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第十二話・継承者


 ジュードは暫しの逡巡の末、目の前のジェントを見つめる。

 彼は特に何も言わない。ジュードがどのような答えを出すのか、それを待っているような様子だ。けれども、依然としてその双眸に迷いを見つけたらしく、ややあってから薄く笑った。


『どうしたらいいか分からない、そんな顔だな』

『は、はい……本来はヘルメス王子が持つべきなのに、それをオレが……それに、そんな資格があるのかどうか……』


 聖剣は本来、王位継承権を持つヘルメスが手にする筈だったもの。だと言うのに、自分がそれを奪ってしまって良いのか、聖剣を持つ資格が自分などにあるのだろうか。

 ジュードの中で頻りに燻るのは、やはりそれだ。


『オレはあなたのように立派じゃありません、聖剣を持つ資格があるのかどうか……』


 隠すでもなく、己の胸中を吐露するジュードを見つめてジェントは緩やかに双眸を細める。そしてすぐに小さく頭を左右に振った。


『……君でいいなんて、思ってないさ』

『は……はい』

君でいい(・・・・)んじゃない、俺は君がいい(・・・・)んだ』


 そう言われたことで一度こそジュードは視線を下げたのだが、次の言葉には思わず顔ごと視線を上げて改めて彼を見つめる。何を言っているのか分からないと言いたげな面持ちで。

 そんな様を眺めてジェントは薄く笑う。そうしてゆるりと小首を捻ると、静かに言葉を続けた。


『ジュード、俺は立派じゃない。立派だとかなんとか言われたくて戦った訳でもないんだ。ただ自分の理想と、守りたいもののために戦った――それだけなんだよ。君だって、そうなんじゃないのか?』


 その言葉に、ジュードは瞬きも忘れたように息を呑んだ。

 彼の言うように、ジュードとてそうだ。誰かに認められたくて、褒められたくてこれまでやってきた訳ではない。使者として各国を回ったのも、自分で力になれるのならと思っただけのこと。

 最初に武具製作の依頼を受けたのも、自分たちの力が少しでも人の役に立てるなら、それが一人でも多くの命を守れるのなら――そう思ったから引き受けたのである。


『君にとっての大切なものを守るために、聖剣は役に立てないだろうか?』


 ジュードにとっての大切なもの、それはもちろん仲間だ。

 仲間、家族、友。各地で知り合った多くの者たち、更に言うのならばこの世界そのもの。世界がなければ誰も生きてなどいけないのだから。

 ジュードは己の手の平を見つめて、暫し黙り込む。迷いが完全に吹っ切れた訳ではない、それでも――聖剣を手にすることで自分の大切なものを守れるのなら。


 顔を上げたジュードの目に、先程のような躊躇いは既に見受けられない。ジェントはそんな彼を眺めて、ふと優しく笑った。


 * * *


 ウィルたちは自分たちの状況に半ば絶望していた。

 悪魔のような魔族が赤い臓器、魔心臓を起動させた矢先――彼らは身動き一つ取れなくなったのだ。その出で立ちと力は悪魔のような(・・・・・・)ではなく、文字通りただの悪魔と言える。

 ウィルは手にする神槍ゲイボルグのお陰か動きを制限されることはなかったが、他の面々は全滅だ。辺り一帯を黒く染める黒い靄――負の感情はこれまでとは比較にならぬほどの禍々しさを放ち、その場の生き物に苦痛を与える。

 草花は次々に枯れていき、赤子の手を捻るかのように命を刈り取られた。


「ガハハハ! これが魔心臓の威力か、ただでさえ脆弱な人間がまさにゴミ虫のようではないか!」

「こんの野郎……ッ!」

「だと言うのに、なぜ貴様は元気なのだ? ふぅむ、気に入らんな。気に入らんから貴様から始末してくれよう」

「軽く言ってくれるぜ、ったく……!」


 魔族――否、悪魔は地面に倒れ伏すグラムたちを眺めて、至極満足そうに高笑いなど上げてみせるものの、次の瞬間には真っ赤な双眸はウィルへと向けられる。ウィルには魔心臓の力が効いていない、その事実が気に喰わないのだ。

