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第十一話・悪魔再び


 ヘルメスたちが消えてから、二十分が経とうとしていた。

 本来ならば早々に引き返し、王都へと帰り着きたいところなのだが――彼らが消えるのを見送った後、不意にジュードが聖剣を持ったまま後ろにひっくり返ってしまったのである。

 実の兄である筈のヘルメスに「必ず殺す」などと宣言されたことが余程ショックだったのか、それとも他に理由があるのか。それは定かではないが、現在の彼は完全に意識を飛ばしてしまっている。


「……カミラちゃん、大丈夫?」


 危ないからと聖剣を離させようとしていたグラムだったが、ジュードの手からそれは決して離れなかった。ふう、と疲れを滲ませて溜息を洩らすグラムやメンフィスを後目に、ルルーナは心配そうにカミラに目を向ける。

 大臣に「あなたの所為です」などと執拗に責め立てられた彼女のことが純粋に心配になったのだ。するとルルーナの言葉に反応して、マナやウィル、リンファも気遣わしげな視線をカミラへと投げ掛けた。


「う、うん……大丈夫。ごめんね、心配掛けて……」

「……ここのところ色々あったし、都に帰ってゆっくり――って言いたいんだが、坊主はどうしちまったモンかね。メンフィス様、熱は?」

「うむ、特にないな。ジュードも疲れが溜まっているのかもしれん……」


 クリフは視線のみを動かしてカミラを見遣った後に、ジュードの傍らに控えるグラムやメンフィスに目を向ける。少し待てば起きるかと思っていたのだが、疲労が蓄積した所為で意識を飛ばしてしまったのならば難しいだろう。

 自分が彼を背負って、すぐにでも王都に帰る方が良いかとクリフは思案顔で小さく唸った。

 なにせ、ここは都に張られた結界の外。のんびり休憩するには聊か不安が残るのだ。


 ――けれども、その時。不意にメンフィスが動いた。

 厳つい顔に警戒の色を滲ませて、屈んでいた地面から静かに立ち上がる。片手は腰に据える剣に添えて。


「……どうやら連中は、我々のことも疲弊させたいようだな」


 静かな声でそう呟く彼の視線は、仲間の誰にも向けられていない。

 自分たちが辿ってきた道に向いていた。

 その視線を追いウィルたちが弾かれたように振り返ると、そこにはいつかも見た姿。太く発達した両腕と頑強そうな肉体は、以前王都ガルディオンに襲来した悪魔のような生き物の魔族だった。


「や、やだ、あいつ……!」

闇の領域(ダークネスフィールド)とかいうのを展開してきた、あいつか……!」


 あの時は、メンフィスですら闇の領域の影響で苦戦を強いられた。

 光の加護を得たジュードとカミラならばともかく、ルルーナがその闇の領域を解除してくれなければどうなっていたことか。

 当時交戦したものは確かに倒した。そのため、これは当時とは別の個体だろう。

 ウィルとカミラは咄嗟に神器を手にすると、メンフィスと共に前線で構える。以前に比べて多少は満足に戦えるだろうが、それでも敵は決して弱くはない。


 悪魔のような風貌の魔族はウィルたちの姿を視界に捉えて、ニタリと不気味に笑う。

 その肩には、アグレアスやイヴリース同様に真っ赤な心臓のような臓器が鎮座していた。


 * * *


『……? あ、あれ?』


 ジュードはぼんやりとした頭のまま、目を開けた。いつにも増して頭の回転が鈍い。

 辺りに目を向けてみれば、そこは何処か神殿のような場所。神々しささえ漂っている気がした。

 ――まただ、またいつの間にか妙な場所に来ている。これで何度目だろう。

 そう考えながら、ジュードは静かに立ち上がった。


『ヘルメス王子が聖剣を持って逃げて、その先にアンヘルがいて……』


 アンヘルはヘルメスたちを連れて逃げた。その時にヘルメスに「必ず殺す」と言われたまでは覚えている。

 腹の中に大きな石でも突っ込まれたような不快感と、鋭利な刃物に突き刺されたような痛みを感じて思わず聖剣を握り締めた筈だ。

 そこから先の記憶がない。


『……そういえば、ここ……』


 改めて辺りに視線を巡らせてみても、実際にこの場を訪れたような覚えはない。けれども、ジュードの記憶にこの光景はほんのりと残っていた。

 先に続く通路を見れば、眩い輝きが溢れ出している。それを見て鮮明に思い出した。

 そうだ、港街カームで見た夢だ。ちびを失って極限まで落ち込みながら見た、恐らくは未来のものだと思った夢。

 その最深部にいたのは、精霊の里で助けてくれた赤毛の青年だった。そして、その青年の正体は――


『……っ!』


 そこまで考えて、ジュードは思わず駆け出した。

 通路の正面から漏れ出す光が瞳孔を刺激して痛い、まるで無理矢理こじ開けられるかのような痛みだ。片手を目のやや上に翳しながら、先へ先へと足を急がせる。

 そうして行き着いた先には、やはり夢で見た光景が広がっていた。

 光を纏う石碑と――傍らに佇む青年。ジュードが最深部に足を踏み入れたのを確認したかのように、徐々に光は和らいでいき、程なくして沈黙してしまった。


 すると、青年は静かにジュードを振り返る。その姿形、風貌に至るまで夢のものと寸分の違いもない。


『勇者、さま……』


 か細く、そう一言告げると青年は――ジェントは驚いたように目を丸くさせた。

 驚いて、苦笑して、そうして困惑を乗せて眉尻を下げる。そんな表情の変化ひとつひとつが、とても綺麗だと思った。

 綺麗――そんな陳腐な表現ではちっとも足りない。それほどまでに、この青年は美しかった。なんと表現すればその美しさを表せるだろうか。ジュードの頭では適切な言葉が欠片も見つからない。


『うん――やっと会えたな、やっと君と話せる』

『……』


 ジュードは惹き付けられるように、そちらにふらりと歩み寄る。

 ずっと憧れてきた伝説の勇者が自分の目の前にいるのだと――そう考えたら、どうして良いか全く分からなかった。

 ジェントの目の前で足を止めたジュードは、彼と向き合う形で真っ直ぐにその双眸を見つめる。自分と同じ色をした、大層美しい翡翠色の双眸を。


『ジュード、君がこの場に来てくれたことを嬉しく思う』

『は……はい』

『ジェント……ジェント・ハーネンベルグ、それが俺の名前だ』


 あの夢で聞いたものと、全く同じだ。

 だが、夢は確かこの辺りで終わっている。これから先のことは、ジュードにも分からない。


『あ、あの、オレは……どうしたんでしょうか、ここは一体……?』


 色々と聞きたいことはあったが、とにかく気になるのは「この場所がどこなのか」と「自分はどうしたんだったか」ということだ。

 彼が呼んだのか、それとも自分がまた倒れてしまったのか。気になったのだ。

 するとジェントは傍らの石碑を一瞥した。


『ここは嘗てヴァリトラが創り出した空間……聖剣の中とでも思ってくれればいい。聖剣が君の精神だけを自分の中に呼び寄せたんだ』

『せ、精神だけを……? ど、どうして……』

『最終確認のためだ、君に聖剣を手にする覚悟があるのかどうか』


 ジェントのその言葉に、ジュードは思わず脇に下ろした両手を固く握り締めた。

 ――心は、まだ決まってなどいない。話したいと思っていたヘルメスは、いなくなってしまった。必ず殺すと、そんな痛みを伴う言葉だけを残して。


 聖剣をどうしたら良いのだろう――自分はどうしたいのだろう。

 そう考えて、ジュードは静かに俯いた。



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