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第十五話・火の男、再び


 ジュードが聖剣の継承者となってから、既に五日。

 その日、テルメースは王都ガルディオンの王城にある廊下からぼんやりと外を見つめていた。

 彼女の目に映るのは、何処までも平和な街並み。だと言うのに、心は暗く落ち込んでいくばかり。ヘルメスが、我が子が魔族と裏で通じていたと彼女は先日聞かされたばかりだ。

 そして、その所為でヴェリア大陸は魔族によって完全に支配されてしまった。更にそれだけには留まらず、同じく我が子のジュードが魔族と戦うために神器を集めることになったのだ。

 このままいけば、ヘルメスとジュード――我が子同士が殺し合いをすることにもなりかねない。


「私はどうすればよかったの……あなた……」


 もしも夫が、ジュリアスが生きていたら彼ならどうするだろうか。

 ヘルメスを叱り付けるだろうか、ジュードにカミラのことを諦めろと言うだろうか。

 今となっては答えなど出る筈もないのだが、考えずにはいられなかった。


 しかし、そんな時。

 彼女の耳にふと懐かしい――本当にとても懐かしい声が聞こえてきた。


「……テルメース、浮かない顔をしているな。大丈夫か?」

「……リーブル」


 それは、水の王リーブルだった。

 彼とは、テルメースがまだ水の国の――精霊の森に住んでいた頃に面識がある。若さ故の好奇心を抑えられず、遠い水の都までテルメースが遊びに行った時に偶然出逢ったのだ。

 それからは彼に猛烈なアプローチをされたが、当時のテルメースはそんな彼の強引さが何よりも大嫌いだった。


「驚いたわ、あなたが王になっていたなんて。立派に……なったわね」

「色々あったからな。驚いたのは私も同じだよ、まさか君がヴェリア王国の王妃になっていたとは……」

「ふふ、森の出入り口で倒れていた旅人を助けたらそうなっちゃったの。人生って分からないものね」

「その行き倒れの旅人がジュリアス様だったのだね」


 リーブルの言葉にテルメースは静かに頷いた。

 彼女とジュリアスの出逢いは、それだ。あの日、テルメースは親の反対を押し切って再び王都まで遊びに行こうとしていたのである。

 しかし、森を抜けようとしたところで、行き倒れになっている旅の男を拾った。

 捨て置けないと里に連れ帰ったことで親だけに留まらず、里中の者から大目玉を喰らったが――それでもテルメースは甲斐甲斐しく彼の面倒を見たのだ。

 そして彼が元気になった時には、既に互いに強く惹かれ合い、離れ難いと思うようになってしまっていた。


 結果、テルメースはラギオとイスラの言葉も満足に聞かず、精霊の里を飛び出してジュリアスの旅に付いていってしまったのだ。

 その彼がヴェリア王国の王子だと知った時は大層驚いたものである。


「……ジュード君と、話はしたかね?」

「……してないわ、私はあの子を捨てたんですもの。今更、母親面をする資格なんてないのよ。それに今は聖剣に慣れるためってヴァリトラが訓練を付けているとかなんとか……忙しいでしょうし」

「それでも君たちは親子だ、話をしたいのではないかと思うよ」

「ふふ……そんなわけ……」


 テルメースはジュードを捨てたくて捨てた訳ではない、それはヴァリトラが見せてくれた記憶のお陰でリーブルとて理解している。ジュードを守るためには、ああするしかなかったのだ。

