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第二十六話・力の差


 イヴリースが高く声を上げると彼女の背に生える四枚の翼が大きく開き、前後左右全てに無数の火矢を放った。それらは問答無用に最深部の壁や天井を破壊し、辺りには大小様々な岩の破片が転がる。

 精霊が住まう場所ということもあり、通常の洞窟よりも遥かに頑強な造りではあるようだが、だからといって崩落しないとは限らない。ここは地下――万が一崩れでもしたら、生き埋めになってしまう。


「くっそ……! あの翼をなんとかしないと……!」

「やってみるわ!」


 近づこうにも、翼から次々に発生する火矢に妨害されて距離を詰めることも難しい。聖剣と火の神柱(しんちゅう)の加護を受けているジュードならばそれも可能かもしれないが、先ほどの破壊力を見る限り無傷とまではいかないだろう。

 灼熱地獄から解放されたことで随分と元気になったマナは、そんなジュードを見据えると片手に持つ杖に意識を集中させていく。カミラの治癒魔法もあって、体力をガンガン削られた仲間たちも徐々に復帰しつつあるようだ。


 見たところ、イヴリースの翼はむき出しの状態。特に炎に包まれているようなこともない。

 これなら、火の魔法であっても通るだろう。

 そう踏んだマナは今現在、己が扱える魔法の中で最も威力が高いものを選び、詠唱を始めた。これが効かなければ、自分では力になれない――そう思いながら。


「……お願いだから、これで大人しくなってよ――バーニングレイッ!!」


 マナが杖を掲げると、凝縮された炎の魔力がイヴリースの頭上へと出現する。それを見てジュードは咄嗟に後方に跳び退き、爆風に備えて顔の前で両手を交差させながら様子を窺った。

 すると、その刹那――上空に出現した炎の魔力は眩い光を放ち、二百を超える無数の炎が弾丸のように頭上から勢いよく降り注いだのである。

 バーニングレイ――それは火属性の上級攻撃魔法であり、単体を集中的に攻撃するのに適したものだ。一発一発はガラス玉程度の大きさではあるものの、その一発は人の身を簡単に貫通できるほどの破壊力を持っている。


「……」


 けれども、イヴリースはそれらを見上げると、薄く口角を引き上げて笑った。

 そして再び背中の翼を広げて火矢を出現させたかと思いきや、上空から降り注ぐ炎の弾丸をその火矢で全て打ち砕いてしまったのだ。

 砕けた破片が辺りへ飛び散り、ウィルとリンファは思わず近くの岩陰に隠れ、カミラは依然として気を失ったままのサラマンダーを庇おうと、ライオットたちと共に彼の身の上に覆いかぶさる。

 クリフは神盾オートクレールで己のみならず、マナとルルーナの身を守るべく彼女たちの前に立ち塞がった。


「ははは! 所詮は人間だな、この程度で終わりか?」

「う、嘘でしょ……そんな……!」

「我が身を炎で焼こうなど、笑止千万! 身のほどを知れ!!」


 イヴリースは愉快そうに笑い声を上げた末に、再び大きく息を吸い込み――次の瞬間、マナへ向けて炎を吐き出した。クリフはそれを見て眉を寄せながら双眸を細めると、純白の光を放つ大盾を使って炎の侵入を防ぐ。

 だが、炎は防げばそれで終わりではない。真正面から襲い来る炎を盾で防ぐことはできたが、左右に広がった火は盾に守られたクリフやマナ、ルルーナに熱で攻撃してくる。


「それなら……ッ!」


 カミラは口唇を噛み締めてケリュケイオンを構えると、今度はイヴリースの身を大きな光の玉で包み込んだ。それは、光属性の――フォトンブライトという上級攻撃魔法。

 対象を光の玉で包み、その刹那――光の魔力を玉の内部で爆発させる、こちらも単体を攻撃するのに適したものだ。

 大きく爆ぜたフォトンブライトに対し、イヴリースは忌々しそうに舌を打つものの――確かに身に負わせた傷は、瞬く間に再生していく。まるで水の都で対峙したメルディーヌのように。


