第四十一話・固い決意
中央広場を過ぎたジュードたちは、ウィルたちが見つけた一人の女性を保護しながら王城へと向かっていた。道中でも生き残りを探しはしたものの――目につくのはいずれも、既にアンデット化した者や絶命している者ばかり。状況は絶望的だった。
だが、王城に飛び込んで少し。視界に入る部屋の扉を片っ端から開けていくと、中には真っ青になりながら怯える兵士や騎士、使用人たちの姿があった。負傷している者も多いが、意識はハッキリとしているようだ。
「だ、誰だ……助けが、来たのか……?」
「そ、そうよ……助けよ、助けだわ……!」
余程恐ろしい目に遭ったのだろう、各部屋に避難していたと思われる城内の者はいずれも完全に怯えきっていた。特に戦う力を持たない使用人たちはそれが顕著で、ジュードたちが敵ではないと理解しても気分としては落ち着かないらしい。代わりに力が抜けたように、多くの者が腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。
クリフは室内を確認してから改めて廊下を見遣り、辺りに残るおびただしいまでの血痕を見て顔を顰める。
「……戦闘はあったみたいだが、一階は特に問題なさそうだな。騎士団がなんとか踏ん張ってくれたか」
「そうですね……他の場所はわかりませんが、一階は大丈夫かと思います」
避難していた者の中には、兵士や騎士の姿も見える。そのいずれも完全に疲弊しきっているようだが、辺りにゾンビ集団の姿が見えないことから、この付近は辛うじて切り抜けることができたのだろう。
しかし、王族やネレイナの姿は一階にあった部屋のどこにも見当たらない。恐らくは既に殺されているか、他の場所に避難しているかだろう。
そこまで考えて、クリフは余計な言葉こそ口には出さぬものの視線のみでルルーナを見遣る。
「……坊主、どうする?」
「二階から上にも行ってみよう。イスキアさん、城の中から人の声は?」
「ええ、結構多くいるみたいよ。……行きましょうか、王族もルルーナちゃんのお母さんも三階にいるわ」
ジュードの問いかけにイスキアは片手を己の耳裏辺りに添えると、風が運んでくる物音や声に文字通り耳を澄ませた。すると、彼の耳にはいくつかの声が届いたようだ。
イスキアから返る言葉にジュードは表情を和らげると、一度しっかりと頷いた。保護した一人の女性を騎士たちが比較的多く集まる部屋に残し、再び廊下へと足を踏み出して二階に続く階段へと駆け出す。
先頭を駆けるイスキアは自分の後を追いかけてくるジュードたちを一度肩越しに見遣ってから、静かに進行方向へと向き直り口を開いた。
「……ジュードちゃん、あの子からなにか聞いてる?」
「えっ? ……ジェントさん、ですか?」
「ええ、あなたのことは特に可愛がっていたように見えたから」
唐突に向いた問いかけにジュードは目を丸くさせると、数度瞬きを繰り返す。なにかと言われても、あまりにも抽象的すぎて彼がなにを知りたがっているのかさえわからなかった。
精霊たちは彼を敬愛していたはずだ。にもかかわらず、イスキアのジェントへの態度はそれとは真逆とも言えるものであった。恐らく、それに関わるようなことだろう。聞いてもいいのかどうか、ジュードは迷った。
「い、いえ、オレは特になにも……」
「……そう。これで……よかったのかもしれないわね」
「ど、どういう意味ですか!? 勇者様の魂が消滅して、よかったって……こと!?」
「そうかもしれないって言ってるのよ」
駆ける足は止めぬまま、ジュードたちはその言葉に瞠目した。
彼はジェントを大切に想っていたはずだ、少なくとも随分と昔までは。だというのに、今は彼の魂が消滅してよかったなどと言い出した。
魂の消滅は、文字通りどこにもいなくなるということ――それのどこがよかったのか、マナには欠片ほどもわからなかった。
ライオットは振り落とされないようにジュードの肩にしがみつきながら、しょんぼりと頭を垂れる。
「……うに、これでやっと休めるにね」
「ライオット……?」
「……四神柱がこの世界を形成している存在だってことは、もうみんな知ってるにね?」
ライオットまでなにを言い出すのかと、ジュードは怪訝そうな様子で肩に乗る白い身を視線のみで見遣ったが、当のライオットから返る言葉には小さく頷きを示す。
もう何度も聞いてきた話だ、いくら物覚えの悪いジュードとてそれは理解している。
「世界を形作るほどの四神柱の力は、あまりにも強力すぎるせいで本来は人が手にしていいものじゃないんだに」
「え、でも……」
「そうだに。ジェントはその禁忌を破り、平穏と引き換えに力を手に入れることを望んだんだによ」
