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第十六話・魔族と戦うために必要なこと


 リンファは手にした短刀を躊躇いもなくサラマンダー目掛けて振るう。頭上から振り下ろされる刃に男はふっと鼻で一つ笑うと、次の瞬間には上体だけを僅かに右に滑らせて避け、その刹那――彼女の首元へ照準を合わせてラリアットを叩き込む。

 素早い動きと遠慮も何もないその一撃に、リンファは思わず双眸を見開いて一瞬呼吸を詰まらせた。容易く飛ばされた身体は受け身を取ることも叶わず、手入れのなされた庭の上を背中で滑る。喉に受けた衝撃が強すぎて背中を擦る痛みや熱は大した問題にはならなかった。


 賺さず追撃に入ろうと片手に刀を出現させたサラマンダーだったが、それは叶わない。ダウンしたリンファの援護のために、後方から無数の火炎弾が飛翔してきたからだ。


「リンファ、大丈夫!?」


 マナだ、ダメージなど最初から考えていない。今は取り敢えずリンファにこれ以上の攻撃が向かないよう、足止めのつもりで放った魔法である。

 けれども、サラマンダーは火の上級精霊だ。火炎弾など当然効く筈もない。彼女が放ったそれは、足止め(・・・)の役割さえ果たしてはくれなかった。


「バカだねぇ……俺に加勢でもしてくれるってのか?」


 心底愉快そうに喉を鳴らして笑った男は片手に携える刀を掲げて、ゆっくりと刃で大きな円を描く。

 すると、マナが放った火炎弾はサラマンダーの身に直撃する前にピタリと動きを止め――あろうことか、今度はマナたちの方に飛んできたのである。それも、更に強く熱い炎を纏いながら。

 マナとルルーナはギョッと目を見開くと、こちらに飛んでくる幾つもの火炎弾を避けるべくそれぞれ右や左と脇に跳んだ。

 辛うじて回避には成功したものの、猛烈な勢いで飛んできた火炎弾は庭の生け垣に直撃し、程なくして燃え上り始める。


「ほんっと、バカな連中だぜ。この俺様は火の上級精霊だぞ、その精霊相手に火の魔法なんざ効くワケがねーだろうが。その上、避けちまったらなァ……火事になるのは目に見えて明らかだっつーのに、救いようのねぇバカばっかだ」

「はわわわ、ノーム、トール! 消火するに! メンフィスに怒られるにいぃ!」


 この屋敷は、あくまでもメンフィスのものなのだ。綺麗に整えられた庭も、現在はジュードたちが手入れをしていたが、彼の趣味もあるのだろう。

 それを燃やしてしまったとなれば怒られるのは必至。

 そんな声を聞きながらマナは悔しそうに口唇を噛み締めていた。


 彼女は様々な属性の魔法を扱える。けれども、得意とするものはあくまでも火属性なのだ。それ以外となれば中級程度のものまでしか使えない。

 この上級精霊を相手に、その程度の魔法で太刀打ち出来るとは流石の彼女も思っていなかった。そしてそれは、ルルーナとて同じだ。彼女が得意なのは補助魔法であり、攻撃魔法はそれほど高度なものを習得している訳ではない。

 カミラは依然として立ち上がれないリンファの傍らに屈み、その身に治癒魔法を施しながら悔しそうにサラマンダーを見遣る。


 相変わらず、好きになれない男だと思った。

 粗暴で口汚く、大事な仲間を傷付ける嫌な男。ジュードのことだけではなく、今度はマナたちのことも傷付ける。

 カミラはリンファの治療を終えると静かにその場に立ち上がり、片腕にある神器を錫杖へと変化させた。聖杖ケリュケイオンは攻撃よりも治癒や守りに長ける神器だが、攻撃には向いていないという訳ではない。

 するとサラマンダーは目を丸くさせるが、すぐにその双眸を細めるなり口角を引き上げ――依然として小馬鹿にするようにパンパンと軽く両手を叩き合わせ、拍手などしてみせた。


「ほおぉ、ケリュケイオンか……まァ、それはヘイムダルに伝わる秘法だ。巫女なら持っててもおかしくはねーよなァ。持ってるだけ、ならよ」

「く……ッ! バカにして……!」

「バカにしてるんじゃねーよ、本当のことを(・・・・・・)言ってるだけだ(・・・・・・・)


 その態度と言葉は、カミラの神経も逆撫でしていく。悔しそうに、そして忌々しそうに眉を寄せるとカミラは天高く聖杖を掲げた。

 その刹那、杖の周りには無数の光が出現し、光の矢となってサラマンダー目掛けて勢い良く飛翔する。

 しかし、当のサラマンダー本人には焦るような様子は微塵も見受けられない。口角を引き上げて笑うばかり、依然として身構えることさえしなかった。

 そして、避けるまでもないと言わんばかりに自身の周囲に赤く燃え盛る火の玉を複数出現させると、襲い来る光の矢を全て叩き落してしまったのだ。たった一つの打ち漏らしもなく。


