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第十八話・高すぎる壁


 殺す気でいけ。

 ライオットのその言葉を、マナもルルーナもすぐに痛感した。


「ど……どう、なってんの……!?」

「魔法が、全く効かない……」


 戦闘開始と同時に、マナとルルーナ、それにカミラは魔法の詠唱に入り何発も攻撃魔法を叩き込んだ。他の誰でもない、全員で来いと言ったあの男――ジェントに。

 ジェントは放たれる魔法を避けようとはしなかった。彼女たちの魔法は全弾、確かに命中したのである。

 だと言うのに、当のジェント本人には全く堪えたような様子は見受けられない。それどころか、傷ひとつ付けることが出来ずにいた。


 そして、ジュードたちも。

 これまで戦ってきた敵とは、圧倒的に強さが異なるのを感じていた。

 右からウィル、左からリンファ、真正面からジュード――彼らが三人がかりで襲い掛かっても、直撃を叩き込むことが出来ない。

 真横から振られる刃を軽く首を傾けることで避け、突き出される槍は難なく跳んで避ける。上空ならば、と一斉に攻撃を繰り出しても、その内の刃の一つを足場にして誰かの後方に跳んでしまう。ひょいひょいと、あまりにも身軽に。そして体勢を立て直す前に重い蹴りをぶち当ててくるのだ。


「――くッ!」


 リンファは両手を顔の前で交差させて叩き込まれる蹴りの直撃を防いだが、それだけで防ぎ切れるものではない。盾にした両手は電気が走ったかのように強烈に痺れ、思わず表情が歪む。

 ジュードとウィルはそんな彼女のフォローをすべく傍に駆け寄り、互いに視線のみで見遣った。彼らの顔にはいずれも笑みが浮かんでいるが、それは余裕からではない。信じられない、そう言いたげなものだ。


「は……っ、マジかよ……気付いてるかジュード、リンファ」

「あ、ああ……もちろん」

「はい……勇者様はまだ、両手を使っていません(・・・・・・・・・・)……」


 そうなのだ、ジェントはこれまで足だけで(・・・・)ジュードたちの攻撃を軽々といなしてきた。決して戦闘に不慣れではない三人を相手に、だ。

 リンファはともかく、ジュードやウィルは聖剣や神器を手にしているというのに。

 魔法も効かない、物理攻撃で捉えることも困難――これまで戦ってきた敵の誰よりも強いことは間違いない。


「ど、どういうことなの……魔法が効かないなんて……」

「だから殺す気でって言ったんだに、ジェントの魔法に対する抵抗力は人並み外れてるんだに」

「は、反則じゃない、そんなの……どんな鍛え方したらそんなことになるのよ……!」


 攻撃はともかく、魔法を全く受け付けないなど反則レベルだ。どのように鍛えれば魔法に対するそのような抵抗力を得られるというのか。

 カミラは錫杖を握り締めて、再び魔法の詠唱に入る。しかし、彼女が扱えるのは光の魔法と治癒魔法くらいのもの――光の加護を受ける勇者に効果的とは到底思えなかった。

 ノームやトールはそんなカミラの肩や頭に乗り、しょんぼりと軽く視線を落とす。だが、特に何かしら口を開くようなことはせずにただただ戦況を見守っていた。


「なんとか、手だけでも使わせたいところだな……」

「はい、このままでは……自信をへし折られて終わりです」

「……」


 ウィルとリンファのやり取りを聞きながら、ジュードは真っ直ぐにジェントを見つめたまま――その顔に笑みを滲ませる。全く歯が立たない状況だというのに、彼の胸は自分でも不思議なほどに高鳴っていた。

