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第十話・聖剣の暴走


「ヘルメス様という婚約者がいらっしゃるというのに……カミラ様、全てあなたが悪いのですぞ!」

「バカ言ってんじゃねーよ! お嬢ちゃんは道具じゃないんだ、何処で男を好きになろうが勝手だろ!」

「普通の女ならばそうでしょうな、しかしカミラ様は姫巫女(ひめみこ)なのです! 姫巫女は王家に嫁がねばならぬ筈、そこらの下等な女とは違うのですよ!」

「はああぁ!? ルルーナ、聞いた? あたしたち下等な女ですって!」

「よ~く聞いたわ、イイ度胸してるじゃないの。自分はヒゲ面のジジイのクセに」


 ヘルメスが明かしてしまったためか、大臣の言葉にクリフは一つ舌を打ってから言葉を向ける。けれども一度火が点くと止まらない大臣だ、間髪入れずに畳み掛けるものの――それは女性陣の怒りを刺激するだけであった。

 当のカミラはと言えば、思わぬ場所でバラされてしまった自分の想いに両手で顔面を覆い俯いている。「ひいぃ」だの洩れ聞こえてくる声は、恐らく気の所為ではないだろう。

 そしてジュード本人もまた――困惑したように頻りにウィルやグラム、メンフィスを見回していた。その顔は動揺からかほんのりと赤い。


「ともかく、カミラ様――全てあなたが悪い、あなたの責任なのです! あなたの無神経な行動の所為で多くのヴェリアの民が命を落としたのですからなッ!」

「……っ」

「未来の姫巫女がこのような無責任な女であるとはっ、嘗て世を救った勇者様も浮かばれますまい!」


 改めて声を張り上げた大臣の言葉にカミラは口唇を噛み締めると、顔面を覆っていた手を静かに下ろした。

 カミラがジュードを好きになったから、ヘルメスは魔族と手を結んだ。ヘルメスはカミラの婚約者だ、ジュードに想いを寄せず――寄せたとしてもひたすら隠し通していれば、このような事態は避けられたのだろうか。

 自問自答をしてみても、カミラの中で答えなど出る筈もない。

 アンヘルはそんなやり取りをやはりつまらなさそうに眺めると、大臣の後ろから聖剣を軽々と引き抜いてしまった。


「はあぁ、つまんないの。んじゃ、聖剣はもらっていくね」

「き、貴様っ! 聖剣を返せ! それはヘルメス様の……!」


 大臣はと言うと突然真後ろから奪われた聖剣に大慌てでそちらを振り返り、アンヘルに手を伸ばす。

 だが、その刹那――それまで沈黙を貫いていた聖剣が、眠りから覚めたかのように力強く光り輝くとアンヘルの手から抜けて、ひとりでに浮かび上がったのだ。

 それにはアンヘルや大臣のみならず、その場に居合わせたほぼ全員が驚いたように目を丸くさせて聖剣を見上げた。

 そして、次の瞬間。一際強く光を放つと、聖剣の刀身からは眩い光弾が放たれたのである。


「ひいいぃッ!?」


 聖剣から放たれた光弾はヘルメスや大臣、兵士たちやアンヘルなどを悉く狙い撃つ。ジュードたちの方には一切飛んでこなかった。

 神が造った剣だ、どちらが悪いか分かっているのだろうと――ウィルたちはそう思ったのだが、ジュードだけは違う。上空で矢継ぎ早に光弾を放つ聖剣を見上げたまま、思わずと言った様子で一つ呟いた。


「……なんだろう、聖剣が物凄く怒ってるような……」

「お、怒ってる? ジュード、幾ら聖剣って言ってもアレは無機物だぞ」

「あ、ああ、そうなんだけど……なんか、そんな感じがするんだ」


 ウィルはジュードの言葉に怪訝そうな表情を滲ませると、彼の視線を辿って聖剣を見上げる。だが、ウィルの目には特にそういった様子は見受けられなかった。どう見ても、大層美しい一本の剣だ。