「平穏と引き換えに……ってのは、どういう意味だ?」
二階に続く階段を駆け上がりながら、ジュードたちは次に三階へ向かう階段を目指して駆け出す。幸いにも道中に敵の姿は見えなかったが、それが余計に不気味さを醸し出していた。
城下には大量のゾンビが溢れていたというのに、なぜ城の中にはその姿が見えないのか、と。
「あいつの魂には四神柱の刻印四つが全て刻まれてただろ、魂に刻まれた印ってのは何度転生しても決して消えることはねーんだ。つまり……あいつは何度生まれ変わっても、四神柱の力を持って生まれてきちまうんだよ」
「平和な世の中にそんな力を持って生まれてきたら、大変なことになるに。だからジェントの魂は世界に災いが起きつつある時にだけ、災いを祓う者として誕生することになってたんだによ。……何度生まれ変わっても、その先の未来はいつも絶望まみれになってたはずだに」
サラマンダーとライオットが語る言葉を聞いて、ジュードの頭にはひとつ思い当たることがあった。
あれは確か、精霊の里でアンヘルと戦っていた時のことだ。ウィルたちがダーインスレイヴの効力で死んでしまうと、そう思って絶望した時。
『……本来なら俺がやらなければならなかったことを、押し付けてしまってすまない……』
地の神柱の力をジュードに与える際に、ジェントは確かにそう口にしていたはずだ。あの時はその意味がまったく理解できなかったが、これでようやく謎が解けた。
「人の命は短いものですぅ、なのでジェントさまは魔族を倒すためだけでなく――何度生まれ変わってでも、当時の世界を変えたいと願ったから敢えて禁忌を破られたんですようぅ。そうすれば魔法能力者が迫害されて世界が荒れ続ける以上、何度も命を繋げるとお考えになられて……」
「……」
この世が荒れたり、災いが降りかかる度に彼の魂が新たな肉体を持って生まれてくるのであれば、そうなっただろう。それこそ、ジュードが幼い頃から好んでいる伝説の勇者の物語にとても似通う。彼こそ、本当の意味で勇者と言えるのだと、ジュードは思った。
カミラは口唇を噛み締めて、複雑な表情を滲ませる。
「……ジェントさん、精神空間で戦った時とても強かった……」
「そりゃそうだろ。火の神柱で筋力、風の神柱で素早さ、地の神柱で防御面、水の神柱で魔力関係全般が爆発的に強化されてんだから」
「だ、だからあんなに強かったのね……!? おかしいと思ったのよ、魔法が全然効かないし……」
精神空間で訓練と称してジェントと交戦した際、彼は魔法というものを一切受けつけなかったし、前衛三人を相手にしても涼しい顔をしていたくらいだ。最初は聖剣を持ったジュードでさえまったく相手にならなかったことは、未だ記憶に真新しい。
けれども、全てそういった覚悟の上で成り立っていた力なのだと思えば――彼らの胸中には決意にも似た想いが宿った。
「(……ジェントさん、この世界を守りたいと思ったことはないって言ってたけど……この世界のことが本当に好きで、愛してたんだ。だからそんな宿命を背負ってでも変えたいって思ったんだろうな……)」
確かに魂が消滅してしまったのなら、これ以上その宿命を背負うこともない。解放されたと言える。
しかし、それが本当によかったかどうかと言われれば、ジュードたちには判断が難しい。ただひとつ確かなのは――
「ジェントさんがそうまでして変えたいって思った世界を、魔族に潰させちゃいけない……!」
「ええ、そうね。俄然やる気が湧いてきたわ」
この世界を必ず守らなければ、と。ジュードは改めてそう心に誓った。
しかし、そんな時。三階に続く階段を駆け上がる最中、不意に彼らの背中に聞き覚えのある声が届いたのだ。
「――ふふ、そうねぇ。この世界を魔族に潰させないためには……わたくしの提案に乗るのが一番よ、そうでしょう?」
「……! お母様!」
階段を登り切った先の踊り場――そこに続く通路に、ルルーナの母であるネレイナが不敵に微笑みながら立っていたのだ。辺りには無数の兵士や騎士たちが倒れ、中には王妃や王女の姿さえ見える。
まさか彼らもアンデット化してしまったのかと思ったが、力なく転がる手足の肌は人間のそれであった。ゾンビとなってしまった蒼白さはどこにも見受けられない。
「うふふ、なにを驚いた顔をしているの? あまりにもうるさいものだから、始末しただけよ」
「お母様、あなた……なんてことを……!」
ルルーナはネレイナからの返答に、思わず言葉を失った。
床に転がっているのは、どう見てもこの国の王妃と王女――そしてたくさんの兵士たち。彼女は、ネレイナは王族のみならず、人間に牙を剥いたのだ。
信じられない――そう言うようにルルーナは実の母である彼女を驚愕に満ちた双眸で見つめていた。




