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第九話・聖剣を追え!


 ジュードたちは身支度もそこそこに、大慌てで王城を飛び出した。

 街の復興をしていた多くの住民たちは我先にと都の外を指し示して、王子や大臣たちの行方を報せてくれる。どうやら目撃者が多数いるようだ、これならばすぐに見つかるだろう。


「メンフィス様、先程ヘルメス様が外へ向かわれましたが……どうしたのですか?」

「いやなに、大したことではない。我々は王子の迎えに行かねばならん、報告に感謝するぞ」


 メンフィスは厳つい風貌に笑みなど浮かべてみせながら、そう返答を向ける。聖剣を盗まれたなどと言えば、民に要らぬ不安を抱かせてしまうためだ。

 そして肩越しに後方を振り返ると、言葉もなく静かに頷く。それを見てグラムを筆頭にジュードたちは静かに頷きを返した。

 竜の神が目覚めて以来、都は常に光の結界により覆われ、魔族の侵入を阻み続けている。これならば自分たちが都の外に出ても街は大丈夫だろう。

 尤も、その隙を突いてこちらに魔族が襲ってくる可能性もあるが、これだけの人数がいれば多少のことではやられない。


 メンフィスやグラム、クリフを先頭に、ジュードたちは王都ガルディオンを飛び出す。行き先はもちろん、聖剣を持って逃げたヘルメスや大臣のところだ。

 先程、謁見の間に集まった者の中にはヘルメス派の者もいた。だと言うのに、ヘルメスは彼らを置いて行ったのだ。それを考えるとジュードの胸には複雑な感情が宿った。


「――ちび! ヘルメス王子の匂いを辿れ!」

「ガウウゥ!」


 一刻も早く見つけないと――ジュードはそこで思考を止めると、己の中から相棒を喚び出した。

 すっかり魔物ではなく聖獣としての転生を果たしたちびは、依然として真っ白な毛に覆われた神々しい姿をしている。

 ジュードの胸辺りから勢い良く飛び出したちびは、一度鼻先を大地へと寄せ――そして一つ吼えてから四足を使って駆け出していく。

 聖剣を自分が使うのか、それともヘルメスに任せるのか。ジュードの心は未だに決まっていない。兄である彼を差し置いて自分が使って良いのか、そんな遠慮があった。


「(だから、話したいと思ったんだよ。ヘルメス王子はどう思ってるのか、どう思うのか……なのに……!)」


 その前に、聖剣を持って逃げられてしまった。

 だが、今ならまだ間に合う筈だ。

 ヴァリトラが見せてくれた過去の記憶の中で、ヘルメスはいつも優しかった。年相応の笑顔を見せて、ジュードに優しく接してくれていた。

 生まれたばかりのジュードの世話をして、大層嬉しそうに笑っていたのだ。兄弟であるのなら、しっかりと向き合って話がしたい――ジュードの願いはそれだけだった。


 * * *


 王都ガルディオンから東に行くこと約十五分、その先で目的の姿を見つけた。ヘルメスと大臣、あとは数人のヴェリアの兵士たちだ。

 カミラは彼らの後ろ姿を見て思わず声を上げそうになったが、その中に見慣れぬ姿を一つ見つけて怪訝そうに眉を寄せる。見慣れてはいない、けれども見覚えのある色合いだ。


「ジュード、あれは……!?」


 紫紺色の髪と、真紅の双眸。年頃は自分たちとそう変わらない。

 黒衣を纏うその青年は――ジュードと同じ顔をしていた。それを見てウィルも思わず瞠目する。


「アンヘル・カイド!」

「むっ、き、貴様ら! もう追い付いてきたかッ!」

「こんの、ハゲジジイ! さっさと聖剣を返しなさいよ!」


 ジュードが上げた声にいち早く反応したのは大臣だった。大切そうに聖剣を両手で抱き締めながら、慌てふためいた様子で身体ごと振り返ってくる。

 そんな大臣の様を見て、マナは憤りを露わに怒声を張り上げた。

 メンフィスとグラムはアンヘルの姿を見て、軽くだが狼狽する。何故って彼の姿形、風貌に至るまで色合い以外は全てがジュードと瓜二つだったからだ。


「な……ッ!? なんだ、あやつは……ジュード……!?」


 精霊の里の聖殿で邂逅を果たしたものの、ウィルはともかく他の面子も同じだ。遭遇はしたが、距離があったためにアンヘルの風貌までは窺い知れなかったのだろう。メンフィスが洩らした声にマナを始め、カミラたちも動揺し始めた。