 リーブルはそっと小さく吐息を洩らすと、落ち込むように視線を下げる彼女を横目に見遣る。そしてややあってから、つい今し方に己が通ってきた廊下に顔を向けた。


「そんなわけあるとも――ほら」

「……?」


 何かを促すかのようなリーブルの声に、テルメースは顔を上げると明後日の方を見遣る彼の視線を追う。

 するとその先、廊下の突き当たりからこちらを覗いているジュードの姿が見えた。その傍らにはエクレールの姿も見える。その表情は、文字通り親の機嫌を窺う子供のようだ。

 テルメースはそんな二人の姿を見つめて、瞬きも忘れたようにポカンと口を開けた。

 エクレールが何かしら働きかけてくれたのか、はたまたジュードがエクレールに頼んだのかは分からないが、リーブルの言葉通り「話したがっている」ように見える。


 リーブルはテルメースの背中を片手でポンと叩く。行ってこい、とでも言うように。

 するとテルメースは彼を見上げて、随分と困惑しているようだった。


「時間は必要だろうが、君たちは親子としてまだやり直せる。気が済むまで話をしてくるといい」


 その言葉に、テルメースは双眸に涙を滲ませると両手で口元を押さえて何度も頷いた。


 * * *


 マナとルルーナ、リンファはメンフィスの屋敷にある中庭でライオットたち精霊を捕まえていた。その傍らには心配そうに見つめるカミラとクリフの姿もある。

 ライオットはルルーナに鷲掴みにされながら、解放を求めて短い手で彼女の指を何度も叩いた。


「は、離すにいいぃ!」

「必要なことを吐いたら離してあげるわよ」

「だ、だから、神器は四神柱(ししんちゅう)が持ってるもので、ライオットたちは知らないんだにいぃ!」

「では、四神柱の居場所だけでもお教えください」


 彼女たちは、他の神器の在り処が知りたいのだ。

 現在、ジュードとウィルは中庭に出来た真っ白いドームの中に頻繁に出入りしている毎日。それはヴァリトラが創り出した特殊な空間で、中に入れば肉体を抜けて魂で動けるようになる。

 それは治癒魔法の類も全く受け付けないジュードに配慮してのもの。二人はこの空間の中で、毎日暇さえあれば共に戦闘技術を磨いているのだ。肉体がない状態であれば怪我を気にすることなく暴れ回れるのだから。


 一方で、マナたちは確かな焦りを感じていた。

 誰よりも先に神器を手にしたウィルとカミラ、そして聖剣の継承者になったジュード。

 彼らに比べて、彼女たちはそれらを持っておらず、今のままでは三人に負担ばかりを掛けることになってしまうと。

 そのため、焦りからこのようにライオットを拷問しているのである。


「それは……大精霊のいるところに現れるのは当然だに……」

「じゃあ、その大精霊はどこにいるの?」

「確か地の大精霊は眠りについてるって言ってたわよね、じゃあ火の大精霊は? あたしたちはジュードのオマケじゃないんだからね、神器さえ手に入れられたら……」


 口を挟むような間もなく次々に浴びせられる質問に、ライオットは最早涙目だ。処理しきれない。ノームやトールはそんなライオットを心配そうに見上げていた。

 彼らはいずれも大きさのそう変わらない精霊たちだ。だと言うのに、なぜライオットだけが拷問されているのかというと――恐らく、ライオットが一番話し易いからだろう。なんだかんだと既に長い付き合い、聞けばこれまでにも色々と教えてくれたからこそ、こうして白羽の矢が立つ――と言うより、見事に突き刺さっているのだ。


 しかし、彼女たちの疑問に答えてくれたのはライオットやノームたちではなく――あらぬ方から聞こえてきた耳慣れない声であった。


「フラムベルクに会いたいのか?」

「え……?」


 思わず辺りを見回して、数拍。声を掛けてきたと思われる人物は屋敷の屋根の上に我が物顔で座り込んでいた。そこに腰を下ろして、マナたちを見下ろしている。

 けれども、その姿を見てカミラは「あっ!」と怒りを滲ませた声を上げると、まるで狂犬のように敵意を剥き出しにして睨み上げた。


「またジュードをいじめに来たんですか!」

「げっ……あの時の変にタフな女……」

「サ、サラマンダー! こんなとこで何してるに!」

「サラマンダー? じゃあ、あいつがあの時ジュードに怪我をさせた奴……」


 それは、過去にこの王都ガルディオンでジュードとカミラが遭遇した男――火の上級精霊であるサラマンダーだった。出で立ちは当時と全く変わっておらず、相変わらず見る者に粗暴そうな印象を与えてくる。

 サラマンダーは屋敷の屋根からふわりと降りてくると、片手で己の首裏を掻きながら小馬鹿にするように鼻で一つ笑ってみせた。


「ふん、テメェらが神器を手に入れたところで宝の持ち腐れにしかならねーよ」

「な……なんですってぇ!?」

「とてもじゃねーが使いこなせるとは思えねぇ、ガキのオモチャじゃないんだぜ? テメェらじゃ、神器が持つ力を一ミリたりとも引き出せねーよ!」


 サラマンダーの言葉に、マナやルルーナはもちろんのこと、リンファやカミラも眉を寄せた。クリフだけは、やはり大人に分類される騎士か――明らかに挑発と取れるその言動に釣られはしなかったが。

 それぞれ愛用の得物を手に身構えると、サラマンダーは愉快そうに口角を引き上げて笑う。身構えるまでもないと言うように、その場に佇んだままの非常に無防備な状態で。そんな態度が余計に彼女たちの神経を逆撫でする。

 ライオットは止めようとしたのだが、両者ともに聞き入れてくれそうにはなかった。



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