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第一話・おはよう!


「アルシエル様、ただいま戻りました」

「イヴリース、どうだ?」

「は……やはり、どの街や村も駄目です。我ら魔族が足を踏み入れることは難しいかと……」


 闇の居城の玉座に腰を落ち着かせるアルシエルの前には、イヴリースが片膝を付いて跪いていた。

 アルシエルはそんな彼女を見据えると、その口から出るだろう報告を急かしたが――返る返答を聞けば、眉を顰めて肘掛を思い切り拳で叩き殴る。彼のその様子からは、これまでの余裕など微塵も感じられない。

 イヴリースはアルシエルの姿に申し訳なさそうに視線を下げ、目を伏せる。別に彼女が何か失敗をしたという訳ではないのだが、まるで叱責を受けているような錯覚を覚えたのだ。


「あれは、やはり神なのですか?」

「そうだ、蒼き竜の神ヴァリトラ……四千年前、あの男に聖剣を託した忌々しい存在……街や村に我らの侵入を阻む結界が張られたのは、奴の仕業だろう」

「は……申し訳ありません……」


 アルシエルから返る返答にイヴリースは改めて顔を下げると、その口からは一つ謝罪が零れた。他になんと言えば良いのか分からなかったのだ。

 自分とアグレアスがしっかりしていれば、ジュードに逃げられることもなかったのでは、と。

 しかし、アルシエルは彼女のそんな言葉を聞くと徐々に冷静さを取り戻してきたらしく幾分申し訳なさそうに眉尻を下げ、玉座から立ち上がった。


「君が何を謝る必要があるんだ。……すまない、声を荒げてしまって」

「い、いえ、私などには勿体ないお言葉……アルシエル様、次の命令をお願い致します」


 イヴリースは慌てたように小さく頭を振ると、即座に気を取り直して文字通り次の指示を待った。

 各地の街や村にはつい先日から、魔族の侵入を阻む光の結界が張られてしまった。それは当然ながらこれまでには存在しなかったもの。

 竜の神復活と共に起きた現象故に、ヴァリトラと無関係である筈がなかった。

 街や村に立ち入れないと言うことは、今後は以前のように王都を襲撃することさえ出来ない。非常に厄介なことになってしまった。

 アルシエルは一度視線を中空に向け、暫しの思案を挟んだ末に改めて口を開いた。


「……暫し様子を見る。今後、奴らは神器を求めるだろう」

「神器……ですか?」

「ああ、聖剣もその内の一つだ。だが、奴らの手元に全て揃っている訳ではないようだからな、恐らくはそれらを求めて街を離れることもあるだろう」

「では……そこを狙うのですね」


 そこまで言われれば、イヴリースとて全て聞かずとも理解出来る。

 彼女から返る言葉にアルシエルが薄く笑みを浮かべて頷くと、イヴリースは静かに立ち上がった。

 神器を揃える前であれば、充分過ぎるほどに勝機はある、そこを狙って叩けば再びチャンスは巡ってくるだろう。

 イヴリースは深々と頭を下げると、静かに踵を返した。


 * * *


「……うう……」


 ジュードは、身に感じる寝苦しさに思わず小さく苦悶を洩らす。

 なんだろう、どうしてこんなに寝苦しいんだろう。そんな疑問を抱きながら唸ると、鼻先に湿る感触が一つ。拭おうとしても、あろうことか両手が拘束されているのか動かない。思わずジュードは伏せていた双眸を開いた。

 すると、彼の視界には真っ白い何かが映り込む。何事だろうかと内心で焦るが、ソレはまた一つ鼻先を舐めてきた。


「……ちび?」

「わううぅ!」

「ん……ん、あれ?」


 甘えたようなこの鳴き声はちびで間違いない。途端に安堵を感じて全身から力が抜けていくのを感じたところで、ふとジュードは依然として動かない両手に怪訝そうに眉を寄せた。

 視線のみを動かして己の手を見てみれば――


「いや、みんな……なにしてるんだよ……」


 そこには、ジュードが眠る寝台に突っ伏して爆睡しているだろう仲間たちの姿が見えた。

 右手側にはマナ、左手側にはウィル。この二人の頭が邪魔で手が動かせないのだ、ご丁寧にがっしりと腕や手首を掴まれているために尚更。まるでジュードがここにいるのを確かめるように。

 ウィルの隣にはリンファ、マナの隣にはルルーナがいる。道理で寝苦しい訳だ。


「わううぅ」

「……うん、そっか」


 みんな、すごく悲しかったんだよ――ちびのそんな声が頭に響き、ジュードはその表情を和らげる。仲間に心配を掛けたのは申し訳ないのだが、それでもこうまでして傍にいてくれる暖かさに擽ったくなったのだ。

 しかし、先程からほぼ遠慮なくちびが吠えていると言うのに誰も目を覚ます気配がない。余程疲れているのだろう。


「(ここのところ色々あったからな……っていうか、オレどのくらい寝てたんだろう)」


 取り敢えず、竜の神に助けられたあの一連の出来事は夢ではなかったようだ。無事に魔族の元から逃げ出し、こうして見慣れた場所、見慣れた仲間たちの姿を見てジュードの胸にはようやく安堵が滲んだ。

