第三十四話・再会と襲撃
都の東側へと向かったイスキアたちは次々に襲いかかってくるゾンビたちを前に、各々駆けながら攻撃を繰り出す。
イスキアが片手を真横に薙ぐと、鋭い風の刃がいくつも飛翔し、群れる者たちを瞬く間に斬り裂いていく。サラマンダーは腰に提げていた刀を引き抜き、刀身に紅蓮の炎を纏わせて先頭を猛烈なスピードで走り、行く手を塞ぐ者たちをバサバサと斬り捨てた。
アンデットは火と光に弱い、彼の攻撃はこの場で非常に有効だ。
「おい、生きてる奴はいるのか?」
「今のところ声は聴こえないわ。これだけの騒ぎだもの、無事な人間がいれば悲鳴を上げたりすると思うんだけど……」
「右も左もゾンビまみれナマァ……」
イスキアの元へ風が届けてくれる声はと言えば、辺りから聞こえてくる無数の呻き声ばかりだ。それらに混ざって、時折ジュードたちやウィルたちの声も聴こえる。どうやら、彼らも未だ生存者の発見には至っていないらしい。
トールはイスキアの頭の上に腹這いになりながら、大きな目を涙で潤ませながら右や左にと視線を投げかける。
「ただでさえこの国はトールちゃんの苦手な場所ですのに、こんな有り様ひどいですうぅ!」
「んもう、頭の上で泣かないの。とにかく進むわよ、東も西も道なりに進めば中央広場に着くわ。そこでジュードちゃんたちと合流しましょ」
「了解ナマァ!」
「お前は俺様の肩に乗ってるだけだろーが!」
イスキアの言葉にノームは短い手を挙げたのだが、現在のノームがいる場所はサラマンダーの肩の上だ。人型をしているイスキアやサラマンダーとは形状もサイズも違い過ぎて、こうでもしていないとはぐれるのは明白である。
そんな、返事だけは立派なノームを横目に見遣りながらサラマンダーは声を上げると、駆ける足は止めぬまま再び武器を振るった。
* * *
西側へと向かったウィルたちの目にも、無事な者は見つからない。それどころか人一人見つけられなかった。マナもルルーナも、先ほどよりは随分と落ち着いたようには見えるが、依然として顔色はあまりよくない。
特に、ルルーナは状況が状況だ。恐らくこの都か城のどこかに母であるネレイナもいることだろう。ウィルたちにとっては好意的に見れない相手であっても、カミラの言う通りルルーナにとっては実の母なのだ。
「(ルルーナも心配だけど、リンファも……大丈夫かな)」
ここは地の国、そしてネレイナはリンファにとってなによりも憎い存在だ。彼女の事情を唯一知るウィルには心配ばかりが押し寄せてくる。
ウィルとリンファは先頭を共に駆けながら、周囲に目を凝らす。
美しかった多くの建物は外観こそ形を留めているものの、生々しい鮮血がべっとりと付着していた。
しかし、そこでウィルはひとつ違和感を覚えて静かに立ち止まる。それを見て、隣を駆けていたリンファもやや遅れて速度を落とし、やがて止まった。
「ウィル、どうしたの?」
「……変だ、なんでこんなに静かなんだ……?」
イスキアたちの方と比べて、この西区は生き残りどころかゾンビの姿さえ見えない。地面や建物に血がついているところ見ると、この場で争い自体はあったはずだ。
だというのに、遺体も肉片のひとつも落ちていない。あるのはただただ広がる血だまりと、あちこちに飛び散った鮮血だけ。
「私も思いました、先ほど外から見た際には都にゾンビの群れが突入していたはずです。他の区画に集中したのかもしれませんが、争った形跡があることから近くに潜んでいるものだとばかり思ったのですが……」
「……言われてみると、確かに変ね」
その後ろを駆けていたマナとルルーナも彼らに合わせて足を止めると、そこでようやく周囲に視線を向けた。
都の外から見た時は、千はいると思った集団。にもかかわらず、この西側区画にはその姿がひとつも見えないのだ。そうなるとジュードたちや、イスキアたち精霊の方が心配にもなってくる。彼らの方にはうじゃうじゃと群れているのではないか、と。
だが、そんな時だった。
まっすぐに伸びて続く道の先から、恐らくは生き残りのものと思われるけたたましい悲鳴が聞こえてきたのだ。
「キャアアアァ――――ッ!!」
まるで都全体に響き渡るような悲鳴だった。
ウィルたちは咄嗟にそちらに向き直り、各々武器を構えて駆け出す。現在進行形で襲われているのならば、急げば間に合うかもしれない――そんな淡い希望を持って。
目の前に見える石造りの階段を駆け上がり、更にまっすぐ伸びる道の中央。そこでようやく人影を見つけた。
「た、助けて! いやああああぁっ!!」
そこには、悲鳴を上げた本人と思われる一人の女性がいた。
彼女はうつ伏せに倒れ込み、階段を駆け上がってきたウィルたちに必死になって片手を伸ばしてくる。だが、その背中は踏みつける形で上から押さえられ、その場から動くこともできずにいた。
