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第十三話・裏切り者の烙印


「ねぇ、ジュード。さっき見えた赤い髪の人は誰なの?」


 王都ガルディオンに戻ったジュードたちは、その先であったことを女王に報告していた。

 余程心配だったのか、はたまた既に王族だ民だなどと言っていられないのかは定かではないが、アメリアは城から街へと降りてきていたのである。

 ジュードたちはどうした、まだ戻らないのかなどと口々に呟いては落ち着きなく辺りをウロウロと動き回り――そして、現在に至る。

 都に戻った彼らを見つけて駆け寄ってきた女王に、聖剣をジュードが継承したことを話したところで、マナがふと口を開いた。


「えっ」

「えっ、じゃないわよ。誰かいなかった? 一瞬見えたような気がするんだけど……」

「はい、私も見ました。見間違いかと思ったのですが……マナ様にも見えていらしたのですね」

「もしかして、みんな見えてたんじゃないのか?」


 その言葉にジュードは驚いたように双眸を丸くさせて仲間たちを振り返り、何度か軽く瞬きを打つ。

 赤い髪の人――言わずもがな、ジェントのことだろう。視線のみを動かして周囲を見てみても、今はジュードの目にも彼の姿を捉えることは出来ない。都まで戻る道中でもその姿は見えなかったし、声も聴こえなかった。

 もしかして、彼は自分に聖剣を託していなくなってしまったのだろうか。

 そんな不安がジュードの中に浮かび始めた頃、ふと城の方から何やら騒ぎ立てる声が聞こえてきた。


「聖剣の継承者が決まっただって!? バカな、聖剣はヘルメス様がお持ちになるべきなのだぞ!」

「そうだそうだ、ジュード様の偽者などに持たせる訳には……!」


 それは、謁見の間にもいたヘルメス派のヴェリアの民だ。ジュードたちが戻ってきたこと、そして彼が聖剣を継承したことを知り、騒いでいるものと思われた。

 メンフィスやグラム、クリフは複雑そうな面持ちで深く溜息を吐き出してそちらに足を向かわせる。ともかく大人しくさせなければ、そう思ってのことだ。


「ほう、この我が偽りを見せたと申しておる。我が見せた記憶が信用出来ぬと」

「ふふっ、ヴァリトラったら拗ねてるの?」

「さてな」


 そんな騒ぎを見下ろして、ヴァリトラは言葉とは裏腹に小さく喉を鳴らして笑ってみせる。ジュードを未だに偽者などと言うのは、先程ヴァリトラが見せた記憶の映像を信用出来ない――そう言っているようなものだ。

 ヴァリトラの傍に控える精霊たちは困ったようにヴェリアの民を見つめ、イスキアは軽く肩を竦めて軽口を一つ。


 カミラは依然として認めたがらない民を見据えて、次にその視線はジュードに向けた。何を思うのか、彼は顔を伏せている。

 傷付いているのか、悲しんでいるのか。その心情こそ分からぬものの、彼女や仲間の胸の内にはそんな心配の念が浮かんだ。

 だが、そんな時。不意にジュードの傍らにふわりと一つの姿が現れたのである。


『……気にすることはない、ジュード。聖剣とカミラが継承者として選んだのは君だ』

「……」

『ジュード……どうかしたか?』


 それはもちろんジェントなのだが――ジュードは傍らに現れた彼に、なんとも言い難い視線を向けた。嬉しいような、困惑しているような、そんな視線を。

 ジェントはそんな彼に不思議そうに目を丸くさせると、共に緩く小首を捻る。どうしたのか、何かあったのだろうか。そう言いたげに。

 ジュードは黙り込んだまま一度仲間に視線を向け、彼らの様子を窺う。すると、カミラを除くほぼ全員がジュードではなく――突如として出現したジェントを穴が空くほどに凝視していたのである。


 更に言うのであれば、彼らだけではなくアメリアや住民たちも同様の反応だ。

 そこでジェントに向き直ると、ジュードは眉尻を下げて困ったような表情を浮かべながら静かに口を開いた。非常に言い難そうに。


「あ、あの……ジェントさん。みんな、見えてるみたいですよ……」

『え……』


 ジュードのその言葉に、ジェントは恐る恐ると言った様子で周囲に視線を向けた。

 すると、周りにいる面々の目は――突き刺さるほどに彼のその身に向いていたのである。住民たちやアメリアは「誰?」と言うようなものではあるが、マナたちは別だ。完全に不審人物を見る眼差しを以て凝視していた。

