れず小さく安堵を洩らす。


「(オートクレールの使い方、よくわかってるわね……これなら、問題はなさそうか……)」


 まだよく知る前に彼に渡してしまった。それが本当によいことだったのかはわからなかったが――イスキアの想像以上にクリフは神器を使いこなしている。

 とはいえ、この国は地の加護が非常に強い国。クリフの能力はもちろんだが、雷の神器であるオートクレールの能力も多少なりとも低下している。その中で――あのネレイナの膨大な魔力を防ぎ切ることができるかどうか。


「ふふふ……今ので生き埋めになっていた方がよかったんじゃないかしら? わざわざ苦しんで死ぬ方を選ぶだなんて……痛ぁいのがお好きなのねぇ?」


 ネレイナが言葉を連ねる度に、先と同様に大気が怯えるように震えて仄かな衝撃を与えてくる。ビリビリと、強めの静電気が全身に走るような感覚だ。

 こうして真正面から対峙していると、言い知れぬ緊張感が共に襲ってくる。

 緩やかに口角を引き上げたネレイナが緩慢な動作で片手を目線の高さまで引き上げ、スッと人差し指を突き出すことでリンファを指し示す。


 するとその刹那、彼女の指先からは男の指程度の太さの光線が放たれたのである。

 目にも留まらぬその光は、先ほどまで彼女を追い立てていたリンファの左肩を抉り、貫通した。

 その攻撃に、居合わせた誰もが反応ひとつできなかったのだ。直撃を受けたリンファ本人でさえも、一体なにが起きたのかまったく理解できなかった。


 彼らの頭が現在の状況を理解したのは、リンファの身が吹き飛ばされて地面に倒れ込んだ直後だった。


「……! リ、リンファさん……ッ!」

「あっはっは! ごめんなさいねぇ、力を解放するのは本当に久し振りだから上手く加減ができないのよ。今度は、ちゃんと心臓を狙ってあげるわね」

「なんて威力と速さだよ……くそッ!」


 クリフはリンファを庇うべく最前線に飛び出すと、間一髪――放たれた追撃を盾で防ぐことには成功した。その間にジュードとウィルが負傷した彼女の身を抱き起こし、後列へと運んでいく。カミラは慌ててその傍らに駆け寄ると、その肩に刻まれた傷に下唇を噛み締めながら片手を翳した。

 肩は非常にデリケートな部分だ、恐らく少し動かすだけでも激痛が走るだろう。普段はあまり表情を変えることのないリンファの顔が歪んでいることが、その痛みの度合いを物語っている。


「ふっ、流石に神器を貫通させることは難しいようね。でも……これならどうかしら?」


 そうしている間にもネレイナは攻撃の手を休めず、今度は五指を突き出すことで五本の光線を放ってはくるが――そこはやはり守りに長けた盾。クリフが持つ神器を貫通するまでには至らなかった。

 衝撃こそ確かに感じるものの、神盾には傷さえついていない。これならばなんとか攻撃は防げるかと、そう思案したクリフを嘲笑うかのようにネレイナは愉快そうに笑うなり――強く床を蹴って跳び上がった。


「はや……ッ!」

「盾は頑丈でも、アナタはどうかしら!?」


 吹き曝しになった天へ高く跳び上がったネレイナは空中で宙返りをすると、盾で防ぎ切れない頭上から地上へ向けていくつもの光線を放ったのだ。両手を突き伸ばしたことで、その本数は先ほどの倍の――十本。

 クリフは咄嗟に盾を掲げて直撃こそ免れたが、次にネレイナは双眸を弓型に歪めて微笑むと両腕をそれぞれ自由な形に振るう。

 すると、地上に向けて放たれた光線は鞭のようにしなり、彼らが立つ床を深く抉りながらゴミ屑のようにその身を叩き払った。


「な……ッ!?」


 目で追うことさえままならないほどの速度で動いたネレイナに、気づいた時には既に遅かった。

 恐ろしい威力を持つ光線に叩き払われたジュードたちは、各々様々な方向へと叩き飛ばされた。まるで鋭利な刃物に斬りつけられたような裂傷が刻まれた他、患部には火傷とも言える熱と焼け爛れた痕跡が残る。

 あまりの突然の攻撃に満足に悲鳴さえ上げることもままならず、前衛、後衛関係なく薙ぎ払われてしまったせいで陣形は既にメチャクチャだ。


「と、とんでもない女だに……ッ! みんなしっかりするに!」

「おいおいおい、なんて威力だよ……!」


 ライオットやサラマンダーは負傷しようと多少であれば問題はないが、ジュードたちのような普通の人間にとっては致命傷だ。

 その場に居合わせた面々の身に容赦なく裂傷を刻んだ光の鞭は、更なる追撃を加えるべく再びしなる。

 ウィル、マナ、リンファ――カミラにルルーナまでもが、ネレイナの光の鞭を喰らい重傷を負っていた。神盾を構えていたクリフとて例外ではない、思わぬ動きを見せた光線を防ぐには至らず、腕に深い傷が刻まれてしまっている。


