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第二十五話・新たなる神器


「あ……つい、あつ、い……ッ!」

「はッ、は……ううぅッ……!」


 不意に全身を襲った衝撃と熱に受け身も取れずに吹き飛ばされた面々は、地面に転がり唸るような声を洩らしていた。全身を襲う熱に脳はオーバーヒート寸前だ、下手をすればショック死を起こしてもおかしくはない。

 マナとルルーナは身が燃えるような熱さと激痛にパニックを起こし、苦しそうに喉元を押さえる。クリフはそんな彼女たちの元へ身を引きずりながら近寄るが、この状況でできそうなことなど――なにもない。


 リンファは同方向へ吹き飛ばされたウィルの身を支えながら、必死に彼の容態を窺った。リンファ自身は水の属性を強く有しているため、他の面々よりも随分余裕はあるがウィルはそうはいかない。

 現に普段は冷静な彼の様子は深刻なものだ。呼吸は荒く、顔色は非常に悪い。リンファが傍にいることにも気づいているのか否か――焦点は合っておらず、今にも倒れてしまいそうだ。


「ウィル様……しっかりなさってください!」


 リンファが声をかけても反応は返らない、ただ荒い呼吸を繰り返して脂汗とも冷や汗ともつかぬものを滲ませては垂らすばかり。

 彼女にとってウィルは大切な仲間の中でも特別な存在だ、彼がいてくれたからこそリンファは今この場にいて、心から大事だと思える仲間を手にすることができた。恩のある相手なのである。

 そんな相手が、もしかしたらこのまま死んでしまうのではと思うと恐怖で足が竦んでしまう。


 カミラは精霊たちと共に吹き飛ばされ、こちらもまた全身を襲う熱に四つん這いになり苦しそうに固く目を伏せる。ライオットやノーム、トールはともかくイスキアは非常に苦しそうだ。

 大丈夫なのか、カミラは意識が薄れながらも仲間の苦痛を少しでも取り除かねばと治癒魔法の詠唱を始める。

 そしてトールは苦しそうなイスキアの傍らにふよふよと浮遊して近寄ると、いつになく真剣な面持ちでその頭に乗った。


「イスキア、シルフィードになるですぅ!」

「な、に言ってるの……この状況でシルフィードになんて、なったら……」

「いいから、なるんですぅ!」


 最深部全体が、灼熱の炎で満たされている。このような場で風の神柱(しんちゅう)であるシルフィードになっても役には立てないだろう。風は火に圧倒的に弱いのだから。

 けれども、トールは退こうとはしない。イスキアはそんな様子に怪訝そうな表情を浮かべながらも、それ以上は追究せずに要求を受け入れた。


「――わかったわ、どうなっても知らないわよ!」


 一方で、不意に吐き出された炎にジュードは反応が遅れ、回避など間に合わなかった。ジェントに火の神柱の加護を与えられているとは言え、勢いよく迸る炎。完全には――防げなかった。

 不幸中の幸いか魔法ではなかったようだが、身を焼くような熱にジュードの表情は自然と歪む。この熱と炎は、先ほどまでイヴリースが放ってきたものとは威力も質もまったく異なる。火の神柱の加護を受けていても、強烈な熱を感じるほどだ。


 既にイヴリースと呼んでいいかさえわからぬ彼女は、それでも倒れることなく立っているジュードを見据えて口角を引き上げて笑う。

 そして嬉々とした様子で飛びかかってきた。その速度は――これまでとは比べものにもならない。まるで猛獣のようだ。


「くははッ! 面白い!」

「ぐっ! うぅ……このッ!」


 躊躇なく叩きつけられる腕は、非常に重い。逆手に携える短剣で防ぐことはできたが、互いの力が拮抗し、わずかにでも油断すれば簡単に押し込まれてしまいそうだ。

 彼女の表情には余裕が見て取れるが、ジュードは全身に感じる熱のせいで余裕などというものはまったく存在しない。

 こうしている間にも、ウィルやリンファ、カミラや精霊たちは辺りで燃え盛る業火にめりめりと体力を削られていく。このまま居続ければ、脳がパンクして命を落としてしまう可能性もあった。