 尤も、それは彼の手にある神器――神槍ゲイボルグのお陰なのだが。

 悪魔は太い両腕を軽く廻し、ずっしりとした身を揺らしながら歩いてくる。それを見据えてウィルは一人ごちながら身構えた。


 しかし、その矢先――悪魔は、見るからに重量がありそうな身からは想像も出来ないほどの速度でウィルの後方に回り込んだのだ。


「な……ッ!?」

「ガッハッハ! 喰らえええぇ!!」


 至極愉快そうに笑いながら、悪魔は右手の拳を握ると無遠慮にその腕を振るった。そんな剛腕で殴られれば、人の身など簡単に壊れる。例え神器を持っていてもダメージは免れないだろう。

 ウィルは頭で考えるよりも先に、横にした槍を咄嗟に突き出す。叩き込まれた拳は柄の部分で辛うじて受けることは出来たが、槍を持つ両腕には強い衝撃が走った。まるで電気でも流されたかのような感覚だ。

 吹き飛ぶことは避けられたが、軽くバランスを崩してしまう。忌々しそうに舌を打ち、ウィルは改めて槍を構えると相手の動向を窺った。その一挙手一投足を見逃すまいと。


 だが、悪魔は戸惑うような様子もなく再び飛び掛かってきた。その速度は尋常なものではない、ウィルの目では追うことさえままならない。ジュードでさえ捉えることが出来るかどうか、それほどの速度だった。

 瞬時に真横に回り込まれ、ウィルは眉を寄せて歯を喰いしばる。先程と同様に槍で一撃を防ぐものの、この繰り返しではいずれやられる。現に、たった二発防いだだけにも拘わらず彼の両腕は既に悲鳴を上げつつあった。


「(イヴリースの言ってた通りだ、俺はまだ神器を全く使えてない……ッ!)」

「どうしたどうした? お前からは仕掛けて来ないのか? これならばさっさと贄を捕まえてしまう方が良さそうだなァ」

「させるかよ!!」


 ジュードを連れて行かれる間際、イヴリースが口にしていたことだ。

 ――得物は立派でも、それに遊ばれているようでは通用しないと。それを、これでもかと言うほどに痛感した。

 挑発なのか本気なのかは定かではないが、言葉通り依然として眠ったままのジュードに向き直る悪魔の姿を見てウィルは固く槍を握り締めると、向けられた背中に向かって飛び掛かる。敵に背中を向けるなど、相手を甘く見ている証拠だ。


 薙ぐように振るった槍の切っ先は片腕を掠め、緑色の血飛沫が噴き出した。それを見て悪魔は一度だけ笑いを鎮めたのだが――その刹那、片足を軸に身を反転させると回転する力を上乗せしてウィルの鳩尾に拳を叩き込む。

 脳が揺れるような錯覚を覚え、次の瞬間には全身に激痛が走る。ウィルは双眸を見開き、空咳を一つ。幾ら神器の加護があっても完全に防ぎ切ることは出来ず、その身は枯れ木のように吹き飛ばされてしまった。


「ウィ、ウィル……っ! や、やめてよ……!」

「身体さえ、動けば……ッ」


 マナは地面に倒れ伏したまま、意味などないと分かっていても必死に手を伸ばす。カミラは悔しそうに奥歯を噛み締めながら、指先が白くなるほどに固く両手を握った。

 自分が持っているものも神器の筈だ。だと言うのに、なぜ自分はこのように身動き一つ取れない状態に陥ってしまっているのか。カミラは疑問だった。

 その所為でウィル一人に任せてしまっているのだから。

 グラムやメンフィス、クリフでも抗えないほどの強力な負の感情。どうすれば良いのか突破口が見つからなかった。


「フン、武器だけは用心した方が良いようだな。我が身に傷を付けるとは生意気な……」


 悪魔は吐き捨てるようにそう呟くと、再びジュードへと向き直った。

 だが、向き直ったところでその足は動きを止める。

 なぜなら、つい今し方まで眠っていた筈のジュードが立ち上がり、顔を伏せていたからだ。その手には聖剣が握られているが、現段階では何の反応も見せてはいない。


「お……? ハッハッハ、お目覚めかいお姫様? あのまま眠っていれば怖い想いをしないで済んだのになァ?」


 一度こそ意外そうな顔をしてみせた悪魔だったが、恐れる相手ではないと思っているらしく――再びゆっくりと歩き始めた。言葉尻が上がるのは、相手を完全に見くびっている証以外の何でもない。


