第十一話・水祭りへの準備・二
ややあって何やら試着室の方が騒がしくなったのに気付き、ジュードもウィルもそちらに意識と視線を向ける。そこはマナとカミラがいる筈の試着室だったからだ。
何事か騒いでいるような声が聞こえてくると、ジュードは思わずそちらに足を向ける。ウィルも幾分慌てたように彼の後を追った。
マナとカミラが口論や喧嘩をするなどとは二人とも思ってはいないが、やはり心配にはなる。しかし、着替えが終わったのかどうか定かではない状態でカーテンを開くのは憚られた。
ジュードはもどかしさに軽く眉を寄せつつ――中で騒いでいるのか、揺れるカーテンを凝視する。
カーテンの中が気になるのは、ウィルも同じである。だが、問答無用に開ける訳にもいかない。開けてまだ着替えの途中であったのなら、どんな目に遭うかは考えなくても分かってしまう。
しかし、やがて目の前のカーテンの端が開き、中からマナが顔を覗かせた。
「……あ、ジュード。なんとかしてよ~」
「マナ、どうしたんだ?」
「カミラが、恥ずかしいって言って聞かないのよ。露出度が高いのは嫌だって騒いじゃって」
「露出……」
言葉通り困り果てたような表情を滲ませるマナの返答に、ジュードは一度復唱してから暫し黙り込む。
想像しようと意識せずとも、そこはやはり年頃である。今まで恋愛や、女性に対する過度な興味を持ってこなかったジュードとは言え、好意を寄せる少女が対象ともなれば別であった。
ジュードの頭は勝手に、露出度が高く際どい衣服を身に纏うカミラの姿を想像してみせる。
ルルーナのような胸元を強調するドレスだとか、肩や背中、腹部に太股を惜しげもなく肌を晒す踊り子衣装など。
勝手な想像を働かせて、ジュードは思わず片手で口元を押さえ耳まで赤くして俯いた。そんな分かり易い様子にウィルは改めて目を半眼に細めると、普段同様に強引に肩を組んで言葉を向けた。
「……ジュード、お前なに考えてる?」
真横から掛かるウィルの突っ込みに、ジュードはそのまま慌てて頭を横に振る。言葉を発するような余裕も、今のジュードにはなかった。口を噤んでいないとあられもない想像に叫び出してしまいそうだとさえ思ったからである。
これまで恋愛など全くしてこなかったジュードには、勝手な想像ながらそれは衝撃が大き過ぎた。
マナもジュードがどう言った類いの想像をしているかは予想が出来たらしく、胡散臭そうに――しかし、軽蔑するように軽く眉を寄せて目を細めながら一声掛ける。
「ジュード、あんたねぇ……あたしがカミラにそんな露出度の高い服を着せる訳ないでしょ。あたしより全然低い方なのに、嫌だって言って聞かないのよ」
マナはそう言うと、カミラの方を振り返る。ジュードやウィルからはカーテンで遮られていて見えないが、確かに中にはいるようだ。
マナが着用する衣服と言えば、コルセット型のドレスだ。肩や背中の上部こそ露出してはいるが、長い後ろ髪が背中を隠していることもあり、見た目的にはそう露出度は高くないと言える。スカートの長さも膝までと――年頃の少女が身に纏うにはごく普通のものであった。
このマナの衣服よりは低いと言うのに、カミラは一体何を恥ずかしがっているのか。ウィルは軽く首を捻る。
「カミラ、大丈夫よ。全然おかしくないから」
「だ、だだだって!」
「ほら、観念して出てきなさいって」
「キャ――――――ッ!!」
何やら未だに渋っているらしいカミラに、マナは痺れを切らしたように肩を疎めると、彼女の手を引いて無理矢理にカーテンの外へ引き摺り出す。
可哀想なほどに顔を真っ赤に染め上げて甲高い悲鳴を上げるカミラの姿はと言えば、マナの言うように彼女よりも露出は低い装いであった。
普段身に纏っているものと似た色をした、薄い水色のロングドレスである。ただし胸元で留めるタイプで、肩紐の類は付いていない。肩や背中、腕などはマナ同様に露出はしていた。しかし、丈は足首ほどの長さであり、階段などでは裾を引き摺ってもおかしくないほどのロングタイプだ。足は当然見えない。
腰に金色のベルトを巻き、頭には同色のカチューシャ。両サイドの髪を纏める金の飾りはそのままに、瑠璃色の長い髪は後ろで三つ編みにして結われている。
ウィルはそんなカミラの姿に緩く目を丸くさせ、数度瞬いた。
「……そんなに露出度、高いか?」