 光は、火に劣っていることはない。光属性の弱点は相対する闇属性だけだ。

 カミラは聖杖ケリュケイオンの力を借りて光の矢を放った。だと言うのに、サラマンダーが出現させた火の玉に真っ向から負けたのである。神器の力を――使っていながら。


「だから言っただろ? 持ってるだけなら、ってな。お前はケリュケイオンに継承者(・・・)として認められてねぇんだよ!」

「そ、そんな……」


 その言葉に、カミラの手からは聖杖がぽろりと落ちた。

 自分は神器に、継承者として認められていない。

 だからジュードが聖剣を継承する時も、ウィルと違って負の感情を前に動けなくなってしまったのか。

 そう考えると、自然と納得出来てしまった。あの時、なぜ自分はウィルのように動けないのかと思ったのは事実なのだから。

 ウィルは神器に認められている、だから神器が――神槍ゲイボルグが負の感情から彼を守ってくれたのだ。


 カミラが絶望に打ちひしがれそうになった時、そんなサラマンダーの言葉を否定するかのようにリンファが動いた。その注意がカミラに向いている間に死角に入り込み、利き手に携える短刀で男の脇腹を突き刺したのだ。

 それには、流石のサラマンダーも驚いたように彼女を見下ろした。


「……それ以上、私の大切な仲間を侮辱することは……許しません!」

「――は……ッ! くっせぇ連中だぜ!」


 己を見上げてくる怒りに満ちた視線を受け、一度こそサラマンダーは小さく息を呑んだが――それもほんの一瞬のこと。次の瞬間には常の人をバカにしたような表情に戻り、短刀を握るリンファの細い手首を片手で鷲掴みにした。脇腹をひと突きにされたというのに、全く堪えた様子がない。

 けれども、リンファはそれに怯むことなく、サラマンダーの腹に靴裏を押し付けて蹴りを叩き込むと、その反動で距離を取った。先程のダメージから完全に回復した訳ではないが、今は憤りだけが彼女を動かしている。


 だが、リンファやカミラ、マナにルルーナなど彼女たちをひと通り見回した後、サラマンダーは片手で己の首裏を掻くと改めて口を開いた。


「イイことを教えてやるよ、テメェらが伝説の勇者とか呼ぶ奴のことだ。あの男はな、俺たち精霊を身ひとつで捻じ伏せたんだぜ」

「……え……?」

「分かんねぇか? テメェらみてぇに神器だのなんだのに頼ることなく、聖剣も使わずに俺を倒したってことだよ。たった一人でな」


 サラマンダーが何を言いたいのか、リンファはその意図を図りかねて怪訝そうに眉を寄せる。だが、続く言葉には胸を鷲掴みにされるような錯覚を覚えた。


「神器がありゃ魔族と戦える? 神器がありゃ力になれる? 本当かよ、大した技も魔法も持ってねぇ奴らが――自分の力を高めようって努力も出来ねぇ奴らが神器を持って何になる?」

「(……そうか、だからこの方は……)」

「俺は侮辱したんじゃねぇよ、事実を言ったまでだ」


 ジュードやウィルが振るう聖剣や神槍の威力があまりにも凄まじ過ぎて、彼女たちは一番大切なことを忘れていたのだ。

 それは、自分を鍛え、高めるということ。

 どれだけ性能の良い鍋を使ったところで、料理人に技量がなければ人を唸らせる味など出せないのと同じこと。鍛冶仕事とて同じだった筈だ。

 どれほどの良い道具を使っても、使い手の腕が悪ければ良い武器など造れる筈もないのだから。


 力が不足していては、神器が持つ本来の力を引き出すことは出来ず――まさに、宝の持ち腐れにしかならない。サラマンダーはそれに腹を立てていたのだろう。

 リンファは武器を下ろし、カミラはしょんぼりと視線を下げる。

 サラマンダーはそれ以上は攻撃を仕掛ける気もないのか「ふん」と苛立たしげに鼻を鳴らすと、静かに踵を返した。


「……それなりの実力がついたら、南にある火の神殿に来い。その時はこの俺様が本気で相手をしてやる」


 たった一言、その言葉を残すとサラマンダーは屋敷の出口へ向けて足を進める。

 その途中、すれ違ったクリフに睨むような視線を向けて。


「(あの銀髪野郎、娘どもがやられても割り込んでこねぇとはな。俺様の挑発に乗らねーとは、気に入らねぇ……)」


 クリフは現在もライオットたちと共に消火作業に当たっているが、それが忙しくて乱入出来なかったという訳ではないだろう。彼からは敵意の類が全く感じられなかった。

 サラマンダーの言動が完全に挑発だと、クリフには分かっていたのだろう。本気で彼女たちに牙を剥くことはないと。

 そこまで考えると、サラマンダーは忌々しそうに舌を打って屋敷を出て行った。



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