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第四十三話・ネレイナとの戦い


「クリフさん、大丈夫!?」


 ネレイナが持つ魔力は、これまで戦ってきたどの敵よりも遥かに強大なものだった。

 全身から魔力を放出する彼女がひとつその口で言葉を連ねる度、大気が震えて衝撃が襲ってくるほど。ビリビリと身が強張るような感覚に、ジュードたちは表情を顰める。

 先頭で神盾を構えるクリフはネレイナが放ついくつもの魔法から仲間を守るべく耐えているが、そんな彼の身は大丈夫なのかとジュードは咄嗟に声をかけた。


「あははは! いつまでもつかしらねぇ?」

「あんまりナメてくれるなよ……ッ!」


 クリフは先ほどもアグレアスの注意を引きつけていた身、既に全身が疲弊しきっているはずだ。そんな中、ネレイナの強すぎる魔力で放たれる魔法を次々に受け止めている。神盾オートクレールはビクともしていないが、それを持つクリフの身はどうか。

 けれども、ジュードの心配をよそにクリフ自身の気持ちはまったく折れてなどいない。むしろ逆にやる気が満ち満ちているようにさえ見えた。


「うふふ……どれだけ頑張ってくれるか、楽しみねぇ……」


 しかし、対するネレイナの厄介なところは詠唱を必要としない(・・・・・・・・・)ところだ。彼女は魔法を扱う際に必ず必要であるはずの詠唱を口にせず、魔法そのものを放ってくる。

 ネレイナがひとたび杖を振れば、彼女の周囲には無数の火の玉が出現したり、鋭利な氷柱が問答無用に飛翔してくるのだ。流石の神盾と言えど、その全てを完全に防ぎ切ることは難しかった。盾で防げなかったものは容赦なくクリフの身を次々に痛めつけていく。


「どうしたの? このまま防戦一方で勝てるのかしら?」


 戦闘は守りだけでは勝てない――ネレイナはそれを知っているからこそ、攻撃に出れない彼らを見下ろして余裕に満ちた笑みを滲ませた。

 反撃に出ようにも、場所があまりにも悪すぎる。三階に登り切ることもできないまま、階段という身動きがあまりままならない場所で魔法によって押し込められている状態だ。

 ネレイナとの距離がありすぎる、これでは近づく途中で彼女の魔法が直撃して大きなダメージを受ける。せめてもう少し広ければ――ウィルは歯噛みしながら、心配そうにクリフの背中を見遣った。


「……ウィル、リンファさん。隙を作るから、一斉に叩こう」

「ジュード様、しかし……どうやって……」


 リンファの考えもウィルと同じだ、攻撃を仕掛けに行こうにもこの場所からではネレイナに届かない。だというのに、どうやって隙を作ると言うのか――リンファは怪訝そうな様子でジュードを見遣る。

 彼は魔法を受けつけない身、一発でも直撃すれば致命的だ。だが、ジュードには迷うような様子は欠片ほども見受けられなかった。


「……大丈夫、なんとかする。クリフさん、オレたちが出たあとはカミラさんたちをお願いします」

「お……おう、わかった。任せな!」


 ジュードは一度深く息を吐き出すと、思考と気持ちを切り替えるように目を伏せる。そしてネレイナが最後に放った魔法がクリフの盾に直撃するのを確認するや否や、勢いよく床を蹴って駆け出した。

 それを見てネレイナは口角を引き上げると高々と杖を掲げ、先端部分に巨大な火の玉を創り出す。その大きさは、ジュードの全身を軽々包めてしまうほどの巨大なものだ。直撃すれば、下手をすると命さえ危うい。


「うふふ……シルフィードの加護を受けているのよね。風は火に弱い、これを喰らえばあなただってタダでは済まないはず。死なないように加減はしてあげるけれど――どうなっても知らないわよ」