「ほう、私に傷をつけられる者がいるとは……だが、その程度ではなァ……」


 イヴリースは己の全身に刻まれた傷痕に意外そうに目を丸くさせるが、狼狽えてみせるようなこともない。カミラの魔法とて、歯牙にもかけることはなかった。

 リンファはイヴリースの真後ろから飛びかかるが、彼女が振り下ろした短刀はその身に触れるよりも先に――逆にその鳩尾にイヴリースの拳が直撃する。後ろからの奇襲など読めている、そう言いたげに。


「ふははッ、水属性を持っていようと力の差が歴然であれば恐れるようなものではない。水滴は業火の前では一瞬にして蒸発するのだよ」

「コイツ……!」

「恐れるのは――やはり聖剣と神器であろうな」


 ジュードとウィルはほぼ同時に駆け出し、ジュードは後方から、ウィルは真横から襲いかかる。

 だが、当のイヴリースは両手に炎を纏わせると片手でゲイボルグを、もう片方で聖剣の切っ先を掴んで受け止めてしまった。それを確認するや否や背中の翼を広げ、今度は二人と――足元にいるリンファへ照準を合わせて火矢を出現させる。

 武器を手放して避けるか、それとも武器もろとも無数の火矢を喰らうか――どちらも選べなかった。そんな時間を敵が与えてくれるはずもないのだ。


「ガウウゥッ!」

「むっ……!?」


 しかし、翼に集束する火矢が放たれる前にジュードの中から飛び出したちびが、イヴリースの首元を目がけて咬みついた。いくら魔族であれ、首はやはり急所だ。ここを喰い千切ってしまえば――ウィルはそう思ったのだが、その考えが甘かったことを知った。

 魔心臓から突き出す不気味は手はちびの身を捕らえると、無理矢理に首元から引きはがしたのだ。それでもちびはオオカミ型、咬みつく力は生半可なものではない。

 引きはがす力が逆に助けとなりイヴリースの首元は大きく喰い千切られ、強制的に切断された動脈からは大量の血が噴出した。


 だが、それでもイヴリースにはまったく堪えた様子が見られないのだ。普通の生き物であれば、動脈は致命傷だというのに。


「嘘だろ、あんなに血が……出てんのに……!」

「クククッ、まだわからないのか? 私は既にこの女(・・・)ではないということが」

「……!? お前、一体……イヴリースじゃないのか!?」


 ウィルが洩らした言葉に対し、イヴリースの形をした何者かは愉快そうに喉を鳴らして笑う。ジュードはその返答を聞いて、怪訝そうな面持ちで疑問をぶつけた。

 目の前にいるのは確かにイヴリースだ。けれども、その本人は自分は別人であると匂わせてくるのだから、疑問を抱くのは当然である。


「私はオロチ――この女は私を育てるための培養体に過ぎん、その役割が終われば――あとは用済みだッ!」


 オロチ――そう名乗った何者かは、彼女の鳩尾に鎮座する魔心臓を突き破り、その姿を現した。

 イヴリースの腹部分からズルリと抜け出てきたオロチは、一体魔心臓のどこに、どのようにして入っていたのかは定かではないが、非常に長い身の丈を持っている。両手と翼こそあるものの、それより下部分は完全にヘビの形だ。

 ――そう、ヘビの形なのだ。


「あ……」


 それを見て、ウィルは思わず声を洩らした。

 それまで彼女の身を動かしていたと思われるオロチがイヴリースの中から抜け出たことで、掴まれていた武器は解放されたものの――ウィルは動けなかった。傍らのジュードが気になったのだ。


 ヘビ。

 それはジュードの弱点でもあり――狂戦士(バーサーカー)と化す唯一のスイッチでもある。

 ウィルが横目に見たジュードの顔は、見る見るうちに蒼褪めていき――そして、次の瞬間には聞く方が恐ろしくなるほどの悲鳴を上げた。

 これ以上の怖いものなどないとばかりに。


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