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第五話・出逢いの記憶


「だれもわたしと遊んでくれないの……」


 瑠璃色の髪を持つ幼い少女――否、幼いカミラは岩の上に座り込んだまま小さく呟く。

 そんな彼女の言葉を聞いたジュードは、不思議そうに目を丸くさせた。どうして誰も遊んでくれないと言うのか、ジュードには理由が分からなかったのだ。


「どうして?」

「わたしが、気持ち悪い子だから……」

「……」


 この女の子の何処が気持ち悪いのか、ジュードは更に分からなくなった。

 幼いながら彼の目に映るカミラの姿はとても綺麗なものだと思ったからだ。母や妹のものとは全く異なる深い深い瑠璃色の髪、それと同じ色をした大きな双眸。ジュードの目には、それらがまるで宝石のように見えていた。

 何処となく怯えたようにも見える様子にジュードは一度黙り込むと、踵を返して森の奥へと駆け出す。


 すると程なくして、彼の視界には液状の身を揺らして歩くスライムが飛び込んできた。ジュードは目を輝かせると傍らに駆け寄り、問答無用に両手でその身を抱きかかえる。プルンプルンとゼリーのように揺れるスライムは、明らかに狼狽していた。

 当然だ、いきなり人間の子供がやってきて自分を抱え上げるのだから。


 続いてジュードの目に映ったのは、足がたくさんある虫――ムカデだ。

 ムカデ、カタツムリ、ヘビなど見た目が気持ち悪いそれらを集めると、己の頭や肩に乗せて大慌てで少女の元へと戻っていった。

 そして虫やスライムを抱きかかえるジュードを見て、カミラは鼓膜を(つんざ)かんばかりのけたたましい悲鳴を上げたのである。


「僕も気持ち悪い仲間だよ、だから僕と一緒に遊ぼうよ」


 ジュードには、この少女の一体何が気持ち悪いのかは分からなかったが。

 そう告げると少女はピタリと泣き止み、暫しジュードの様子を窺ってはいたものの――程なくして花が咲いたように、それはそれは嬉しそうに笑った。

 それが、ジュードとカミラにとって本当の意味での初めての出逢いだ。


 * * *


「……」

「……なんだよ、なんでみんなそんな目で見るんだよ……」

「わたしこの時、すっごく怖かったの覚えてる……」

「でしょうね、可哀想なカミラちゃん……」


 その光景を見つめていたジュードだったが、不意に突き刺さるような視線を幾つも感じて視線を向けてみれば、仲間たちが何とも言えない表情でこちらを見ていたのだ。

 憤りと言うよりは、呆れの色が非常に濃い。一体お前は何をやっているんだと言わんばかりの。

 無論、この記憶もジュードの中には残っていない。恐らくはアンヘルならば知っているのだろうが、ジュード本人にはやはり覚えがないのだ。

 故に、そんな顔をされてもどうしようもないのである。


 カミラは当時を思い出したのか、やや蒼い顔をしながら小さく頭を左右に振った。それでも虫の類が大嫌いになっていないところを見ると、トラウマと言うレベルでもなかったようだが。

 グラムは仲間たちを宥めながら、映像の中で戯れて遊ぶ幼いジュードとカミラを見つめながら片手を己の顎に添えた。


「まあまあ……しかし、この頃のジュードはヘビ嫌いではなかったのだな」

「あ……言われてみればそうね、普通にヘビ持ってたし。じゃあ今のジュードのヘビ嫌いは何なのかしら、昔からヘビを見るとわんわん泣いておじさまにしがみついてたのに……」