 既に意識が朦朧としているだろうマナとルルーナを支え、少しでも熱から守ろうとクリフは盾に彼女たちを隠すが――部屋全体が灼熱地獄だ、効果などまったくない。


「(このままじゃ、みんなが……!)」


 だが、そんな時だった。

 不意に辺りを眩い輝きが包んだのだ。

 ジュードは刃を寝かせて鍔迫り合いを一旦やり過ごし、素早く真横に跳んで身構えると同時、後方へと目を向けた。なにが起きたのか、それを確認したかったのだ。

 すると、彼の目に映ったのは――カームの街で見た、あの風の神柱シルフィードだった。


「シ、シルフィード……こんなところで、なんで……!?」


 属性相性はジュードでも理解はしている。このような炎が燃え盛る中で、なぜシルフィードになったのか――彼にはその狙いがまったくわからなかった。

 だが、シルフィードは表情に幾分かの苦痛を滲ませながらも片手を高く掲げる。そうして声を上げた。


「――クリフ!」

「……へ?」


 不意に――本当に不意にかかった声にクリフは間の抜けた声をひとつ洩らすと、己を呼んだと思われるシルフィードに目を向けた。

 すると、当のシルフィード本人は掲げた手をクリフへと下ろし――彼の胸元に眩い光を出現させる。強い光に包まれていてよくは窺えないが、それはペンダントのようであった。


「な、なんだこれ!?」

「それを展開しろ! この状況を打破するには、それしかない!」

「よ……よくわかんないけど、これ……受け取ればいいのか?」


 展開しろと言われても、クリフにはまったく理解ができない。ペンダントに見えるが、それをどう使えばいいのか。

 なるようになれと、光り輝くペンダントを片手で掴んだ――その刹那。一際強い光を放ったかと思いきや、その輝きはクリフの全身を包み込み、彼の左手にある大盾に集束していく。

 すると、形こそ変わらぬものの、大盾が純白の輝きに包まれ始めた。


「クリフ、掲げるにいぃ!」


 ライオットの叫ぶ声を聞きながら言われるままにその盾を掲げると、純白の輝きが最深部全体を真っ白な閃光で照らし――それまで辺りで燃え盛っていた火柱と熱を綺麗に吹き飛ばしてしまったのである。

 それには当然、盾を掲げたクリフ本人がなによりも驚いた。


「は? え? あれ?」

「ク、クリフさん……なに、したのよ……」

「クリフ、様……あれは、もしや……」


 彼に庇われるような形で倒れ込んでいたルルーナは朧気な意識の中で呟き、ウィルの身を支えながら気功術を施していたリンファは、突如として吹き飛んだ炎と熱に思わずクリフを見つめていた。

 シルフィードは目を白黒させる彼にうっすらと微笑んでみせながら、随分と楽になった身を確認して言葉を向ける。


「それが、雷の力を持つ神盾オートクレールだ。本来ならもう少し見極めてから渡したかったんだが……期待を裏切ってくれるなよ」

「神盾って、え……これ、神器? おいおい、いいのかよ俺で……」


 クリフは己の左手にある純白の盾を目をまん丸くさせて見つめるが、こうして手にしてしまったからには仕方がない。深く思い悩まないのは、彼の短所でもあり長所でもある。

 ジュードはそんな光景を目の当たりにして思わず表情を綻ばせると、改めて武器を構えてイヴリースと向かい合う。

 対するイヴリースは――忌々しそうに表情を歪ませていた。


「小癪な……蟲どもがああぁッ!」

「――!」


 そう叫ぶと共にイヴリースは背中に生える四枚の翼を大きく広げ、ジュード目がけて無数の火矢を放った。

 ジュードは双眸を見開くと、咄嗟に真横にある岩陰に頭から飛び込む。

 すると、放たれた火矢は彼が立っていた場所や、その後ろの岩壁に叩き込まれ――深く抉れてしまった。まるで無数の砲弾でも撃ち込まれたような状態だ、並の破壊力ではない。

 そんなものを喰らえば、いくら聖剣の守りがあってもどうなることか。


『――ジュード、真ん中だ! 魔心臓を狙え!』


 ともかく、辺りを包む炎と灼熱地獄からは解放された。それだけで体力的にも精神的にも随分と違う。

 ジェントからかかる声にジュードは聖剣を握り直すと、盾にした岩から顔を覗かせた。

 確かに、今のイヴリースを突き動かしているのは魔心臓のように見える。鳩尾に鎮座するアレを叩けば――そう思ったジュードは素早い動きで岩陰から出ると、右手に聖剣、左手に短剣を持ち直して構えた。



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