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第三十七話・本当の目覚め


「イ、イスキアさん、トールさん、どうしたナマァ!?」


 ゾンビの群れを倒しながらまっすぐに続く道を駆けて進んでいた精霊たちだったが、イスキアは不意に腕に感じた激痛に思わず足を止めてうずくまった。彼の頭の上に乗っていたトールも同じように、己の小さく細い腕を押さえて苦しそうな声を洩らしている。

 ノームはサラマンダーの肩に乗ったまま、そんな二人に慌てて声をかけた。


「ふえぇ……! 急ぐのですよぅ、ジェントさまが襲撃を受けていますぅ!」

「ああ!? あいつ亡霊なんだろ? それがなんで……」

「さあ……それはわからないけど、あの子が襲撃されているのならジュードちゃんも襲われてるって考えるべきね……急ぐわよ!」


 イスキアの言葉にサラマンダーは眉を寄せるものの、特に文句を返してはこなかった。代わりに舌を打つと、進路を塞ぐゾンビの群れを見据えて再び刀に炎を纏わせる。


「ナマァ……ジェントさんと四神柱(ししんちゅう)は一心同体みたいなものだから、大精霊さんにしかわからないことナマァ……」

「へっ、便利なモンだな、刻印ってのはよ!」

「あらぁ? 妬いてるのかしら?」

「う、うるせぇな! どうせ俺ら上級精霊にはわからねぇ感覚だよ!」


 どこか不貞腐れたようにぶっきらぼうな返答をよこすサラマンダーを見て、イスキアは口元に薄く笑みを湛えた。

 腕は――まだ痛む。ズキズキと、鬱陶しいほどに痛みを訴えてくる。

 それは大精霊にとって「刻印を刻んだ存在」がダメージを受けている、動かぬ証拠だった。


 * * *


「クフフ……あははッ、ヒャハハハハ! 痛いか、痛いか!?」

「……っ! ジェントさん!」


 突き下ろされるソウルキャッセが直撃する前に、ジェントは身を反転させて仰向けになったがメルディーヌはそれを逃すことはしなかった。

 今度は彼の左肩に問答無用に刃を突き立て、己の体重をかけて突き刺した患部を抉るかのようにぐりぐりと左右にねじ回す。

 カミラはその光景を目の当たりにして、顔面蒼白になりながら叫んだ。


 ジュードが振るっていた聖剣は折れ、引きつけ役を買って出てくれたジェントは、現在進行形でメルディーヌに嬲られている。

 最早、どちらの援護をすればよいかもわからなくなっていた。

 倒れ込んだジュードを庇うべく、咄嗟に駆け出したクリフが神盾でアグレアスの攻撃を防いでくれたが――肝心の聖剣を失ったジュードが戦えるかどうか。


「クフフ、クフフフ……! ワタシのママを殺した罪は重い、このまま楽に死ねると思うなよ……!」

『……ふ……その歳になっても、まだ母親のミルクが恋しいのか? マザコンも度が過ぎると見苦しい……一度自分の頭でも診たらどうだ』

「――! いちいち……癇に障る……ッ!」


 状況は明らかにメルディーヌが有利だ、勝利を確信してもおかしくはない。

 けれども、怯えたような様子もなく、依然として減らず口ばかりを叩くジェントを見下ろしてメルディーヌはその表情に憎悪を乗せた。

 そうして再度地面と共に彼の肩を突き刺したまま、剣を右左にと回して傷口を抉る。その度にわずかにジェントの風貌に苦痛が滲むのを見れば、メルディーヌは双眸を弓なりに笑ませて口角を引き上げた。


『……なにを笑っている? 言ったはずだ、これが貴様の敗因になると』

「なに……!?」

『今なら――このご自慢の剣を通して繋がっているな(・・・・・・・)