無論――彼女の背を踏みつけているのは人ではない。けれども、ウィルはその姿を目の当たりにして思わず愕然とした。
否、それは彼だけではなかっただろう。その場に居合わせた仲間全員が、状況も忘れて言葉を失っていた。
「……シルヴァ、さん……」
泣き叫ぶ彼女の背中を踏みつけるゾンビは――かつての仲間、シルヴァだったのだ。
頭の高い位置で綺麗にまとめられていた髪はほどけて背中に流れているし、身に着けていた軽鎧は肩や胸部が破損し既に鎧の役割を果たしていないが。
それでも、間違いなく彼女本人だった。
己を呼ぶ声にか、それとも新たに人間がやってきたことにかは定かではないものの、ゆっくりとウィルたちに目を向けたシルヴァの顔は――到底人間とは思えない、蒼白さを持っていた。
* * *
中央へと進んだジュードたちは、辺りから群がってくるゾンビ集団を相手に各々武器を振るう。ジュードが前、カミラが殿を務め、クリフを中央に挟んだ形だ。ジュードやカミラでは手が回らないと判断した場所へは、ちびが飛び出て対処する。
生き残りは――今のところ、一人もいない。
誰もが皆、肉体を喰い捨てられて絶命しており、五体不満足な者ばかりだった。
しかし、中には片腕や片足が欠けてはいるものの、まるでウィルスにでも感染したかのようにゾンビと化している者もいる。アンデット化した者に咬まれた者が、わずかな時間の経過と共に今度は新たなアンデットとなり、その数を増やしているのだ。
流石に頭部や内臓を深く喰われた者はアンデット化はせず、そのまま絶命するようだが。
「生き残りは、無事な人はいないのか……!」
今や、地の都グルゼフはアンデットの巣窟となってしまっていた。
呻くような声を上げて襲いかかってくるゾンビの群れを前に、ジュードは痛ましそうに表情を顰めると片手に持つ聖剣を振るう。光り輝く刃は彼らの身を斬り裂くや否や、魂を浄化するかのようにその身を溶かしていく。細かな砂のようになり、そのまま光へと溶けて消えていくのだ。
死の雨にやられた者を殺せば、魂は永遠にこの世を彷徨うとメルディーヌは言っていた。
そのため、本当に浄化できているのか否かはジュードにはわからない。しかし、そうであればいいと、内心で願った。
『……西側から悲鳴は聴こえたが、この近くにはいないな』
「勇者様の耳どうなってんだよ、よく聞こえるねぇ」
『風の神柱の力だ、別に俺の耳がいいわけじゃない』
先ほどの悲鳴はジェントの耳に届いてはいたが、現在の場所からでは距離がありすぎる。それに、西側であれば自分たちが急ぐよりもウィルたちがなんとかしてくれるだろう。恐らくはイスキアも同じように考えるはずだ。
クリフは感心を通り越して怪訝そうな面持ちで呟くが、ジェントは一言だけを返して進行方向に視線を戻す。カミラはそんな彼を最後方から見つめていた。
「(ジェントさんは四神柱の力を使えるから、なのかなぁ……?)」
初めて彼の素性を知った時、ライオットが言っていたのだ。四神柱はジェントの魂に自分たちの刻印を刻んで力を託した、と。彼が伝説の勇者だと知ってからそれなりに経つが、その能力に関してはわからないことだらけだ。
しかし、次の瞬間――そんなことを考えてもいられなくなった。
『……! 全員散れ!!』
「え?」
『早く!』
不意に、そのジェントが声を上げたのだ。
クリフやカミラは目を丸くして間の抜けた声を洩らしたのだが、ジュードはいち早く真横に跳ぶ。理由はわからないが、彼が声を上げるのだからなにかがあるのだと、そう判断して。
すると、その刹那――ジュードとクリフのちょうど間の地面が大きく盛り上がり、中から巨大なミミズのような物体が突き出てきたのだ。
「きゃあぁッ!」
「な、なんだ、コイツは……!?」
「き、気持ち悪いにいいぃ!」
クリフは咄嗟に後方にいるカミラの身体前に片手を添えて彼女を庇うと、天を仰ぐミミズの口から何かが飛び出してきたのを見て眉を寄せる。
ジュードの前と、カミラの後ろに降り立ったそれは――魔族だった。それも、できる限り会いたくはない、アグレアスと、このゾンビ地獄を生み出した張本人のメルディーヌだ。
都には魔族の侵入を阻む結界が張り巡らされている。そのため、地中からやってきたのだろう。
「久しいな、贄。ほう、今日は見たことのない奴もいるじゃないか、例の小僧の姿が見えんのが残念だが、まあいい」
「クフ、クフフ……! さあさあ、楽しくいきましょうかねえぇ……!」
戦力を分散している時に、最悪な状況だ。
アグレアスの強さはもちろんだが、メルディーヌは全員でかかって辛うじて追い払うことができたほどの敵、ちびを含めた四人で戦うのは非常に難しい。
ジュードの前にアグレアス、カミラの後方にメルディーヌ。現在の場所は中央広場より手前の商店街通り。動き回るにも不向きだ。
それを考えてジュードは忌々しそうに奥歯を噛み締めた。




