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第三十五話・神盾の武器


 前にアグレアス、後方にメルディーヌという最悪な形になったジュードたちは各々武器を握り締めて身構えた。クリフは雷属性を強く持っている身だ、地属性のアグレアスとやり合うには無理がある。ただでさえ、この地の国では彼の能力は低下するというのに。

 しかし、だからといってカミラとクリフの二人にメルディーヌを任せるのはどうか。実力で言うのならば、恐らくメルディーヌはアグレアスよりも強い。

 オマケに、飛び出てきたミミズは再び地中に潜ってしまったが、またいつ出てくるかも定かではないのだ。


「(どうする、クリフさんに耐えてもらって先にメルディーヌの相手をする方がいいのか……!?)」


 だが、敵が考えるような間を与えてくれるはずもない。

 アグレアスは口角を引き上げて不敵に笑うと、地面を強く蹴って飛び出してきた。

 王都ガルディオンの外で戦った時はほとんど手も足も出ないままやられてしまったが、今回はそうはいかない。魔心臓により身体能力が強化されていようと、その動きを目で追うことは――今となっては容易い。

 ジュードは両足を大地に張り、聖剣を両手で握り締めると猛烈な勢いで繰り出されたアグレアスの拳を聖剣の刃で受け止めた。


「ほう……少しはやるようになった、ということか? 今回は楽しませてくれるんだろうなぁ!」

「く……ッ!」


 今のジュードならば、アグレアスの相手をするのは充分可能だ。しかし、メルディーヌや仲間に気を取られて集中が散ってしまう。

 そんな状態で、満足にやり合えるはずがない。

 クリフとカミラはメルディーヌに向き直り、動向を窺う。カミラはその強さを理解している、彼女の頬には自然と冷や汗が伝っていた。


「クフフ……邪魔をしないことです、ワタシの今回の目的はアナタたちでも贄でもありませんからネ」

「……なんだと?」


 けれども、メルディーヌは不気味に笑いながらそんなことを言ってきた。クリフやカミラのことなど眼中にないと言うのであれば、まだ理解はできる。

 しかし、ジュードのことでもないと言ってのけた。なんらかの陽動作戦かとクリフは思ったのだが、メルディーヌの視線は自分たちになど向いていない。


『……カミラ、クリフ。ジュードの援護を頼んだ』

「え……で、でも……」


 背中に届いた声にカミラは思わずそちらを振り返り――そうして、息を呑んだ。

 声をかけてきたのは、いつも落ち込む度に励ましてくれたジェントだ。けれども、今の彼はこれまでの優しい印象など微塵も宿してはいなかった。憎悪と憤怒、その表情にはそれらが色濃く滲み出ていたのである。

 メルディーヌはジェントを憎悪し、そのジェントも同じようにメルディーヌを憎んでいる。


『……可能な限り引きつける、その間にアグレアスを倒せ』


 ジェントがメルディーヌを引きつけている間に、ジュードとカミラ、クリフの三人で協力してアグレアスを撃破する。確かに、それならばアグレアスを倒すことはできるだろう。

 しかし、今のジェントは魂だけの存在で肉体を持たない。つまり、攻撃などできないのだ。いくら伝説の勇者と言えど、大丈夫なのかと心配になった。


「クフフ……これがなにかわかりますか? これはソウルキャッセと言ってね、魂を破壊する剣(・・・・・・・)なのですよ。つまり――貴様はワタシに攻撃できなくとも、ワタシは攻撃することができるのです、クフフ……!」


 メルディーヌは上機嫌そうに笑いながら片手に携える湾曲刀(カトラス)を掲げると、得意げな様子で説明なぞ付け加えた。

 ソウルキャッセと紹介されたその湾曲刀は薄いカーキ色をしていて、おどろおどろしい黒いオーラを纏っている。魂を破壊する剣――それを聞いてジェントはぴく、とわずかに眉根を寄せた。

 それは不快というよりは、なにかに気づいたような、そんな様子だ。


『……俺は問題ない、ジュードのサポートをしてやれ』

「……わかりましたよ、勇者様。お嬢ちゃん、行くぞ! 早く片づければその分、勇者様の助けにもなるんだ!」

「は……はい、ジェントさん、お気をつけて……」


 クリフの言うことはもっともだ。こうしている今も前列でジュードが交戦しているアグレアスを早々に片づけられれば、少しでも早くジェントの加勢に入れる。一方を全力で倒してから、残ったメルディーヌを相手にする方が効率はいいだろう。

 いくら聖剣を持っていても、アグレアスとメルディーヌの二人をジュード一人で抑えるには無茶があるのだから。


「聖剣も持たぬ男が、随分と余裕ですねえぇ……しかし、ワタシは嬉しいですよ。二度と会えぬと思っていた貴様にこうして会い、積年の恨みを晴らすことができるのですからね!!」