 ジェントから返る言葉に、メルディーヌは次の瞬間――大きく目を見開いた。

 彼の――ジェントの胸部で、四つの眩い輝きがひし形を形成していたからだ。てっぺんが青、左が緑、下が赤、そして右が黄色。それはこの世界に点在する、四神柱が加護を与える場を象徴していた。

 その刹那、四つの光に囲まれた中心部には、一際強い白の輝きを放つ光が出現したのである。


 メルディーヌは、それを知っている。それはもう、痛いほどに。


「ま、さか……貴様の身を包んでいたシルフィードの加護は、消えたのではなく……!」

『自分で消した(・・・)んだ、こうしてまとめるためにな』


 ジェントの手が肩に突き刺さるソウルキャッセに触れると、メルディーヌは咄嗟に抜こうとしたが――彼の肩を貫通し、深く地面にめり込んでいるためか、それは難しかった。

 余程の憎しみの想いだったのだろう、軽く引っ張ったくらいではまったく抜ける気配がない。無論、刃に触れるジェントの手もソウルキャッセの効果でボロボロになっていく。

 しかし、それでもジェントの方には怯むような気配はまったくなかった。


『天帝降臨――』

「ぐッ! この……っ!」

『――光翼飛翔(こうよくひしょう)!』


 ジェントが言葉を連ねる度に、白の輝きはその勢いを増していく。それはメルディーヌの眼前で目も眩むほどの閃光を放ち、その矢先――ソウルキャッセを通し、メルディーヌの手から全身へと気が狂いそうなほどの強烈な魔力が大量になだれ込んだ。

 その魔力は既に()の属性ではない、それよりも更に強い浄化の力を持った()属性と呼べるものであった。


 本来は技なのだが、いくら剣で繋がっているとはいえ、ジェントはやはり肉体を持たない魂だけの存在。技として放つよりは、直接魔力を流し込む方がよいと判断してのことである。

 魔族にとって、光よりも強力な聖属性は猛毒のようなものなのだから。


「ぐ、がああああぁッ!!」

『……っ』


 ジェントが流し込んだ聖属性の魔力は、彼の身を蝕んだソウルキャッセそのものを砕いてしまった。流し込んだ魔力に耐えきれなかったのだ。これでジェントを脅かすものはなくなったが――問題は、魂の損傷具合。

 メルディーヌは己の中になだれ込んできた魔力に顔面を両手で押さえ、喉奥から苦悶の声をひり出す。覚束ない足取りでふらりふらりと後退し、拒絶反応でも起こしたかのように全身を大きく痙攣させていた。


「う、があぁ……ッ、げあああぁ――――っ!!」


 そして、程なく。

 鼻や口、耳の穴などあらゆる箇所から白い光が爆ぜるように溢れ出す。それと共に、メルディーヌは断末魔の叫びとも言えそうな声を上げた。


『う……、ジュード、は……』


 目を焼くのではないかと思うほどの閃光が止んだ時、メルディーヌは白目を剥いて完全に意識を飛ばしていた。だが、この程度で倒せる男でないことは、過去に何度も交戦したジェントにはよくわかる。