 けれども、ジュードは既にその正体を知ってしまっている。彼はジュードが失った記憶――ジュードそのものなのだと。


「アンヘル・カイドって名乗ってた、あいつはオレがなくした記憶そのものだって……アルシエルがそう言ってた」

「記憶、そのもの……? では、あれはジュード様ご自身なのですか!?」

「ふん、何か飼ってるとはあの時に思ったが……まさか神を腹ン中で飼い慣らしてたとはな、恐れ入ったよ本体」


 ジュードやリンファの言葉を聞いてアンヘルは面白くなさそうに目を細めると、片手の親指で己の胸をトントンと軽く小突く。精霊の里で邂逅を果たした時、アンヘルはジュードの身を奪おうとしたのだが――何かによって阻まれた。

 それこそが、ヴァリトラだったのだ。ジュードの肉体を乗っ取ろうとしたアンヘルを、ヴァリトラが追い出したことで事なきを得ることが出来た。

 グラムはアンヘルとヘルメスを細めた双眸で見遣ると、一歩前に出ようとするジュードの腹辺りに片手を添えて制す。ジュードはそんな父を不思議そうに横目に見遣った。


「……父さん?」

「大臣殿、そのアンヘルという者……魔族では? どうも初めてお会いしたようには見えませんな」


 そうなのだ。ヘルメスも大臣も、初めてアンヘルと会ったようには見えない。幾ら相手がジュードと同じ姿をしているとは言え、髪色の違いから別人だとは容易に知れる。

 だと言うのに、ヘルメスにも大臣にも――果てには周囲の兵士たちにも警戒しているような色は全く見えなかった。

 グラムの言葉に大臣はびくりと肩を跳ねさせると、慌ててヘルメスの後ろに隠れる。その様子では「そうです」と言っているようなものだ。


「ふふ、あはは! バカだなぁ、否定しないの? そんなことしてたら肯定してるようなものじゃないか。察しが良いね、おじさん。そうだよ、オレたちはもう何回もこうして会ってるんだ」

「ア、アンヘル、貴様ッ!」


 アンヘルは別段困ったような様子も見せず、寧ろ愉快とばかりに声を立てて笑う。そんな様を見て大臣は忌々しそうに奥歯を噛み締めると、聖剣を抱く腕に力を込めた。

 しかし、ヘルメスにもアンヘルにも焦りの色は微塵も見えない。アンヘルに至っては大臣の狼狽具合を楽しんでいるようにさえ見えた。


「兄上とこの大臣が、オレたち魔族にヴェリア大陸を売ってくれたんだよ。敵対しない、互いに協力関係を結ぶって約束でね」

「え……?」


 アンヘルの言葉に今にも消え入りそうな声を洩らしたのは、カミラだった。

 彼は今、なんと言った? ヘルメスと大臣が、裏で魔族と手を結んでヴェリア大陸を売った――そう言ったのだ。

 ヴェリア大陸には彼女の故郷がある、ヘルメスにとっても故郷の筈なのだ。それを魔族に売ったなどと、到底許せることではない。


「それだけじゃない、この前ガルディオンにアグレアスたちが攻め入ったのも全部……兄上とこの大臣が情報をくれたからさ」

「……やはりそういうことだったか。ジュードたちが王都に帰り着いて間もなくのことだったからな、スパイが紛れている可能性があると思っていたが……」


 しかし、それがまさかヘルメスだったとは。

 グラムはそう言いたげに奥歯を噛み締めると、依然として氷のように冷たい双眸で見返してくるヘルメスを睨み据えた。その顔色からは、彼が何を考えているかなど全く窺えない。

 カミラは衣服の裾を握り締めると、込み上げる怒りのまま声を上げた。


「じゃあ、じゃあ……っ大陸から逃げてくる時にたくさんの人が魔族に襲われて亡くなったのも、ジュードがさらわれたのも、全部……ッ! どうしてですか、どうしてそんなことを!」

「――君が悪いんだろう、カミラ」


 けれども、カミラが上げた声にヘルメスは至極当然のことのように冷たい声色で返答を寄越してきた。

 カミラが悪い――それは一体どういう意味なのか。カミラは怪訝そうな面持ちでヘルメスを見返す。


「君は私の婚約者だと言うのに、外で他の男に想いを寄せた。ましてや、それが私の弟だと? その上、こんな奴を聖剣の所有者として選ぶなど……悪ふざけにも程がある」

「……へ?」

「――!!」


 吐き捨てるように洩らしたヘルメスの言葉にジュードは目を丸くさせ、カミラは耳まで真っ赤に染まる。ウィルたちは第三者から洩らされたその言葉に、顔を押さえたり苦笑いを浮かべたりと反応は様々だ。

 カミラは、ジュードのことが好きなのである。だが、それを彼女が自分の口で告げることは叶わなかった。



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