第四十話・魂の行方
「な……なにが、あったの……?」
巨大な柱を目印に慌てて駆けつけたウィルたちだったが、彼らが到着する頃には全てが終わっていた。
意識を飛ばしたのか、はたまた絶命してしまったのか――大剣を持ったままアグレアスは倒れ伏し、メルディーヌの姿は既に影も形も見えない。
残されているのは、ジュードが怒りのままに放った閃光の衝撃により破壊された、家屋の痕跡だけだ。メルディーヌと共に思い切り衝撃を受けた家屋は問答無用になぎ倒され、既に残骸となり果てている。
その光景を見てマナは思わず息を呑み、ルルーナとリンファは状況が理解できずに周囲を見回した。
ウィルはクリフやカミラの元へと駆け寄り、その容態を窺う。けれども、彼らの身に傷はまったく存在していなかった。
「カミラ、クリフさんも……大丈夫か?」
「う、うん、なんともないよ」
「ああ、俺もなんとか……」
イスキアはサラマンダーたちと共にその光景を見つめた後、そっと視線のみを動かしてジュードの背中を見遣る。彼から感じる現在の力は――風と、光。それを確認して静かに双眸を細めた。
「(……シルフィードと交信したまま、同時にライオットとも……なんて子なの……)」
これまでずっと能力を封印されていたせいでわからなかったが、ジュードの精霊の主としての能力は格段に上がっていたようだ。以前までは複数の存在と交信など間違ってもできなかった。
もっとも、今回は能力云々よりも怒りの感情のまま強引に行った可能性も否定はできないのだが。
程なくしてジュードの中からライオットが抜け出ると、ウィルは思わず目を瞬かせた。
「……? ジュード、お前……ライオットと交信できるようになったのか?」
「うん……ジェントさんが、四神柱の力を使って呪いを解いてくれた……」
「ほ、本当に!? じゃあ、またジュードは精霊たちと交信できるようになったのね?」
その報告は彼らにとってなによりも嬉しいものだった。
魔法を受けつけない呪いが解かれるまでは手放しで喜んだりはできないが、ジュードの交信能力が再び使えるようになったというだけでも充分に勝機は出てくる。
だが、ジュードもそうなのだが――カミラやクリフ、ライオットにちびまでもがまったく嬉しそうではない。マナとルルーナは一度互いに顔を見合わせると、不思議そうに首を捻った。
「……なのに、なんでそんな顔してるの?」
マナの問いかけにライオットはジュードの肩に乗ると、ちらりと彼を横目に見遣りながらポロポロと大粒の涙を零し始める。それを見てイスキアとトールは静かに目を伏せ、その代わりに静かに口を開いた。
「……ジェントさまは、もういらっしゃらないのですね……」
「ど、どういうことナマァ!?」
「メルディーヌの仕業よ、ソウルキャッセ……って聞こえてきたけど、そのせい?」
「イ、イスキアさん……どうして……知ってるんですか?」
トールの言葉にノームが今にも泣き出しそうな様子で声を上げると、イスキアは片手で己の首裏を掻きながら眉根を寄せる。辺りを見回してみても、該当しそうな武器は見つからないが――彼の耳には確かにその武器の名前が届いていた。
イスキアはこの場にはいなかったはず。だというのに、なぜ知っているのかとカミラは不思議そうに目を丸くさせながら純粋な疑問をぶつけた。
「だって、アタシは風の大精霊だもの。ある程度の距離なら風が色々な声や音を運んできてくれるの。……それで聞こえちゃったのよ。ソウルキャッセ……魂を破壊する剣、って言ってたわね」
「た、魂って破壊したりできるんですか?」
「メルディーヌは死人を操る死霊使いよ、そのくらいならできると思うわ」
現在生身の肉体を持って生きている身からすれば、考えられないことだ。魂を破壊すると言われても、実際にどのようなものなのかまったく想像ができない。
マナは不思議そうに首を捻り、彼女の傍らにいたルルーナやリンファは複雑な面持ちで改めて口を開く。
「……魂を破壊されると、どうなるのですか?」
「……消滅するわ」
「消滅って、どういうこと?」
「本来、生き物は肉体的な死を迎えても魂は消えないものなの。器としていた肉体を離れて天界へと戻り、再び地上で別の肉体を器とすることで生を受ける――これを簡単に表現すると輪廻転生と言うわ。消滅っていうのは文字通り、どこにも存在しなくなるということよ。消滅した魂は、もう二度と廻ることがないの」
イスキアのその説明に、質問を投げかけたルルーナやリンファはもちろんのこと、その場に居合わせた面々全てが言葉を失った。
つまり、ジェントの魂は既にもうどこにもなく――彼の魂は、二度と新しい肉体を器として生まれ変わってくることもない、ということだ。想像もしなかった返答に、誰も反応さえできずに俯く。
しかし、ジュードは固く聖剣を握り締めると静かに足を踏み出した。
「……行こう、まだ終わってない」
「で、でも、ジュード……大丈夫なの?」
彼の手にある聖剣は、未だ強い光を放ったまま臨戦態勢といったところだ。その形状がすっかり変化してしまっていることも気にはなるのだが、なにより心配なのはジュードの精神的な部分。
彼はジェントに誰よりも懐いていた、その彼を失って大丈夫なのだろうか――そこまで口には出さずとも、マナは心配そうに声をかけた。
「ここで止まっちゃいけない、ジェントさんはオレたちに色々なものを与えて託してくれた。だから、今はやるべきことをやるんだ。……じゃないと、呆れられちゃうよ」
王都グルゼフのアンデット騒動は、まだ終わったわけではない。中央広場を抜けた先にも展開している可能性は非常に高かった。
それに、ここまで来たのだ。ネレイナがどうしているのかも気にかかる。言葉にこそ出さないが、実の娘であるルルーナは特に心配だろう。
カミラは静かに立ち上がると、どこか痛ましそうな表情を浮かべながら片手を己の胸の辺りに添えてきゅ、と衣服を握り締めた。
「……うん、そうだね。ルルーナさんのお母さんも探さなきゃ」
ジュードたちが悲しんで立ち止まることを、ジェントは恐らく望まないだろう。悲しい気持ちは当然ながらある、けれどもやるべきことをやってからでも悲しむことはできるのだ。
こうしている今も、もしかしたら都のどこかに生き残りがいるかもしれない。今はともかく、この事態を鎮めるのが先だった。
「(……でも、どうして聖剣そのものが聖属性を持ってるんだに? 聖属性は光属性よりも遥かに強力なもの……聖剣はその力の強大さのせいでヴァリトラが敢えて聖じゃなく光属性を付与させたはずだに……)」
ライオットはジュードの肩に乗ったまま、彼の手にある聖剣を見つめて複雑な表情を浮かべていた。
イスキアやトールが気づいていないはずがない。二人はなにか知っているのだろうか――ライオットは彼らに視線を向けはするものの、特に問うことはしなかった。