 幸いなことに意識はハッキリしているようだが、カミラさえも深い傷を負ってしまった今、状況は決していいとは言えない。これでは治療の手が間に合わないのだ。

 しかし、追撃を加えるべく再び彼らに向けて振るわれた光の鞭――今度はそのいずれも直撃することなく、全てが綺麗に弾かれてしまった。


「……ほう……」


 弾き返される衝撃に一度こそネレイナは驚いたような表情を浮かべたが、無駄のない動きで着地を果たすと――己と対峙するジュードを見据えた。先の攻撃は当然ながら彼の身にも深い裂傷を刻んだようだが、現在進行形でその傷は塞がり始めている。

 ネレイナの攻撃を弾いたのは、他の誰でもない彼が振るった聖剣だ。


「ふっ……エクスカリバーの力か。その剣は光の精霊に祝福されていると聞いた。治癒能力まで持っているとは……ふふ、なんとも忌々しい存在だな」

「(聖剣にそんな効果が……魔法じゃないから、なのか? いつもみたいに苦しくならない……)」


 ネレイナの言葉に、ジュードは己の手にある聖剣を見下ろす。先ほども今も、剣を振るうだけでネレイナの魔法や攻撃を全て弾いてしまうほどの力を持っている、そのくらいの効果を有していてもおかしいことではない。

 しかし、ジュードの傷は徐々に癒えていくものの、仲間まではそうもいかない。ちらりと視線のみで彼らを見遣ったが、傷の深さは嫌でも理解できた。

 床に血だまりができるほどだ、早々に治療しなければ――下手をすると命が危うい。



 脇腹を深く抉られたルルーナは、母であるネレイナと交戦し始めたジュードを見つめて唇を噛み締めた。

 ネレイナは母だ、母の始末は娘である自分がつけなければと――そう思うのだ。けれども、負傷した身ではそれもままらない。


「(……違うわ、私じゃ……お母様を止められない……)」


 カミラ、ウィル、マナ、クリフ――四人は神器を持っているというのに、突然の攻撃で重傷を負ってしまっていた。神器も持たぬ己が母を止められるわけがない。

 脇腹に刻まれた深い裂傷に彼女の額には脂汗が滲み、それはやがて頬を伝った。


 ネレイナは母、自分は娘。

 なのに彼女は、娘である自分にまで容赦なく攻撃を加えてきた。悲しいのか情けないのか、それとも腹立たしいのか――ルルーナには既にわからない。

 重傷を負った仲間の怪我の具合は、精霊たちが確認している。彼女の元へは、ノームが心配そうに跳びはねて近寄ってきた。

 患部に添えた手の平に、生温かい血がべっとりと付着する。それは決して心地好いとは言えない感覚だ。


「私……私には、なにもできないの……? なにも知らないままぬくぬく育って、こんな状態になっても……結局なにも、できないまま……っ」

「ルルーナさん……」

「私だって、お母様を……止めたい……ッ!」


 ジュードたちに出逢うまで、他人にほとんど興味を持たなかったことを彼女は心底恨めしく感じられた。

 もっと色々な方面に興味を持っていたら、気を回せていたら。リンファのような悲しみを背負う者を少しは減らせていたのではないか、母を止めることもできていたのではないか。

 考えたところでどうにもならないことは聡い彼女のこと――理解はしているが、そう思わずにはいられなかったのだ。


 傍まで駆け寄ったノームはそんなルルーナを心配そうに見つめていたが、その時だった。

 不意に彼女とノームの頭上に、目も眩むような強烈な光が集束し――次の瞬間、人の姿を形成したのである。それは身の丈よりも長い艶やかな黒髪を持つ、大層美しい女性だ。

 茶のマーメイド型ドレスに身を包んでいるその女性に、ルルーナは見覚えなどない。

 しかし、ノームは違ったようだ。彼女を見上げて、頬をほんのりと赤く染めながらつぶらな目をうるうると潤ませている。


「ま、まさか……そ、そうナマァ! ヴァリトラが目覚めたから……!」

「……誰なの?」

「この方こそ、地の神柱(しんちゅう)ガイアスだナマァ! 来てくれたんだナマァ……」

「地の、神柱……? この人が……?」


 ノームの言葉に、ルルーナは痛みも忘れたように改めて彼女を見上げる。するとガイアスは――ふっと優しく、慈愛に満ちた双眸を以てルルーナを見下ろしてきた。



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