 言葉通り嬉しそうな笑みを浮かべながら声を上げるメルディーヌを見据えて、ジェントは静かに双眸を細め遣る。そうして片手を己の胸辺りに添え、なにかを刻むように指先を動かした。

 すると彼の身から淡い緑色の輝きが爆ぜるように溢れ出し、全身を力強く包み込む。それを見てメルディーヌは、小馬鹿にするようにパチパチと拍手などしてみせる。


「ほほう……風帝降臨ですか、貴様が持つシルフィードの力を極限まで高めてやり過ごすつもりですね? そうはさせませんよ、そう簡単に死ねると思ったら大間違いです。徹底的に嬲ってから殺して差し上げましょう!」

『そんな勇気があるのならやってみろ、それが貴様の敗因になる』

「どういう意味でしょうかねえぇ……? いいでしょう、そこまで言うのなら受けてみるがいい! ちょこまかと逃げ回るなよ、ジェントオオォッ!!」


 獣のような咆哮を上げながら駆け出してくるメルディーヌをまっすぐに眺めて、ジェントは静かに身構えた。

 聖剣が彼の元にない今、決して油断はできない。戦闘能力は――恐らく、メルディーヌの方が上だ。



「いっけええぇ!」


 大きく真横に振られた聖剣に対し、アグレアスは忌々しそうに舌を打つと素早く上体を屈ませた。己の頭上すれすれを空振る刃は、あと少し回避が遅ければその首を直撃していたことだろう。

 アグレアスの表情は複雑に歪み、言葉もなく奥歯を噛み締めた。信じられなかったのだ、この短い期間でこうまで強くなっていることが。


「(このガキ、一体なにをしやがった……!? 誘い出した時とまったく違うじゃねぇか……!)」


 アグレアスの能力は肩に鎮座する魔心臓により、今もまだ強化されたままだ。だというのに、ジュードは彼の動きのひとつひとつを予測し、回避するだけでなくカウンターさえ叩き込んでくる。その様に、無駄な動作はほとんど見受けられない。

 一体なにをすればこのように変わるというのか。


「そこだ!」

「ちぃッ! 図に乗るなよ!」


 攻撃が外れたからと、そこで怯むジュードではない。即座に切り返し、今度は避け切れなかったアグレアスの右腕を直撃した。

 いくら岩のように頑強になっているとは言っても、聖剣の力を以てすればそのような守りはあってないようなもの――アグレアスの腕は、まるで豆腐のようにすっぱりと斬れて、裂けた。

 しかし、アグレアスは即座に逆手で反撃に出る。固く拳を握り締めるなり、仕返しにジュードの腹目がけて殴りかかったのだ。


「ギャウウゥッ!!」

「ぐッ、この……っ!」


 けれども、その拳がジュードの身に触れるよりも先に、彼の腹から顔を出したちびが以前と同じようにその拳に咬みつくことで受け止めてしまった。そのままジュードの中から抜け出ると、鋭利な爪を立てながらのしかかるように体当たりをぶち当てる。

 思わずよろけたアグレアスが体勢を立て直そうとした刹那――そうはさせまいと、無数の光の矢が飛んできた。それらは彼の腕や肩、足を容赦なく貫き、歯を喰いしばるアグレアスは地鳴りのような呻きを洩らす。


「ジュード、大丈夫!?」

「う、うん、ありがとう」


 それは、カミラによる援護だ。光の攻撃魔法である。

 マナが持つ神杖レーヴァテインがないため、すぐに致命傷を負わせることは難しいようだが、協力して叩けば問題なく倒せそうだ。

 クリフはジェントの方を気にかけつつも、歯がゆそうに眉を寄せるとやや不服そうに己の左手にある神盾を横目に見遣る。


「ちぇ、みんないいよなぁ、カッコイイ武器持っててよ」

「クリフのにも両剣がついてるによ、内側の下部分にあるはずだに」

「えっ、マジ?」


 思わず愚痴をこぼしたのだが、ジュードの肩にしがみつくライオットから言葉が返ればクリフは思わず目を丸くさせてオートクレールを掲げた。すると、確かに盾の内側――下方になにかがついている。それは両剣の持ち手だろう。

 引き抜いてみると、長さはそれほどのものではない。三十センチほどの筒のようであった。

 しかし、ぐ、と力を入れて握り込んだ刹那――ライオットの言葉通り形状は両剣らしく、上下から眩い雷光に包まれた刃が出現したのだ。


「おおっ! ……けどよ、あのオッサン見るからに地じゃね? これ、効くのか?」

「……」


 出現した両剣の刃を見て、なぜかライオットがえっへんと誇らしげにしていたが、続く問いには勢いを失ってすぐにアグレアスの方に向き直ってしまった。

 アグレアスは地属性――雷の攻撃はまったくと言っていいほどに受けつけないのだ。

 そんなライオットの様を見て、クリフは小さく溜息を吐くと静かに構え直した。



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