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第三十三話・優先すべきこと


 ヴァリトラの背中に乗り込み、連れて行かれたトリスタンたちを追いかけてメネットの温泉旅館を北上したジュードたちだったが、王都グルゼフ近郊で彼らの一団を視認することができた。あと三十分も馬で走れば王都に着くだろうというほどの、目と鼻の先と言える距離だ。

 間一髪、間に合ったと言うべきか否か。


「いた! あれね!」

「ああ、けど……ちょっと待て、なにか様子がおかしいぞ」


 その姿は、高度を下げたヴァリトラの背の上からでもハッキリと確認できる。大きめの馬車の傍には、両手を胸の前辺りで拘束されたトリスタンたちがいた。

 都に連れ込まれる前に見つけられたことにマナは一度こそ安堵を洩らしたが、その傍らで地上を見下ろしていたクリフは怪訝そうに眉を寄せる。


 トリスタンたちを捕らえたと思われる兵士たちは馬車のやや前辺りに陣取ったまま、まったく動こうとしない。それ以上進むことを躊躇っているように見える。

 だが、どうしたのかとその視線の先を追ってみて、即座に理由は理解できた。


「おい、ジュード……あれ……」

「……ああ」


 兵士たちの視線の先――そこは、王都グルゼフだ。

 しかし、彼らが見ているのは王都の門や街並みなどではない。その王都に雪崩のように押し寄せる、ゾンビの群れであった。

 街の中がどのような騒ぎになっているか、この場所からでは流石に距離がありすぎて窺えないが、その数は見るのも恐ろしくなるほどだ。百や二百程度ではない、千人ほどはいる。


「ジェントさん、死の雨(トール・レーゲン)にやられた人は自分たちで数を増やせるんですか?」

『少なくとも四千年前はそのようなことはなかった。だが、メルディーヌのことだ。魔心臓にあのような生き物を仕込んできたというのもある、その可能性は否定できない……あの数を見るとな』

「……そうね。私たちは水の国でゾンビ集団に遭遇する前に逃げちゃったから、具体的な数までは把握できてなかったし……」


 ともかく、今はトリスタンたちを助けるのが先だ。

 急降下していくヴァリトラの背から振り落とされないよう、ジュードたちは各々身を低くさせて双眸を細める。

 すると、上空から竜が降ってくるのに気づいたトリスタンたちは、顔面をサッと真っ青にさせて悲鳴を上げた。その声に兵士たちは後方を振り返るが、その視界に映るのは急降下してくる蒼い竜の姿――彼らもまた顔面蒼白になると、慌てふためいて逃げ出し始める。


「ありゃりゃ、逃げてっちまったぞ。大丈夫かね、あいつら……」

「無駄な戦いにならなくてよかったと思うべきでしょ、どうせ馬車を置いて遠くまで行ったりしないわ」


 クモの子を散らすように散り散りになって逃げていく兵士たちを見て、クリフは呆れたような表情を浮かべるものの、彼の後ろにいるルルーナは至極当然のことのように平然と言ってのける。

 ジュードとカミラは慌てたようにヴァリトラの背中から降りると、驚愕と恐怖で腰が抜けたのかその場に尻もちをついたトリスタンたちに駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか!? メネットさんに話を聞いて助けに……」

「あ……あんたらは、地上げ屋の時の……」


 トリスタンは、ジュードたちの姿を見てようやく安堵したように深い息を吐き出した。ウィルたちも遅れてヴァリトラの背中を降りると、腰から短刀を引き抜きながらリンファがトリスタンたちの傍らへと駆けていく。そうして、彼らの手を拘束したままの縄を切り離した。

 ゾンビの集団は王都に群れているらしく、不幸中の幸いか近場にはその姿は窺えない。

 カミラはそれを確認してから、心配そうにジュードに目を向けた。


「ジュード……どうするの?」

「……王都はメチャクチャよ、今なら神器を取りに行っても国王に気づかれないで済むわ」


 不安そうなカミラに続くのはイスキアだ。

 確かに、神器を取りに行くのであれば今が最適だろう。王都グルゼフはゾンビの群れに襲われ、とてもではないがジュードたちの相手などしていられないはず。

 トリスタンたちと合流もできたことから、王都にわざわざ行く必要などないのだ。

 しかし、ジュードは二人から向けられる問いかけに静かに頭を左右に振った。


「王都に行こう、確かにあの時は色々あったし地の国の王族は好きじゃない。でも、だからって見捨てるのは違う」


 ハッキリと返る言葉に、カミラは瑠璃色の双眸を一度丸くさせはするものの、すぐに花が咲いたように笑った。イスキアはやれやれと、呆れたように肩を竦めてはいたが、無理に止めることはしない。