「ジュ、ド……くそ……ッ!」


 グラムは剣を地面に突き刺して身を起こすが、立ち上がることは出来なかった。身体に全く力が入らない、立ち上がろうとすればするほど、まるで背中に何かが圧し掛かってくるような重量を感じる。

 なんとかジュードを助けなければ、そうは思っても出来ることは何一つない。声を上げることさえままならないのが現状だった。


 一方で、ジュードは目を伏せて顔を俯かせたまま、聞こえる声にただただ耳を傾ける。

 夢の中でもっと聞いていたいと思った、その声に。


『――ジュード、怖いか……怖いだろう。聖剣が持つ力は君たちが思っているよりも遥かに強力だ。だが、君ならその力を正しく使えると信じている』

「……はい」


 ジェントの言葉にジュードは小さく頷くと、ちょうど目の前まで歩いてきた悪魔を見上げる。すると、両腕を振り上げる様が見えた。


「――ジュード!」


 カミラは思わず声を上げ、ウィルは槍を支えに立ち上がる。片手は腹部を摩っていることから、そのダメージがかなりのものだったことが窺えた。

 悪魔はそのままジュードを抱き潰す勢いで捕まえようとした――が、勢い良く振り下ろされた両腕は彼の身を捕らえることは叶わなかった。腕の先にはジュードの姿さえなかったのである。


「……!? ど、どこへ消えた!?」

「――後ろだよ」

「う……がああぁッ!?」


 悪魔は慌てて右や左と見渡すが、その双眸はジュードを捉えることはない。一体何処へ――そう疑問を抱いた直後、真後ろから声が聞こえてきた。

 大慌てで振り返りはするものの、身構えるよりも先に白の閃光が走る。そして一拍遅れて魔心臓が鎮座する肩が肉体から離れた。――肩から一刀両断、斬られたのだ。それも酷く呆気なく。

 悪魔の大きな口からは大地を揺るがすほどの悲鳴が上がり、ジュードは勢い良く噴出する血に表情を顰めた。


「バ、バカな……ッなんだとぉ!? そんな筈はない、魔心臓で強化された身体能力を上回るなど有り得る訳が……!」

『――愚かだな、知らないのか? 聖剣は持ち主の(・・・・)全能力を高めてくれる(・・・・・・・・・・)、お前程度が太刀打ち出来るものではない』

「な、んだと……!?」


 悪魔は、確かにその目で見た。

 何処にいたのか、ジュードの傍らにふらりと現れた赤毛の青年の姿を。

 それだけではない、姿を視認出来ただけでなく彼の声までもがその耳を刺激した。

 この男は一体誰だ――そう思うのと意識が消失するのは、ほぼ同時。直後、悪魔の頑丈な身体は頭頂部から股の下までを真っ二つに斬り裂かれていた。

 他の誰でもない、聖剣を携えるジュードに。


 悪魔は断末魔の叫びを上げて黒い炭と化すと、そのまま光に溶けて消えてしまった。

 ウィルは腹部の痛みも忘れ、唖然としながらジュードの姿を見つめる。負の感情を撒き散らした魔心臓が消滅したことで解放されたグラムやマナたちもまた、同様の反応だ。


「あ、あれが……聖剣の力、なの? 一体、何が起きたの……?」


 マナは瞬きも忘れたように、ただただジュードを見つめて呟いた。誰に問う訳でもなく。

 傍らでうつ伏せになったまま、ルルーナも似たような反応だ。あまりにも早い決着、ジュードが何をしたのかもよく分からなかった。

 当のジュード本人は己の手にある聖剣を見下ろすと、その柄をしっかりと握り締める。


「(……すごい、まるで四神柱(ししんちゅう)の力を借り受けた時みたいだ。身体が軽すぎて自分でも上手くコントロール出来ない……)」


 すると、聖剣は敵は倒したとばかりに淡い輝きに包まれ、その形状を変化させる。手の平に収まるほどのサイズに縮んだそれは、ふわりと浮かび上がり――ジュードの右耳に我が物顔でぶら下がった。


「わわわっ」

『はは、聖剣の普段の形状はイヤーカフだ。他の神器同様、敵の気配を察知したら勝手に剣になる』


 ジュードはジェントの姿を見上げて、口唇を真一文字の形へと引き結ぶ。

 聖剣の継承者となってしまった以上、この勇者を失望させるようなことがあってはならない。気になることは山のようにあるが、今はただそう思った。



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