「ジュード!!」


 ネレイナは愉快そうに笑みさえ交えながら掲げた杖を振り下ろす。

 すると、膨大な魔力を秘めた巨大な火の玉は階段を駆け上がり距離を詰めるべく駆けてくるジュード目がけて、勢いよく一直線に飛び出した。

 カミラはそれを見て思わず悲鳴に近い声を上げたが、当のジュードは放たれた火炎球を睨み据えると片手に持つ剣を固く握り締める。


「――うあああああぁッ!!」


 そうして、駆ける足は止めぬまま一度その手を引き――次の瞬間、思い切り真横に薙ぎ払うように剣を火炎球に叩きつけた。

 ネレイナは高みの見物のように状況を余裕たっぷりといった様子で眺めていたが、その表情も即座に崩れることとなる。

 なぜなら、ジュードが叩きつけた聖剣の刃はそのまま炎に包まれることはなく、あろうことかネレイナが放った魔法を殴り返してしまったからだ。


「な……なんですって!? エクスカリバーにそんな力は……!」


 まるで野球のバットとボールのようだ。

 ジュードが叩き返した火炎球は、今度は百八十度反転し魔法を放ったネレイナの元へと勢いをつけて飛んだのである。

 ネレイナは咄嗟に己の目の前に分厚い防御壁を張り巡らせることで直撃を防いだが、それで安心――とはいかない。


「はあああぁッ!!」

「くっ!」


 火炎球を追いかけるようにジュードが追撃に出ていたからだ。

 防御壁に直撃したことで火炎球は彼女の身にぶち当たることはなく消失したが、息つく間もなく間近まで迫っていたジュードにネレイナの表情は忌々しそうに歪む。

 ジュードはネレイナが身構えるよりも先に、一気に距離を詰めて飛びかかった。

 頭上から振り下ろされる刃に対しネレイナは舌を打つと、素早く後方へと飛び退く。辛うじて刃を避けるなり、彼女はすぐに応戦に出る。


「甘いわ、このわたくしをただの魔法使いだと思わないことね!」

「させません!!」


 ジュードが火炎球を叩き返したのを見て、リンファとウィルは即座に彼の後を追いかけていた。真っ先に駆けつけたリンファはちょうどジュードの中から飛び出たちびと共に、杖を構えるネレイナへ襲いかかる。

 ちびの咬みつきを慌てたように身を翻すことで避けはしたものの、続くリンファの攻撃までは流石のネレイナでも回避しきることは難しかった。

 遠慮もなにもない短刀による攻撃はネレイナの片腕を掠めたが、致命傷とまではいかない。


「小娘がッ!」


 ネレイナは逆手を開きリンファに向けて突き出すと、その刹那――風の魔力で彼女の身を大きく吹き飛ばした。後を追いかけてきていたウィルは飛ばされてきたリンファの身を受け止めて、その衝撃を和らげる。

 ジュードはそんな二人の斜め前へと足を踏み出し、傍らに戻ってきたちびを一瞥してから改めてネレイナと向き合った。

 ネレイナは負傷した片腕を逆手の平で押さえ、リンファを睨みつけていたが――程なくして怪訝そうな表情を滲ませた末に不敵に微笑み始めたのである。


「……うん? お前は、確か……」

「……」

「――ああ、そうか、そうだ。ヤンフェの妹か。あの男は強かったなぁ、あれほどの手練れでなければわたくしも心を鬼にせずともよかったというのに……」

「な……なに、どういうこと……?」


 ネレイナの口から紡がれる言葉に、やや遅れて彼らの後に続いてきたマナは不思議そうな声を洩らした。ウィルはリンファの身を支えながら、静かに口唇を噛み締める。彼女の過去を詳しく知っているのは、彼だけだ。

 リンファは憎悪に満ちた双眸でネレイナを睨み据えたまま、数拍の沈黙の後に静かに口を開いた。


「……直接手を下したわけではありませんが……私の兄は、この方に殺されたのです」

「どういう……ことなの?」


 ルルーナは初めて聞くその告白に、動揺を隠せずに震える口唇で辛うじてそれだけを呟いた。彼女の頭に思い浮かぶのは――初めて水の都でリンファに出逢った頃のこと。

 当時、彼女は刃物のように鋭い双眸を以てルルーナを睨みつけてきていた。その時のことが思い起こされていたのだ。


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