「嫌いのレベルじゃないでしょ、いっそトラウマよアレは」


 映像の中の幼いジュードは怯えたような様子もなく、普通にヘビに触れていた。怖がるどころかにこにこと、非常にフレンドリーな様子で。

 地の国で見せた狂戦士(バーサーカー)並の狂乱ぶりを知っている以上、なんとも信じ難い光景である。

 そうしている間にも、記憶はどんどんと進んでいく。ジュードとカミラは知り合ってから、ほぼ毎日のように森で遊んでいた。


 その森は彼女の故郷である聖地ヘイムダルに続く森で、中には大きな湖がある。ジュードとカミラは、その湖畔でいつも夕暮れ時まで一緒に遊んでいた。

 そんなある日、ジュードはカミラを連れて聖王都へと帰り着く。彼に手を引かれて歩くカミラは怯えた様子で、頻りに周囲を見回していた。人の目が怖いのだろう。


「あのね、お父さまとお母さまがカミラに会いたいんだって」

「で、でででもわたし、キレイなカッコじゃないのに王さまや王妃さまにだなんて……」

「大丈夫だよ!」


 どうやら、カミラをジュリアスとテルメースに会わせるためらしい。

 カミラはおどおどと完全に怯えている。ジュードと遊ぶ中で彼がヴェリアの王子なのだと言うことは理解したが、如何せん彼には王子らしさがない。普通の少年と全く違わないのだ。

 だが、こうして聖王都――それも、王城を前にすると嫌でも彼が王族なのだと身に染みて感じた。

 国王は何の用で自分に会いたいのだろう、王子にもう近付くなと言われるんだろうか――幼いカミラは今にも泣き出しそうになりながら、そんなことを考えていた。


 けれども、カミラの予想は見事に外れていた。

 ジュリアスもテルメースも、純粋にカミラに会いたがっていたのだ。

 それもその筈、いつも夕食の時間にはジュードが大層嬉しそうにカミラと遊んだことを話すのだから。両親はもちろんのこと、ヘルメスやエクレールが興味を持たない筈がなかったのである。

 しかし、この時――恐らく当時は誰も気付いていなかった。


「あ……」


 ヘルメスが幼いカミラを見て、整ったその顔を真っ赤に染めていたことに。

 この時、ヘルメスはカミラに一目惚れしたのだ。

 だが、ジュードもカミラもお互いに好き合っていて、ジュリアスやテルメースは「子供たちが望んでいるのなら」とヘルメスではなく、ジュードをカミラの――姫巫女(ひめみこ)の相手として決めてしまったのである。

 そこからだ。その先の記憶からは、ヘルメスの態度が明らかに変わった。カミラはその光景を目の当たりにすると複雑そうに表情を顰める。


「(まさか、これが原因で……? それでヘルメス様はジュードのことを……)」


 映像の中のヘルメスは、月日が経つにつれて子供(・・)らしさを失い、徐々に現在(・・)のヘルメスへと近付いていった。

 両親の言葉には耳を傾けず、ジュードには冷たく当たり、エクレールのことはほとんど無視するようになったのだ。彼が言うことを聞くのは、次期国王としての知識をこれでもかと授けてくれるあの大臣だけ。ヘルメスの変わりようにジュードはもちろんのこと、両親も完全に戸惑い、エクレールは訳が分からずに泣いてばかりいた。

 それでも、ジュードだけは変わらずに大切な妹として接してくれるためか、エクレールはジュードの後ろを「おにいさま、おにいさま」と付いて回るようになっていった。


 カミラはその光景から目を背けると、静かに視線を落として俯く。


「(わたしの、所為なのかな……ヘルメス様はわたしには少しでもお優しかったけど、でも……)」


 その時から――ジュリアスがジュードとカミラの関係を認めてからだ、ヘルメスが変わり始めたのは。例え他に原因があるのだとしても、全くの無関係とは思えなかった。

 ヘルメスがああなってしまったのは自分の所為なのかもしれない、カミラは口唇を噛み締めると固く拳を握り締めた。ちら、と傍らを見ても、カミラが落ち込むと励まし慰めてくれた物好きな亡霊は既にいない。

 やり場のない複雑な想いを抱えながら、カミラは静かに目を伏せた。



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