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第十四話・月明かりの下で


 その夜、ジュードとカミラは屋敷の中庭を二人でのんびりと散歩していた。

 夜空から降る仄かな月明かりが庭の花々を優しく照らす様は、何処か神秘的で美しい。

 結局あの後、女王たち王族は今後のことについて話し合いをしたのだが、結論としては一つしかない。話し合いなどとは名ばかりの願いをジュードたちに託した。

 それは極めてシンプルなもの――『共に魔族と戦ってほしい』というものだ。


 ヴェリアの民を率いていたヘルメスが行方をくらましてしまった以上、現在ヴェリアの指揮官はテルメース、もしくはエクレールということになる。ヴァリトラから過去の記憶を見せられたにも拘わらず、ジュードは依然王子として全面的に認められていないためだ。

 そのため、火の女王アメリア、風の王子ヴィーゼ、水の王リーブル、光の女王テルメースとエクレールたちが話し合い、出した結論がそれである。


 無論、ジュードたちに異論はない。寧ろ望むことだ。

 神器はまだ他にも幾つかある、それらを集めて戦力を増強するというのが目下の目的だ。

 そして並行して行われるのが、ジュードに掛けられた呪いを解く方法を調べるというもの。こちらはアメリアたちが担当してくれることになった。

 呪いが解ければ、人間たちにも充分過ぎるほどに勝機はある。


 そこまで考えてジュードは一度疲れたように息を吐き出した。

 そんな彼の様子を横目に見て、カミラは心配そうに眉尻を下げる。


「ジュード、大丈夫?」

「あ、うん。ちょっと頭を使い過ぎただけだから、大丈夫だよ」

「今日だけで本当に色々なことがあったもんね……」


 ジュードの頭の作りは、非常にお粗末なのだ。難しいことを考え続けるようには出来ていない。

 そんな頭で延々と考え事をすれば疲れるのは当然と言えた。

 カミラはジュードから返る言葉に納得したように何度も小さく頷く。彼女の言うように、今日一日だけで本当に様々なことがあった、あり過ぎた。

 テルメースやエクレールと話をしなければ、も思う。

 イスキアたち精霊にジェントのことも聞かなければ、ジェント本人とももっと話をしなければ、とも。


「……あれ? そういえばカミラさん……」

「え?」


 そこでふと、ジュードは思う。

 ヘルメスの言葉も気にはなったが、王都に帰り着いた時にそのジェントが気になることを言っていた筈だ。


「聖剣とカミラさんがオレを継承者として選んだってジェントさんが言ってたんだけど……聖剣の継承者を決めるのには、カミラさんも関わってたの?」

「!!」


 ジュードのその問い掛けにカミラは瞬時に耳まで真っ赤になると、気恥ずかしそうに俯いてしまった。けれども、その胸中ではあの勇者たる亡霊への罵詈雑言がひしめいている。

 ちなみに現在、当のジェントが宿る聖剣はジュードの元にはない。必要があるのか否かは定かではないものの、ジェント本人がグラムに聖剣のメンテナンスを頼んだからだ。

 尤も、それはジュードとカミラに気を遣ってのものだったのだろうが。二人で話すのに自分がいては邪魔になる、と。


 不意に俯いてしまったカミラに対し、ジュードは目を丸くさせて何度か瞬きを打ち、幾分困ったように片手で己の後頭部を掻いた。


「ううぅ……あの無駄に綺麗な亡霊……っ!」

「カ、カミラさん?」


 何やらただならぬ気配を感じて、ジュードは軽く表情を引き攣らせた。

 だが、程なくしてカミラは風船から空気が抜けるかのように深い溜息を吐き出すと、両手の指先を意味なく胸の前辺りで絡ませて遊びながらたどたどしく言葉を紡ぎ始める。


「あ、あの、あのね」

「う、うん」

「……聖剣はずっと、わたしと一緒にあったの。聖剣は勇者が持つべきもの、姫巫女(ひめみこ)として将来添い遂げる者に渡せって……お父様が亡くなる間際、わたしにそんな呪いをかけたの。わたしが、その……こ、心からすすすきになったひと、が次の、継承者、に」


 後半にいくにつれて、カミラは夜の闇の中でも分かるほどにその顔を真っ赤に染め上げていく。そこまで言われれば幾ら鈍い――どうしようもないほどに鈍いジュードとて流石に理解は出来る。

