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第四十四話・本領発揮


「あの男は強かったわねぇ、どうすれば殺せるかと結構真面目に考えたのよ」

「お母様、どういうこと? お母様がリンファのお兄さんを殺したって……」

「ふふ、ヤンフェという男でね……当時のコロッセオで飛び抜けて腕の立つ男だったわ。どんな魔物をぶつけても必ず勝っていたものよ」


 ネレイナの口から語られる話に、ジュードたちはその場に立ち尽くしたまま絶句していた。

 ウィルはリンファから聞いていたが、彼らが彼女の過去を詳しく知るのは今回が初めてだ。これまでずっと、彼女は地の国で闘技奴隷をしていた――ということしか知らない。

 リンファは憎悪に満ち溢れた双眸で、射抜くようにネレイナを睨み据える。


「だけど、約束された勝利ほどつまらないものはないわ。小さい頃はよかったけど、それが続くと観ている方も賭ける方も飽き飽きするの。だから、さっさと始末してしまおうと思ったのよ。最後のあの試合を勝ち抜ければ観客もまた興奮していたのでしょうけれどね」

「……ッ、……兄さんは、私の目の前で……魔物の群れに生きたまま喰い殺されました……私は、ずっとあなたを殺したいほど……憎んできたつもりですッ!!」

「あっはっは! お前が? お前のような小娘がわたくしを殺すですって?」


 リンファは抜き身のまま持つ短刀を固く握り締めると、込み上げる怒りのままネレイナへと飛びかかった。対するネレイナは焦ったような様子もなく、振り下ろされる刃を見ても不敵な笑みを消すことはない。

 即座に身構えて片足を後ろに引くと、片手でリンファの首を鷲掴みにした。ギリ、とやや力を込めて絞められて彼女の表情は苦痛に歪むが――決して怯むことはない。


「貴様のような身のほど知らずは今まで大勢いたわ、全て殺してきたけれどね。ルルーナ、お前に火の粉が降りかからなかったのはわたくしがそうしてゴミ共を始末していたお陰なのよ? それなのにお前はこの母に刃向かうと言うの?」

「……」

「お前はどうあっても、ノーリアン家の者なのよ。わたくしの元を離れてなにができる? このように家を憎んでくる愚か者から、己の身を守れると言うのかしら?」


 ジュードとウィルは早々にリンファを助けようと飛び出すが、ネレイナは逆手を突き出すと今度はいくつもの風の刃――かまいたちを放ってくる。建物内の狭い空間を縦横無尽に飛び交う風の刃にウィルは舌を打つと、咄嗟にジュードの真正面に飛び出した。

 ジュードは慌てて止めようとはしたが、ネレイナが放った魔法は待ってなどくれない。次の瞬間、無数の風の刃は盾となるべく立ちはだかったウィルの身に容赦なく襲いかかった。


「ウィル!!」

「だ……いじょうぶ、だって!」


 完全な防御とはならなかったようだが、ウィルの手にあるのは風の神器だ。彼の身を襲った風の刃は直撃する間際に随分とその勢いを失い、思ったほどの威力は出ていなかった。

 ネレイナはそんな様を見ても驚いた様子はなく、代わりに「ふん」と面白くなさそうに鼻を鳴らす。そして早々にリンファをくびり殺してしまおうかと、再びその手に力を込めた。

 しかし、首を絞める程度ではリンファの中に根付く憎悪が鳴りを潜めることはなかったのである。手に力を込めた刹那――ネレイナの腹部はリンファの手にある短刀で思い切り斬り裂かれた。


「こ、の……小娘がッ! わたくしの肌に貴様如きが傷を――!」

「が……ッ、は……はぁ……」


 ネレイナは腹部に感じた激痛に表情を顰めると、傷を片手で押さえながら大きく後方に跳んだ。

 リンファは解放された喉を逆手で撫でつつ、ゆっくりとした足取りで一歩、また一歩と開いた距離を埋めていく。憎悪と憤怒にまみれたその表情は、常の無表情からはまったく想像できない姿だ。


「あなたと……あの方を、一緒にしないでください……」

「……なんですって?」

「あなたの娘は……母親のあなたとは、違いますッ!」


 叫ぶようにそう声を上げると、リンファは再び駆け出した。彼女のその言葉にネレイナは忌々しそうに舌を打ち、杖の先端を彼女に向ける。ジュードとウィルはそれを見てほぼ同時に飛び出し、マナとカミラはルルーナの傍に駆け寄り、彼女の様子を窺った。