 一刻も早く、現在の状況を把握し、戦闘を終わらせる必要があった。

 先ほどの光翼飛翔――今のジェントにできる、最も破壊力のある攻撃があの一撃だったからだ。逆を言えば、先の技以上の威力を出せるものを彼は持っていないのだ。


 それにソウルキャッセは砕けてしまい、使い物にならない。これ以上メルディーヌに攻撃を加える方法は、肉体を持たないジェントにはなかった。



「がはははは! 聖剣、恐るるに足らず! 蟲どもめ、散れええぇッ!!」


 アグレアスは、ジュードを庇いに割り込んだクリフと真っ向から斬り結んでいた。

 聖剣を破壊したことで勢いを増したらしく、腹の底から押し出すようにして洩れる笑い声はどこまでも愉快そうだ。手を休めることなく、大剣を振るってくる。

 対するクリフは両剣で受け止め、また時には神盾で防ぐ。属性相性としては最悪だが、それでも――クリフは簡単に引き下がる性格ではない。


「この俺と雷でやる気なのか? 愚か愚か愚かアアァッ! 身のほどを知るがいい!!」

「言ってくれるじゃねーか……ッ! そういうことは、俺を倒してから言いな!!」

「ククク……貴様らは威勢だけは立派だな。貴様の攻撃も女の魔法も、獣の攻撃も俺の身には無意味。我慢比べになればどちらが不利かな?」


 そのようなことは、言われずとも理解できていた。

 聖剣で負わせた傷は今もまだ癒えていない。けれども、ちびの咬みつきや爪による攻撃、カミラの攻撃魔法――それらはダメージを与えることはできても、徐々に癒えていってしまうのだ。クリフの両剣による攻撃など、それ以上に意味を成していなかった。


「クリフさん……ジュード……!」


 カミラはケリュケイオンを固く握り締めると、悔しそうに口唇を噛む。

 自分の手にあるのは確かに神器なのに、それなのになんの役にも立てない。その現実がどうしようもなく悔しかった。

 ウィルやマナのようにとてつもない破壊力を持つわけでもなく、クリフのように守りに秀でているわけでもなく――このケリュケイオンを手にする前と後とで、なにも変わっていない。そう痛感していた。


『……カミラ、ジュードは……』

「ジェントさ――って、その身体!」

『……構うな、どうせ血など出ない』


 また涙が溢れそうになった頃に、すっかり耳慣れた声が聞こえてくるとカミラは慌ててそちらを振り返ったのだが――視界に捉えた彼の姿を見て、思わず言葉を失った。

 ジェントの身は、所々が完全に消失していたのだ。特に左側は絶望的で、肩から先が完全に失われている。ソウルキャッセを避け続けていたとはいえ、その刀身が纏うオーラにやられてか、足や脇腹なども無事とは言い難い。

 これが肉体であれば、出血多量で既に命を落としていることだろう。


「……っ、聖剣が折れちゃって……ジュードも立てなくて……どうしたら、いいんですか……」

『……』


 聖剣が折れた――その事実が、未だに信じられなかった。

 カミラの斜め前辺りを見てみると、そこには彼女の言葉を肯定するかのように折れた聖剣の切っ先が無造作に転がっている。ジェントはその傍らに飛ぶと、静かに屈んで破片にそっと手を伸ばす。

 聖剣エクスカリバーはかつて彼をいつも助け、守ってくれた思い入れの深すぎる存在だ。実際に折れたのを目にしても、実感がまったく湧かない。


 しかし、そこで気づいた。

 ジェントが破片に手を近づけると、まるで応えるかのように聖剣の破片が淡い輝きを放ち始めたのだ。


『(これは……なぜ……)』


 聖剣の継承者はジュードだ、つまり今の聖剣にとっての主はジェントではなく彼のはず。だというのに、目の前の破片はジェントに応えようとする。

 その様を目の当たりにして、ようやく理解できた。

 なぜ、聖剣によるジュードの能力強化が完全ではないと感じたのか。なぜ――このように聖剣が折れてしまったのか。


『――カミラ、クリフと共にあの男の注意を引いておいてくれ。大丈夫……聖剣は死んでない、俺が大事なことを忘れていただけだ』

「え……?」

『さあ、少しだけで構わない。奴の意識がジュードに向かないように』

「は……はい! わかりました!」


 カミラはジェントの言葉に不思議そうに瞬きを繰り返したが、現在できることなど他になにもない。程なくして何度か頷くと、魔法の詠唱を始める。その視線が時折ジュードの方に向けられるところを見れば、彼の様子が気がかりなのだろう。

 ジェントはその場から立ち上がると、胸の辺りを押さえて立ち上がろうとするジュードの元へと飛んだ。


 聖剣を本当の意味で、目覚めさせるために。



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