 マナたちの目にも見えているということは、当然ながら精霊たちの目に留まらない筈もなく――


「うにににいいぃ!」

「ジェ、ジェントさんナマァ!」


 つい先程までヴァリトラの傍で成り行きを見守っていた精霊たちが、我先にと飛んできたのである。

 ジェントが嘗て彼ら精霊と共に魔族と戦った勇者ならば、約四千年ぶりの再会になる。嬉しさと共に信じられないとばかりにライオットが真っ先に駆け付けてきた。


「モチ()、知り合いなの?」

「ライオットだに! って、何言ってるに、前に話した筈だによ!」

「はややや、ジェント様あぁ、ご無沙汰致しておりますぅ。この方はジェント様、皆様が伝説の勇者とお呼びする方ですよぅ」


 トールはイスキアの頭から離れて宙を舞いながらやって来ると、可愛らしい風貌を嬉しそうに輝かせながら空中で何度もくるくると回る。

 ウィルたちはその言葉に、メルディーヌを退けた後のことを思い返した。あの時、確かにライオットやノームから話を聞いていたのだ。

 そして思い返したら返したで、彼らの視線は再度ジェントへ向いた。伝説の勇者がなぜここにいるというのか、そう言いたげに。


「……伝説の勇者が聖剣の継承者として認めたのはヘルメス王子ではなく、ジュードちゃんだということね。なのにヴェリアの民は勇者の決定に逆らうとでも?」

「しかし、それは――!」

「彼が本当に勇者かどうか信用出来ないとゴネるのは無駄よ、アタシたち精霊やヴァリトラが証人だもの。嘗て共に魔族と戦った者のことを忘れる筈がないからね」


 イスキアは一度こそ表情を顰めて複雑な色を顔に浮かべたが、すぐに何事もなかったかのようにヴェリアの民に向き直ると淡々とした口調で彼らに言葉を向けた。

 そんなイスキアに対しヘルメス派の民は食って掛かろうとしたものの、間髪入れずに返された言葉により反論も喉の奥へと沈む。

 そもそもヴェリア王国は嘗て勇者が創った国だ。それ故にヴェリアの民は伝説の勇者を絶対的な存在として崇め、他国よりも勇者信仰が強い。そのため、悔しそうにしながらもそれ以上は何も言えずに項垂れてしまった。


 そんな彼らの様子を確認すると、イスキアは小さく溜息を洩らしてから静かにジュードたちの方へと向き直る。その表情は――静かな怒りに満ちていた。


「イ、イスキアさん……?」

「……ふん、何が伝説の勇者だ。裏切者が、よくも我らの前に顔を出せたものだな」

「……え?」


 吐き捨てるように紡がれた言葉は、他の誰でもないイスキア本人のものだ。その声色は普段の猫撫で声とは程遠く、口調そのものが女性を思わせるそれではない。完全に男性のもの。そんな様子にジュードたちが戸惑わない筈がなかった。

 ジュードとカミラは心配そうにジェントを見遣るが、当の彼は軽く眉を寄せて視線を下げたまま黙り込んでいる。だが、程なくして静かに口を開いた。


『……ジュード、今後のことを王族の方々と話すのが先だ。今はこれから先のことを最優先に考えろ』

「え、あ……は、はい」


 ライオットたちは話したそうにしていたが、ジェントはそんな精霊たちを一瞥するとそれ以上は特に何も口にすることなく、ふわりと空気に溶けるようにして消えてしまった。恐らく聖剣の中へと戻ったのだろう。

 確かに、彼の言うことは間違いではない。現にジュードたちを出迎えてくれたアメリアはやや混乱している。ジュードが聖剣を継承したことは素直に喜んでくれたが、突然伝説の勇者本人が現れたことにより彼女も街の者たちも困惑気味だった。

 大切なのは伝説の勇者の存在よりも――これからのこと、未来のことだ。今どうにかしないと未来などないのだから。



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