 至近距離で放たれた風の魔法を、リンファは持ち前の素早さを活かして全て回避しきると、ネレイナの真横に回り込んで眼光鋭く彼女を睨み据えながら再度短刀を振るう。矢継ぎ早に振られる刃は彼女の身を何度も掠めるが、致命傷にはならなかった。

 それでも、リンファは決して怯むことはなく、また攻撃の手を休めることもしない。


「最初は憎かった、ノーリアン家の人間であるというだけで憎くて憎くて仕方がなかった! だけど……あの方は、血の通った人間です!」

「なにを、そんなの……わたくしだって――!」

「あなたは命を命とも思わない生き物です、そんなあなたと私の大事な仲間を……一緒にしないでください!」


 次々に繰り出される攻撃は確実にネレイナを追い詰めていく。

 大きなダメージにこそなっていないが、直撃しないよう身を引く彼女の背は――程なくして通路を抜けて広間へと行き着いた。広間の壁へと背中がついたことで、ネレイナは自分が気圧されていたことをようやく理解したが――ほんのわずか、意識が壁についた背中に向いた矢先。

 リンファは双眸を鋭く輝かせると、問答無用にネレイナの首を目がけて襲いかかる。身を低くさせて、半ば体当たりの勢いで飛び込んだのだ。


「私の、仲間……」


 ルルーナは、やや呆然としながら戦闘を見守っていた。

 自分がリンファに好かれているなどと微塵も思ったことはない。以前彼女自身が本人に話したように、ルルーナは地の国グランヴェルの最高貴族で、リンファはその国の元闘技奴隷。好かれるような要素はなにひとつなかったのだから。

 だというのに、そのリンファ本人の口からルルーナのことを「仲間」と認めている言葉が出てきた。驚くなと言う方が無理だ。


「(……カミラちゃんと一緒にあの子を着せ替えたりしたっけ。みんなが忙しい時、女の子らしいことを教えてあげるって無理矢理カフェに連行したこともあったわね……)」


 ルルーナ自身、リンファのことはそれなりに気にかけてきたつもりだ。己は関わっておらずとも、コロッセオで見世物にされた少女――貴族として無関心でいることは彼女のプライドが許さなかった。

 実際の過去はルルーナが思っていたものよりも遥かに痛ましいものだったようだが、仲間などと言われるほどに好かれてはいないと、これまでずっと思ってきたのである。


 しかし、ルルーナがそんなことを考えてぼんやりとしていた時――不意に広間が眩い輝きに包まれた。

 リンファの短刀がネレイナの首に触れる直前、当のネレイナがなにかしらの魔法を放ったのだ。その光は彼女の身を中心に波紋の如く広がり、強い衝撃となってリンファのみならず――後を追ったジュードやウィルの身にも襲いかかった。


「くッ!」

「み、みんな!」


 幸いにもその衝撃を受けたのは前列組だけだったようだが、最前線にいたリンファはもちろんのこと、ジュードやウィルも後方へと大きく吹き飛ばされ、壁に背をぶち当てたり床を滑ったりと様々だ。まるでなにか大きな野生動物の体当たりでも真正面から受けたような、そんな衝撃を受けた。

 カミラはクリフは飛んできたジュードやウィルの傍に駆け寄り、その容態を窺う。怪我の類は一切見受けられないことが、せめてもの救いか。


「リンファ……大丈夫か……!?」

「は、はい、問題ありません。しかし、なにが……」


 ネレイナと至近距離で交戦していたリンファは、ジュードやウィルよりも手前辺りで倒れ込んでいたが、幸いにも彼女の身にも怪我はなかったらしい。あったとすれば、吹き飛ばされた際に打ち付けた打撲くらいだろう。

 すぐに身を起こして再び武器を構える様は、確かに彼女の言葉通り問題なさそうだ。


 そして当のネレイナは――


「うふふ……小娘が、このわたくしに楯突くだなんて、身のほど知らずもいいところ。いいでしょう、本気で相手をしてやろうではないか」


 つい今し方まで彼女が身に纏っていた上質なドレスは吹き飛び、下に着用していたと思われる黒のレースビスチェ姿で佇んでいた。ビスチェは元々下着だが、現在の彼女が身に纏っているものは下着と言うよりも戦闘用の衣服だ。

 肩や腕、太腿から下などはむき出しになっており、動き易さを重視したと思われるデザインである。彼女の全身からは、先ほどよりも強大な魔力が放出されていた。



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