 これでもかというほどに気分が昂揚して、寧ろワクワクしていたのだ。

 そんなジュードを見て、ジェントもそっと表情に薄く笑みを滲ませた。


『(……面白い子だな、ジュードは。どうするか頭を悩ませるのではなく、寧ろ楽しそうに……だが、ああいうタイプが一番伸びる)』

「(これが、伝説の勇者の強さ……すっげええぇ!)」


 それぞれ心で思っていることは、そんなことだ。

 ウィルとリンファは揃って武器を構えると、ほぼ同時に飛び出す。ジュードはそんな二人を見送ってから、一拍遅れて己も駆け出した。


 * * *


「――ああもう、腹が立つ!」


 結局、あの後も魔法はただの一発もジェントの身にダメージを与えることは叶わなかった。

 マナはすっかり疲弊しきり、つい先程ウィルやリンファに支えられて自室に引き返していったところだ。

 彼女と共に後方で攻撃魔法による援護を行っていたルルーナは、食堂の大テーブルに上体を預けて伏せながら文字通り悔しそうに片手を振り上げてみせた。


「まあまあ……」


 そんな彼女に付き合っているのはクリフだ。別にルルーナに愚痴を聞けと言われた訳ではないのだが、なんとなくこの場に留まっていた。台所に寄り掛かる形で彼女を見遣り、宥めの一言を向ける。

 けれども、ルルーナはそんな彼の態度が気に入らないとばかりに席を立つと、やや大股でその真正面へと移動した。

 そして彼が手に持つグラスを奪い取ってしまうと、半分ほどになった中身を一気に呷ってしまったのである。クリフが飲んでいたのはアルコール度数はそれほど高くはないものの、酒だ。故に、クリフは慌ててその手を掴む。


「コ、コラ、お嬢様! アンタまだ未成年だろ!?」

「ふん、いいのよ。つい数分前に二十歳になったから!」

「え……ってことは……」


 壁掛け時計で現在の時刻を確認してみると、針は新しい日がやってきて五、六分といったところ。彼女の言葉から察するに、今日がルルーナの誕生日ということになる。

 中身を完全に飲み干してしまったルルーナは空になったグラスを洗い場に置き、逆手で口元を拭う。目はやや据わっていて、なんだか恐ろしい。


「それはそうと、あなたはなんで今日の特訓に加わらなかったのよ」

「俺? いや、今日はちょっと外野から見ていようかなってね」

「あら、どうして?」

「精霊たちがどう言おうと、俺は自分の目で見たことしか信用しないタイプなんでね。あの人が本当に伝説の勇者なのか気になったんだ」


 確かに、彼の言うことは尤もだ。聖剣と共に在ったからと言っても、それが勇者であるという確証にはならない。

 ルルーナは幾分か納得したように目を細めながら、一度だけ小さく頷く。そして視線のみで結論を促した。


「けどまぁ、本物なんだなって思ったよ。あの人、身構えることがなかったから隙だらけに見えたけど、実際は隙なんか全くなかった」

「……前衛三人を相手に、足だけでいなすくらいですものね」


 ジェントは結局、ジュードたち三人を相手に最後まで両手を使うことはなかった。どのような攻撃が来ても足だけで防ぎ、いなし、更には攻撃を叩き返す。その強さは人間離れしていて、絶対的な何かを感じさせた。

 クリフは台所に寄り掛かったまま、空いた己の手を見下ろす。その表情は強者を前に気落ちするどころか、何処までも嬉しそうに弛んでいた。


「けど、そういうことなんだろ」

「そういうことって?」

「あの人が基準さ、魔族と戦うにはあれくらいの実力が必要になるってことだ」

「……そうね。今までにも魔族とは戦ってきたけど、いつも大体がジュード任せだったし……」


 これまで魔族と遭遇しても生きていられたのは、あくまでもジュードやカミラがいたからだ。もしも彼らがいなかったら――間違いなく、道中で命を落としていただろう。魔族が持つ力は、それほど強大だ。

 ジェントと同レベルとまではいかなくとも、今以上の力を身に付ける必要はある。確実に。

 ルルーナは疲れたように深く溜息を吐き、クリフは横目に彼女を見遣ると、労わるようにその肩をポンと叩いた。


 壁はあまりにも高い、それを越えられるかは――今の彼らにはまだ分からなかった。



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