 彼女の言葉から意味を察して、負けず劣らずこちらもその顔に朱を募らせた。

 これで、ヘルメスの言葉の意味も怒りも理解出来た。ヘルメスはカミラの婚約者だ、しかし当のカミラは外の世界でジュードと出逢い、彼の方に想いを寄せてしまったのである。


 当然、ヘルメスとしては面白い筈がない。ケリュケイオンを取りに戻った彼女の様子からある程度察したのか、はたまた別の何かがあったのかは定かではないが、ヘルメスはそれで自棄になってしまったのだろう。


「(それで、あの言葉か……)」


 カミラが悪いのだと告げたヘルメスの言葉には、そういった意味があったのだ。

 自分という婚約者がありながら他の男を好きになったカミラが悪いのだ、と。

 女性をそういう意味で好きになったことが今までなかったジュードには、何が正しくて間違いなのかはよく分からない。

 けれども、一つだけ確かなことはあった。


「……オレ、人を好きになることに先とか後とか順番があるのか分からないけどさ」

「う、うん?」

「カミラさんがそんな風に想っててくれたなら、嬉しいよ」

「……え?」


 カミラが心から好きになった相手が、聖剣の継承者になる。

 ということはつまり、その聖剣の継承者となったジュードはカミラに心から想われているということになる。

 それはずっとカミラを想い続けてきたジュードにとって、何より嬉しい事実だ。

 カミラはそこでようやく顔を上げると、依然として真っ赤になったまま次の言葉を待った。

 当のジュードはといえば、こちらもやはり顔を朱に染めながら改めて片手で己の後頭部を掻き乱す。その様子は非常に気恥ずかしそうだ。


「――オレ、ずっとカミラさんのこと好きだったから」


 これまで伝えられなかった言葉だが、この時ばかりは不思議とするすると零れ落ちるように出てきてくれた。

 ジュードの言葉を聞いたカミラは瑠璃色の双眸をまん丸くさせたまま暫し固まり、頭が言葉の意味を理解し始めた頃に口唇を噛み締めて、ボロボロと大粒の涙を流し始める。

 そんな彼女を見てジュードがギョッと双眸を見開くのと、感極まったようにカミラが彼に抱き着くのはほぼ同時だった。

 その身を抱き留めて、やり場に困ったらしくジュードの手は暫し宙を挙動不審に彷徨った末、恐る恐るといった様子でカミラの肩の上に落ち着く。


「うっ、うええぇ……」

「な、泣かないで」

「わたし、すごく怖かったの。もしジュードが聖剣の継承者になっちゃったら、今度こそ魔族との戦いから離れられなくなるって、そう思って……ううぅ……」


 これまで溜め込んでいた感情に歯止めが利かなくなったかのように、カミラの両目からは次々に涙が零れ落ちる。それと共に彼女の口唇は今まで抱いてきた不安を自然と紡いでいた。

 ジュードのことは好きだけど、聖剣の継承者になってしまえば彼は魔族との戦いを避けられなくなってしまう。そうなれば、ジュードは今以上の危険に晒されることになるのだ、と。

 しかし、当のジュード本人は彼女の口から紡がれる言葉に眉尻を下げると、依然として泣き止まないカミラの頭を片手で撫でつけながら至極当然のように返答を向けた。


「はは……だってオレ、もう戻れないくらいには魔族との戦いにどっぷり全身まで浸かっちゃってるよ。これからも逃げる予定なんかないしさ」

「……ジェントさんと同じようなこと言ってる」

「え、そ、そうなの? って、カミラさんはジェントさんのこと知ってたんだ……?」

「うん、聖剣はわたしの中に封印されてたものだから……その封印が綻び始めた頃に、わたしにだけジェントさんの姿が見えたし、声も聴こえたの。でも、あまり存在を知られたくないみたいだったから言えなくて……」


 その返答に対し、カミラは思わず小さく笑った。カミラがヘルメスとの関係のことで悩んでいた時、ジェントは彼女に対して確かに似たようなことを口にしていたのだ。

 そこでジュードとカミラの頭に浮かぶのは、やはり先程のイスキアの言動だ。彼はジェントのことを「裏切者」と言っていた。

 過去に伝説の勇者のことを話してくれた時のイスキアは、とても優しい声色で語ってくれた筈だ。だというのに、なぜ敬愛する伝説の勇者に対してそのような言葉を吐いたのか。


「……きっとジェントさん、イスキアさんにあんな風に言われるのが分かってたんじゃないかな……」


 だから、自分がいることを知られたくなかった。イスキアだけではなく、ライオットたちにも。

 しかし、水の大精霊フォルネウスはジェントと再会出来たことを心底喜んでいた。その温度差があまりにも大きくて、どれほど考えても答えなど出る筈もない。

 心配は尽きない――けれども、今は互いに想いが通じ合ったことを素直に喜んでおきたかった。



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