 マナを起こさないようにそっと右手を彼女の頭の下から引き抜くと、ジュードは寝台の傍らでお座りをして待つちびの頭を撫で付けた。ふわふわの毛が手の平に気持ち好い。

 ちびは嬉しそうに目を細め、上機嫌に軽く喉を鳴らす。


 一通りちびを撫でてからジュードは眠る仲間たちを起こさぬように、静かに寝台を降りた。

 ウィルたちはいるが、グラムやカミラの姿が見えない。それに精霊たちはどうしているだろう。彼らが負った傷は非常に重い。心配が湧くのは至極当然のことと言えた。

 ジュードはちびと共に部屋を後にすると、左右に伸びる通路を何度か交互に見遣る。まだ朝も早い時間なのか、人の姿は全く見えなかった。


「ちび、イスキアさんたちは?」

「わう、わうぅ」

「そっか、無事ならいいんだ」


 大丈夫、元気だよ――ジュードの問いに、ちびは嬉しそうに返して寄越す。

 最後に見た彼らの様子からは元気な様が全く想像出来ないが、ちびの嬉しそうな返答に嘘の類は全く感じられない。それに、ちびは人間ではない。下手に気を遣った優しい嘘など言わないだろう。

 起きているようなら話しに行こうか――そう思い足を踏み出したジュードの視界には、遠目に見える美しい王都の街並みが飛び込んできた。


「う、うわあぁ……すごい、結構な騒ぎだったからまたあちこち壊れてると思ってたのに……」

「王子がお休みになられていました間に、皆で協力して直したのですよ」

「――!?」


 思わずジュードが感想を洩らした時、不意に聞き慣れない声が彼の鼓膜を揺らした。

 慌てて振り返ってみると、そこにはジュードの記憶にはない一人の老婆が佇んでいる。しかし、彼女の風貌には嫌な印象を全く受けなかった。

 白髪の老婆は穏やかに微笑みながら、ゆっくりとした足取りで歩み寄ってくる。


「おはようございます、ジュード様。ようやくお目覚めになられたのですね。それに、こうして生きていてくださったこと……心から嬉しく思います」

「え、あ……ええと、おはようございます」


 どうやら、この老婆はジュードのことを知っているらしい。彼が失くしてしまった記憶の中に、この老婆のことも含まれているのだろう。

 覚えていないとハッキリ言ってしまって良いものか、ジュードは悩んだ。その風貌はとても優しく、生きていたことを純粋に喜んでくれている。覚えていないのだと言えば悲しませてしまうかもしれないと思ったのだ。


「おばあさま!」


 そこへ、ふと聞き慣れた声が聞こえてきた。老婆の肩越しに廊下の先を見てみれば、慌てたように駆けてくるカミラの姿が見える。

 助かった、と。ジュードは自然とその表情を和らげた。

 カミラは老婆の傍らまで駆け寄ってくると、無事に目を覚ましたジュードに向き直ってそれはそれは嬉しそうに表情に笑みを乗せる。


「もう、おばあさまったら……ジュードには昔の記憶がないんですよ。ジュード、おはよう」

「う、うん。おはよう、カミラさん。……ええと、おばあさまって?」

「前に話したことあると思うんだけど、この人はわたしのおばあさまなの」


 確かに以前、カミラに聞いたことがある。彼女に「カミラ」と言う名前を付けてくれたおばあさまのことだろう。彼女にとっては親と言っても過言ではない、そんな存在だ。

 老婆はそんなカミラを見遣ると、優しそうな笑みを浮かべたまま小さく声を立てて笑い始める。その視線がカミラとジュードとを行ったり来たりする様子に、ジュードは訳も分からないまま照れた。


「すみませんねぇ、王子は当時のことを覚えていらっしゃらないとヴァリトラに聞いたんです。でも……ジュード様は全く変わっておられませんよ、あの頃のお優しい王子のままです。それが嬉しくて、つい……」

「もう……あの、ジュード。ヴァリトラがね、ジュードが起きたら話がしたいって言ってたんだけど……」


 カミラとしては、老婆の行動が少しばかり気恥ずかしいようだ。母親が自分の好いている男性に余計な言動をしている――そんな心境なのだろう、カミラにとってやはりこの老婆は母も同然なのだ。

 続く彼女の言葉にジュードは数度瞬きを繰り返すと、廊下から外を見遣る。けれども外にあの巨大な竜の姿は見えなかった。


「う、うん、オレも話したいんだけど……どこにいるの?」

「厨房にいるよ」

「は、入るの?」


 思わぬ返答にジュードは思わず訝るように眉を顰めた。

 あの晩に見たヴァリトラの姿は非常に大きかった筈だ、そんな巨体が――幾ら王城の厨房とは言え、収まるとは思えなかった。間違いなく壁や天井を破壊するだけだろう。


「うん、外から顔だけ厨房に突っ込んでご飯食べてるよ」

「……」


 実際にその光景を想像してみると、とてもではないが神の威厳と言うものが感じられなかった。



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