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第二十一話・埋まらない溝


 ジュードたちは各地を巡ってくれると言うヴァリトラの背中に乗り、王都ガルディオンの南に位置する火の神殿へと向かった。あれこれ旅はしてきたが、空を飛ぶのは初めてだ。

 ジュードやマナは空を勢いよく飛ぶヴァリトラの背中にしがみつきながら、その目を輝かせて辺りに忙しなく視線を向けている。ウィルやクリフはそんな様をやや苦笑い混じりに見守っていた。


 王都ガルディオンを発ってから大体、十五分ほど。

 すると、地上には大きな砂漠が見えた。果てなどないのではないかと思えるほどの、広大な砂漠地帯だ。辺りには緑などひとつたりとも見えない、オアシスの類も彼らの視界には映らなかった。


「砂漠……」

「ああ、この辺りは十年前から少しずつ砂漠化が進んでな。……昔はもっと青々した綺麗な平原だったんだぜ」

「それも、負の感情のせいなの?」

「多分そうだに、サラマンダーやフラムベルクに聞けばもっと詳しいことがわかると思うによ!」


 カミラはヴァリトラの背中からそっと身を乗り出して、眼下に広がる砂漠を見下ろす。かなりの速度で進んでいるというのに、砂漠はまだ続いている。それだけの広範囲が緑を失い、砂漠になってしまっているのだ。

 これまで火の国にはそれなりに長く住んできたが、その南部がこれほどの状態だとは思いもしなかった。このままの状態が続けばいずれ砂漠化は進行し、やがて王都までも危機に晒されることだろう。


『……トール』

「はいですぅ!」

『オートクレールの継承者は決めたのか?』

「うぅ、それがまだなんですぅ。トールちゃんが目星をつけている方はいらっしゃるんですけどぉ……」

「ジェントさん、オートクレールって……?」


 トールは不意にかかった声に嬉しそうな声を上げながらジェントを振り返ったのだが、続く言葉にはしょんぼりと頭を垂れて、顔の前でもじもじと小さな両手を絡ませ始めた。クリフは、そんなトールから時折向けられる物言いたげな視線に首を捻る。

 そんな会話を聞いていたジュードは、落ちないようにと己の胸に張りつくライオットとノームを片手で押さえながら、浮かんだ疑問をそのままぶつけた。

 だが、その純粋な疑問に答えてくれたのはジェントではなくイスキアだ。


「神盾オートクレール、魔族との戦いでは聖剣に次いで必要になる神器よ。あらゆる攻撃を防ぎ、時に吸収し、はじき返す――守りの要になるものなの。でも……どうして、あなたがそんなことを気にするの?」

『……』

「(ううぅ、気まずい……聞かない方がよかったかな……)」


 イスキアとジェントの間にあるなんらかの確執は、今もまだ解消されていないようだ。

 しかし、精霊全員がジェントに対し文句があるわけではないらしい。現にライオットやノーム、トールは別に普通にしているのだから。むしろ嬉しそうだ。

 ジュードは両者の間に落ちるなんとも言えない空気に、胃がきりきりと痛むのを感じた。


「イスキア様、勇者様は今後の戦いのことを心配して……」

「勇者様? こんな男、勇者なんかじゃないわ。ただの嘘つきよ。世界も仲間も精霊たちも捨てて、なんのつもりで戻ってきたのかしら」

「イ、イスキアさん、ジェントさんはそんな……!」


 リンファは静かにフォローらしき言葉を向けはするのだが、彼女が言い切る前に早々にイスキアは早口でまくし立てる。余程彼のことを許せないのだろう。

 しかし、そんな返答を聞いてカミラは泣きそうな表情を浮かべると、慌てて頭を左右に振った。彼女はジュードたちよりも少し長くジェントと共にいた身だ、そんな彼がそうまで言われるのは納得ができなかった。

 ウィルとマナは互いに顔を見合わせ、ルルーナとクリフは彼らを気にかけながらも余計な口を挟むことはなく、まっすぐに進行方向を見つめる。


「伝説の勇者の物語だなんて美談になってるけれど、この男は自分の妻さえ捨てて逃げたのよ。そんな男が魔族との戦いなんて心配すると思う? どうせなにも考えちゃいないわ」

「えっ! ジェントさんって結婚してたの!?」

「…………あのなぁ、お前がヴェリアの王族なら勇者様は遠いご先祖様だろ、相手いたに決まってんじゃん。むしろ、いなかったら多分お前が生まれてねーよ……」

「え、あ……そ、そっか……!」


 予想だにしないものだったのか、ジュードはイスキアの言葉に思わず悲鳴に近い声を上げた。初めて知ったとばかりに。

 けれども、周囲が予想だにしていなかったのはジュードのその反応だ。これまで一体ジェントをなんだと思っていたのか。ウィルは軽い眩暈を覚え、額の辺りを押さえながら溜息と共にそう告げた。

 だが、その反応は場の空気を和ませるには充分だったらしい。イスキアはすっかり毒気を抜かれたようにこちらも小さく溜息を零すと、それ以上はなにも言わずに閉口する。


 その場にいたカミラ以外の誰もが、心の底から呆れ果ててしまっていた。カミラだけは、気恥ずかしそうに後頭部をかくジュードの頭をよしよしと撫でていたが。

 ライオットはノームと共に、ジュードの胸に張り付いたままやや白い眼で自分たちのマスターを見上げる。しかし、その視線はやがてジェントへと向いた。


「(……どうしてなにも言わないんだに。イスキアの言うことが間違ってるなら、反論するによ……)」


 イスキアの怒りは、ライオットにもわかる。だが、それでもライオットやノームはジェントを敬愛しているのだ。

 背中を向けているせいで、この場所からはジェントがどのような表情をしているかはわからない。ジュードたちも気にかけているようだった。


 * * *


 やがてヴァリトラがゆっくりと降り立った先は、広大な砂漠地帯を抜けた先にある荒地だった。足場が悪く、油断すればつまずいて転倒することもあるだろう。ゴツゴツとした岩があちらこちらに転がっている。

 神殿は、そんな荒地の中央にひっそりと佇んでいる。しかし、この中に本当に精霊がいるというのか。その建物は非常に小さい、一般家庭の家屋と同等程度の大きさ――否、下手をすればそれよりもこじんまりとしていた。


「ヴァリトラ、ここが?」

「うむ、ここが火の神殿だ。中に入れば祭壇がある。精霊族の血に反応し、道が開かれるはずだ」

「じゃあ、ジュードがいないと中に入れないのね」


 精霊族の血ということは、ジュードかエクレール、それにテルメースの誰かがいない限りは中に入ることさえできないのだろう。

 とにかく入ってみればわかる。ジュードはヴァリトラの言葉に小さく頷くと、神殿へと向き直った。

 周囲にサラマンダーの姿は見えない。恐らくは中で待っているものと思われる。

 己の耳に鎮座するイヤーカフ――と言ってもそれが聖剣なのだが、そっと片手を触れさせてからジュードは仲間と共に神殿へ足を向かわせた。



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