 尤も、剣が単身で光弾を放つなど普通は考えられないが。

 そんなやり取りをしている間にも、聖剣からの攻撃は止まない。休みなく光の弾を叩き付けて大臣たちを攻撃し続けている。

 けれども、直撃を狙っている訳ではないのか、威嚇のようにも見える。とにもかくにも、このままでは話もままならない。


「だ、大丈夫かな……あの、ちょっと触りますよ……」


 取り敢えずジュードたちの方にまでその攻撃は飛んでこない、聖剣に耳などある筈もないのだが――それでも律儀に一つ断りを入れてから、ジュードは恐る恐ると言った様子で上空に浮かぶ聖剣へと手を伸べた。

 もし、何らかの逆鱗に触れて今度はこっちに襲い掛かってきたらどうしよう。そんな心配を抱きつつ。

 気を付けてよ、とマナとルルーナから掛かる言葉を背に受け、メンフィスとグラムが身構える中――ジュードは聖剣に触れた。

 そしてそこで、不可解な姿を目にしたのである。


「(……ん?)」


 今この場にいるのはジュードとカミラ、グラムとメンフィス、クリフ――ウィルやマナ、ルルーナにリンファなど仲間はいつもの面子だ。精霊たちはヴァリトラの傍で待っている。

 敵側もアンヘルやヘルメス、大臣とその共の者だけだった筈。

 だと言うのに、ジュードの目は別の姿を捉えていた。

 つい先程まで、そこには誰もいなかった筈なのだ。しかし、その人物は突然そこに現れた。まるで最初からその場にいたかのように。


『――先程から黙って聞いていれば、好き勝手なことばかり述べおって!』

「……」

『俺が浮かばれんのは、寧ろお前らのような者たちがいるからだ! 大体、巫女は王家に嫁がねばならんなどの決まりを作った覚えはない!』

「(……あれ、あの人……)」


 それは、依然として聖剣に宿ったままのあの亡霊――ジェントだった。

 聖剣が勝手に動き出したのは、嘗ての持ち主である彼の怒りに呼応したからだ。けれどもジェント本人はそれに気付いていないのか、聞こえないと知りつつも怒声を張り上げるばかり。ジュードはそんな彼の背中を最初は警戒を露わに眺めていたのだが、その姿には見覚えがある。

 あの時――精霊の里で助けてくれたと思われる、赤毛の青年だ。そしてその青年の正体は、あの夢で既に知っている。


「ゆ……ゆ、ゆう、しゃ、さ……」

「……ジュード様? 如何なされましたか……?」


 ――勇者が、伝説の勇者が目の前にいる。

 だが、その姿はジュードにしか見えていないようだ。一度仲間たちを振り返るが、誰もが皆、不思議そうに首を捻るばかり。

 アンヘルは忌々しそうに舌を打つと、強く大地を蹴って後退る。そして足元に黒い魔法陣を展開すれば、大臣や兵士たちは慌ててヘルメスの腕を引きそちらに駆け寄った。


「ヘルメス様っ!」

「……貴様が邪魔なのだ、ジュード。貴様が……貴様さえいなければ、私はこうまで追い詰められることはなかった。忘れるな、貴様はこの私が必ず殺す――!」

「……!」


 カミラは慌ててヘルメスを呼ぶが、当のヘルメス本人は彼女に一瞥を向けるだけ。どうやら彼の心は既にこちら側にはないようだ。

 今もまだカミラを想う気持ちは強いのだろうが、魔族の側に渡ることを決めてしまっている。これまで落ち着いた様子しか見せなかった彼が、今だけはその美しい風貌に憎悪を乗せてジュードを睨み付けていた。

 そして彼のその言葉は、ジュードの胸を問答無用に抉る。彼は実の兄の筈――その兄が、弟である自分をその手で殺すと宣言したのだから、当然だ。


「……」


 ジュードが絶句したまま何も言い返せずにいると、ヘルメスの身は黒い魔法陣に包まれて空気に溶けるように消えていった。

 聖剣を取り戻すことは出来たが、そこには痛みばかりが残る結果となったのである。



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