 マナはトリスタンたちに特に目立った外傷がないことを確認してから、ヴァリトラを見上げた。


「ね、ねぇ、ヴァリトラの力で王都を助けてあげることはできないの? グルゼフにだって結界張ってあるはず、よね……?」

「我が張った結界はあくまでも魔族の侵攻を防ぐためのもの――アンデットと化してしまった者は魔族ではなく、魔物の括りだ。襲撃している者を消し飛ばすことは可能だが、人間も巻き込まれるぞ」

「そ、それは困るな……」


 ヴァリトラはこの世を創った神だ。神さまならば現在王都を襲うゾンビたちもなんとかできるのではないか――マナはそんな淡い期待を抱きながら声をかけたのだが、ゾンビ集団と共に人間も共に吹き飛ばされては本末転倒だ。

 傍で聞いていたウィルも眉尻を下げて苦笑いを滲ませる。そうなれば、自分たちの手でなんとかするしかない。


「ヴァリトラ、トリスタンたちを連れてメネットさんのところへ。このまま一緒に王都に行くのは危険すぎる」

「よかろう、すぐに戻るが気をつけるようにな」


 トリスタンやその同僚たちは未だに状況を完全には把握できていないようだが、それでも助かったということだけはわかるようだ。心配そうな視線を投げかけてくる。


「メネットは……メネットは、大丈夫なのか?」

「はい、トリスタン様たちのことでとても胸を痛めておいででした。ご無事なお姿を見せて、安心させてあげてください」

「あ、ああ……ありがとう……」


 連行される間も心配だったのはやはり最愛の妹のことか、リンファから返る言葉にトリスタンはありありと安堵を滲ませた。そんな文字通りの兄としての顔を覗かせる彼に、自然とリンファの顔つきは和らぐ。

 羨望がないわけではないが、純粋に微笑ましいと思ったのだ。


 * * *


 トリスタンたちを乗せたヴァリトラを見送ったジュードたちは、目と鼻の先に見える王都に突入したのだが――状況は彼らが思っていたよりも、遥かに深刻そうであった。

 王都の美しい街並みは生々しい鮮血でべっとりと染まり、外であるというのに血の生臭い匂いが辺りに漂う。綺麗に整えられていたはずの地面には血だまりができていたり、思わず目を背けてしまいたくなる――人のものと思われる肉片や骨が落ちていた。


 マナやルルーナは胃の辺りがムカムカとし始めたか、胃液が逆流しそうになるような猛烈な吐き気に、慌てて片手で口元を押さえる。

 リンファやカミラとて、このような光景に慣れているわけではないが――リンファは闘技奴隷としての経験が、カミラは皮肉にも壊滅したヴェリア王国跡地の惨状を見たことで、ある程度の免疫はついていた。

 イスキアはマナとルルーナの背中を摩ってやりながら、不愉快そうな面持ちで辺りへ視線を投じる。


「……嫌な感じねぇ……」


 彼は風を司る大精霊だ、ヴァリトラの背中の上でメネットの悲鳴が聞こえたのは風が色々な音を運んできてくれるためである。

 それゆえに、聞きたくはない声や音も拾ってしまうのだが。

 王都の至るところから聞こえてくる人々の悲痛な叫びや、地鳴りのような呻き声に加え、生の人肉を貪り食う生々しい音。それらにイスキアは表情を歪ませた。


「生き残りを助けるなら手分けした方がいいでしょうね、ただでさえだだっ広いみたいだし……」

「え、え……バラバラになるの? だ、大丈夫かな……?」

「神器持ってんだから情けねぇ声出してんじゃねーよ、持ち腐れにしやがったら許さねぇからな」

「わ、わかってるわよ!」


 確かに地の王都は広い。各地に点在する国々の中でも一番広く大きい都が、このグルゼフだ。

 固まって動いていては、助けられるはずの命も手が回らずに助けられなくなる。

 マナは一度こそ不安そうに呟いたが、そんな彼女に純粋な文句があるのか、はたまた鼓舞するつもりなのか即座にサラマンダーが吐き捨てるように言葉を向けた。


「じゃあ、アタシたち精霊は東側に行くわ。神器があるから大丈夫だとは思うけど、油断しないようにね」

「はい――オレは中央に行くよ、ウィルとマナと、ルルーナにリンファさんは西を頼む」

「オッケー! カミラとクリフさんはジュードと一緒に行って、魔法が飛んできてもクリフさんがいれば大丈夫だろうし」

「ラ、ライオットもマスターと一緒に行くに!」


 テキパキと振り分けられていく様子を忙しなく見回していたライオットだったが、前回来た時のこともあるためか、やはり心配は払拭しきれないらしい。イスキアの頭からジュードの肩に飛び乗ると、なぜだか妙に偉そうにえっへんと胸を張る。

 それを確認してからジュードたちはそれぞれ己が行くべき方へ向き直り、駆け出した。


 王都の至るところにゾンビ集団が潜んでいる。

 決して油断はできない状況だ。



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