第三十話・墓標
「ったく、なんでこの俺様がお前らなんかに協力してやらなきゃならねーんだ」
火の神殿をあとにしたジュードたちは、外で待つヴァリトラの元へと戻ってきていた。
この次は地の国グランヴェルにある地の神殿に赴き、新たなる神器を手に入れる必要がある。陸路ならば時間はかかるが、ヴァリトラがいれば空から行ける。大幅な時間の短縮になってくれることだろう。
そんな中、身を伏せるヴァリトラの背中に乗り込んだサラマンダーは不満たっぷりといった顔で小さく呟いた。
火の大精霊フラムベルクと命の大精霊フレイアは、この地に強く根づく負の感情を浄化し続けなければならないため、今はまだ神殿を離れられないのだと言う。この火の国は他国よりも遥かに魔物の狂暴化が進んでいる、それほど負の感情の影響が強いのだろう。
これ以上魔物が狂暴にならぬように、彼女たちが抑え込んでいるものと思われる。これまでは彼女たち自身の力で抑えなければならなかったが、先日竜の神であるヴァリトラが蘇ったことで今後は負担も減るはずだ。
ヴァリトラは、この世界全ての負の感情を浄化できる神なのだから。
もっとも、世界規模で負の感情が蓄積しすぎたためにヴァリトラでも浄化に時間はかかるのだが。
「仕方ないでしょ、フラムベルクの命令に不満でもあるの?」
「うっ……」
サラマンダーが洩らした不満に答えたのは、その隣に乗り込んだマナだった。するとサラマンダーは言葉に詰まり、閉口する。彼にとってフラムベルクはなにかしらの特別な存在なのだろう。
マナはそんな彼を横目に見遣ってから、未だヴァリトラの背中に乗り込んでいない仲間たちへ視線を向けた。
「おーい、そろそろ行くぞ。ジュード、どうしたんだ?」
「え、ああ……」
残っているのはウィルとリンファ、ジュードとカミラの四人だけだ。
ウィルは神殿の傍で屈み込んでいるジュードを振り返り、どうしたのかと首を捻る。その声に気づき、マナたちの後に続こうとしていたカミラとリンファもそちらに向き直った。
「……具合、悪いのか?」
「いや、そうじゃなくて……」
先ほどまでジュードは錯乱していた身だ、トラウマを抉られて具合が思わしくないのかもしれないとウィルは心配になった。その傍らに歩み寄り、具合を窺おうとしたのだが――ジュードの隣に並ぶと、そんな不安も鳴りを潜める。
地面に屈むジュードの手は、そこに砂遊びの如く土を積み上げて小さな山を作っていたからだ。なにを遊んでいるのかと言いかけて、その文句は喉の奥へと沈む。
その山の真ん中に、木の枝が縦に刺されていたためである。それは、まるで簡素な墓標のような姿形。
「……墓?」
「イヴリースって魔族だったけど、なんか……可哀想だったなって思ってさ」
イヴリースはこれまでジュードたちと敵対してきた魔族ではあったが、最後はオロチの培養体となって死んだようなものだ。まるで使い捨てにされたような彼女に、ジュードは純粋な憐れみを覚えたのだろう。
ウィルはそれを咎めることはしない。傍に駆け寄ってきたカミラやリンファも同じだった。
アグレアスもそうなのだが、イヴリースもまた、弱者に興味はないというようなタイプだ。
前線基地に攻めてきた際は基地全体を燃やそうとはしたが、王都ガルディオンに攻めてきた時は――ウィルやカミラに問答無用に襲いかかってくるようなことはなかった。
それらを考えると、なんとも言い難い複雑な感情が胸中に湧いてくる。
敵である以上、勝ち負けがあるのは当然だが――せめて手を合わせてやりたいと、言葉には出さないがそう思った。
* * *
一方で、魔族の住処となっている旧ヴェリア王国跡地の城には、なにやら不気味な笑い声が木霊していた。
音の出所となったのは、アルシエルが玉座に鎮座する謁見の間だ。
玉座にはアルシエル、それと対面する形でメルディーヌが跪いているのだが――両者の間には、離れた場所を映し出すことができる水晶が置かれている。
アルシエルはその映像を眺めながら喉を鳴らして笑い、メルディーヌは子供のように表情を笑みに破顔させていた。けれども、無邪気さはカケラも見受けられない。そこに滲むのは――隠し切れない憎悪だけだ。
「クク……どうするのだ、メルディーヌよ」
「フフ、クフフ……当然決まっております。このような巡り会い、またとない機会でしょうからな……クフフ……!」
アルシエルから向けられる問いに、メルディーヌは愉快そうに笑い声さえ洩らしながら静かに立ち上がると水晶へ近づき――両手でその表面に触れて鷲掴みにした。
淡い輝きを放つ球体は、現在は火の国にいるジュードたちの姿を鮮明に映し出している。だが、彼らの目が捉えていたのはこの時ばかりはジュードではない。
ジュードの傍らで、彼らを心配そうに見つめる赤毛の男――ジェントだ。
メルディーヌの顔に深い裂傷を負わせた張本人であり、最も憎悪する対象。それを理解しているからこそ、アルシエルは口角を引き上げて笑う。
メルディーヌは食い入るように彼の姿を見つめながら、片手の指先で己の顔に刻まれた傷をそっと辿る。その指が微かに震えているのは――無論、恐怖ではない。殺しても満ち足りぬほどの憎悪を抱く宿敵に再会できた喜びだ、言葉にならぬほどの。
「例え肉体を持たずとも、このワタシは死霊使い……魂を死滅させるなど容易いこと。クフフ――積年の恨み、晴らしてくれるわッ! フフ、ハハハッ、アッハハハハハ!!」
アルシエルは、歓喜に打ち震えるメルディーヌを玉座に腰かけたまま静かに見守っていた。
――楽しくなりそうだと、そんなことを思いながら。