「だ、だって……わたし、今までこんな……肩も腕も、背中まで出すような服、着たことないもの……」
「ひい」だの「破廉恥だわ」だの、いつものようにか細い声で小さく悲鳴のように呟きながら両手で顔面を押さえるカミラに、マナもウィルも思わず笑った。筋金入りの純情少女らしい、普段は肩を出す衣服を着ていると言うのに、腕や背中はアウトだったようである。
ジュードはと言えば、カーテンの奥から出てきたカミラの姿を見て完全に固まってしまっていた。先程までと同じように耳までを真っ赤に染めて、ただただ彼女の姿を凝視する。
そんなジュードの視線と様子に気付いたらしいカミラは、ビクリと肩を跳ねさせるとやはり顔を朱に染めたまま、混乱したように頭を左右に揺り慌てて踵を返す。
「――っ! わ、わたし、やっぱり着替える!」
あ、とマナとウィルが同時に声を上げて引き留めようとはしたのだが、それよりも先にジュードが咄嗟に手を伸ばしてカミラの手を掴んだ。
カミラは改めて「ひ」と小さくか細い声を上げると、恐る恐るジュードを振り返る。ジュードもカミラも互いに顔は赤く、緊張しているのが傍目によく分かった。
咄嗟に彼女の手を掴んで引き留めてしまったジュードは、頭で考えるよりも先に身体が動いたのか、やや困惑したように「あ」だの「う」だの短く声を洩らす。だが、改めてカミラの姿を眺めてから思うままの感想を直球で告げた。
「……着替えることなんかないよ。よく似合ってる、……すごく……綺麗だ」
「えっ、え……」
カミラにとっては予想だにしない言葉だったのか、思わず瑠璃色の双眸を丸くさせ、暫し混乱したように忙しなくあちこちに視線を向けていた。だが、程なくして「きゃ」とまた小さく鳴いたかと思えば、片手で顔を押さえて気恥ずかしそうに俯く。
そんなカミラを、ジュードはほんのりと顔を赤く染め上げたまま優しい眼差しを以て見つめていた。心底愛しむように。
ウィルとマナは、そんな二人に対し余計な口を挟むことなく静観していた。――否、余計な口など挟めなかったのである。完全に二人きりの世界だ。
カミラとは友人関係こそ築きはしたが、ジュードのことを諦めた訳ではないマナとしては聊か面白くない。軽く眉を寄せ、不貞腐れたように二人を眺める彼女をウィルは横目に見遣る。普段は動き易さを重視した装いを好む彼女の一見淑やかに見える姿はウィルにとって新鮮であり、見惚れるものでもある。
ウィルはマナから視線を外し正面に戻すと、片手の人差し指で自らの頬を掻きながら呟いた。
「……その、マナも……よく似合ってる。たまにはいいんじゃないか、そういう服も」
「えっ? あ……あり、がと……」
唐突に真横から掛かった言葉に、マナは思わず目を丸くさせてウィルを見つめた。素直に褒められるのは、悪い気はしない。
妙な気恥ずかしさを感じながら、マナは珍しく視線を下げると共に両手を下ろし、身体の前辺りで組み呟くように礼を向ける。
――そこへ、店長と思われる女性と数人の店員がやってきた。
彼女達はマナやカミラを見て嬉しそうに感嘆を洩らすと、それぞれジュードとウィルの腕を強引に引っ張る。
「じゃあ、次はジュードとウィルの番ね」
上機嫌にそう言ってのける店長に、ジュードもウィルも――果てにはマナさえも思わず目を丸くさせた。
王都フェンベルでの祭りは、既に日常茶飯事である。ジュードやウィル、マナも予定が合えば昔から参加をしてきた。
だが、祭りで着替えるのはいつも女性であるマナだけであり、ジュードやウィルは祭りだからと着替えたことはない。王都フェンベルの住人を見てもそうだ。女性は美しく、可愛らしく着飾るが、男性は着替えたりはせずに祭りを盛り上げる側に徹していたり、美しく飾った女性達の相手としてエスコートすることがほとんどである。
だからこそ、当然今回もそのつもりでいたジュードとウィルは突然の誘いにぎこちなく頭を横に振ってみせた。
「い、いや、俺達はいいよ。俺もジュードも、いつも着替えたりなんて……」
「あら、何を言ってるの? こんなに可愛い彼女達を連れて……さあさあ、お祭りが始まる前にやっちゃいましょ」
「うわああああ!」
控えめに断ったくらいでは、女性達は引き下がらなかった。寧ろ楽しそうに――表情には満面の笑みを浮かべながら、二人をそれぞれ試着室に引っ張っていく。
残されたマナとカミラはそんな様子を見守り、そして互いに顔を見合わせた。