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第三十七話・覚醒の時


「いけません、アメリア様のお許しがない方をお通しする訳にはいかないのです!」

「お下がりください!」

「な、なんだと!? 貴様ら、この方をどなたと思っておる!?」


 王都ガルディオンの地下では、クリフ率いる騎士数人が宝物庫に通じる扉を厳重に守っていた。

 時刻は夜の二十一時を回って少しと言ったところ。そんな時間にこの場に足を運んだのは――ヴェリアの王子ヘルメスと、腰巾着のように彼に付き添う大臣だ。その後ろには護衛と思われる数人のヴェリアの兵士の姿も見える。

 宝物庫には、封印の解かれた聖剣が安置されている。恐らくヘルメスと大臣は聖剣を取りに来たのだろう。

 だが、アメリアの許可がない者を通す訳にはいかない。クリフは部下の前に出るといきり立つ大臣を見下ろしながら口を開いた。


「ヴェリア王国のヘルメス王子だとは無論存じておりますよ。だが生憎、我々の主君はアメリア様なのでね。あの方の許可がないのなら、申し訳ありませんがお通しする訳にはいかないんで、お引き取り願いますよ」

「ええい、聖剣を渡せと言っているのだ! 聖剣は伝説の勇者が手にした神聖なるもの、ヘルメス様の手元にあってこそ真の力を……!」


 何を言おうと、大臣は決して引き下がろうとしない。許可がない者を通すことは出来ないのだと、どれほど言ったところで聞く耳など持たないだろう。

 クリフは疲れたように溜息を吐き、彼の部下はそんな彼に苦笑いを滲ませる。けれども、決して和やかな空気ではない。

 ヘルメスは切れ長の双眸を不愉快そうに細めると、流れるような動作で腰から剣を引き抜き――その刃をクリフの首横に添えた。


「隊長!!」

「……貴様の言う主君は下の者の躾がなっていないな、口の利き方に気を付けろと教えていないのか?」

「アメリア様は暴君ではありませんのでねぇ、我々をちゃんと人間(・・)として扱って下さるのですよ。どこかの王族の方とは違ってね」


 威嚇か本気かは、何処までも冷たいヘルメスの表情からは読み取れなかった。だが、クリフは刃を向けられて黙るような男ではない。寧ろ売られた喧嘩を買ってしまうタイプだ。

 大臣を間に挟み、ヘルメスとクリフは真正面から睨み合う。

 ジェントは誰の目にも映らないことを良いことに、その光景をただただ見守る。彼の表情は非常に複雑だ。しかし、隠し切れない嫌悪が滲み出ている。

 だが、その時――ふと宝物庫の奥に安置された聖剣が、まるで人の心臓のように鼓動するのをジェントは確かに感じた。


『なんだ……?』


 思わずそちらを振り返り、ふわりと扉をすり抜けて聖剣の元へ戻ると――依然としてふわふわと宙に浮かぶその剣は淡い光の粒子を撒き散らしていた。無機物である聖剣が言葉を発する筈はないし、感情が存在することもないのだが、まるで喜んでいるような印象を受ける。

 聖剣はどうしたのだろう、ジェントは不思議そうにその姿を見つめていた。


 * * *


 一方で、ウィルたちは割り当てられた寝室で各々ぼんやりと――ただ過ぎゆく時間を過ごしていた。

 ウィルやカミラは寝台に座り込んで虚空を見つめ、マナは泣き付かれたのか寝台に突っ伏す形で眠っている。ルルーナは仰向けに寝転んだまま片腕で己の目元を覆い、リンファはそんな彼女の傍らに付き添い、気功術を施していた。

 魔心臓が放出した負の感情により、リンファとルルーナは一時的に身体の自由を失い、そこをグレムリンに狙われたことで負傷していたのだ。重い傷ではないが、治さない理由はない。

 特に、今はそれ以外に何もする気になれないのだから。


 外からは寂しそうな、悲しそうな遠吠えが聞こえてくる。それは先程からちびが上げているものだ。相棒のジュードを求めているのだろう。

 精霊たちも依然として目を覚まさない、イスキアやトールは眠ったまま。ライオットはその身を焼かれ、ノームのふくよかな身には拳が貫通した生々しい痕跡が今もまだ残っている。

 生きているのが不思議なほどだ、これが人間であれば確実に命を落としているだろう。


「……?」


 あれからどれだけ時間が経ったのだろう――ウィルはそんなことをぼんやりと考えながら、何を見るでもなく窓へと視線を向ける。外は既に夜の闇に支配されており、月明かりに仄かに照らされているだけ。

 身体は完全に疲れ切っているのだが、眠る気にはなれない。横になっても夢の中に落ちれるような気はしなかった。

 けれども、そんな時。彼はふと左手に熱を感じた。


 なんだろうとゆっくり視線を移して見てみれば、その中指に填まった神器が淡い光を抱いて輝いていたのだ。その輝きが、明かりの落ちた薄暗い室内を照らしていく。

 リンファやルルーナはその光に気付き、何事だろうかと視線をウィルの方へと向けた。

 だが、彼女たちの双眸が捉えたのはそれだけではない――カミラの腕にある神器までもが光を放ち始めているのに気付き、リンファは翳していた手を下ろし、ルルーナは身を起こす。


「……なに、どうしたの?」

「分からない、けど……カミラ」

「う、うん……なんだか、何かが呼んでる気がする……」


 ウィルとカミラは互いに互いの元にある神器を見つめた後、寝台から降りる。

 なぜ神器が突然反応を示したのか、もちろん持ち主である彼らにも分からない。しかし、何かが起きている――そんな気がしていた。


 * * *


 ジュードは、確かにサタンに喰われた。生き物の口内特有の不快な生温かさを、つい今し方感じた筈だ。

 けれども、それは一瞬のこと。今の彼の双眸に映るのはサタンの中――ではなく。

 余裕に満ちた表情で自分を見ていたアルシエルの真紅の双眸は見開かれ、ジュードを喰らった筈のサタンの身はほぼ真っ二つ、傍観しに来た他の魔族たちは狼狽し、慌てふためいていた。

 アグレアスとイヴリースはアルシエルの傍らへと降り立ち、彼を守るべく立ちはだかる。メルディーヌは興味深そうに高台から身を乗り出していた。


「な……なななに……?」


 何が起きたのかはジュードにも全く分からない。

 ただ、サタンに喰われた直後――胸に強烈な圧迫感を覚えたのは確かだ。それはちびがヴィネアに殺された直後の感覚に酷似していた。まるで、何かが膨れ上がって破裂しそうな感覚。

 その刹那、ジュードの視界いっぱいに真っ白な閃光が広がり――自分の中からなにか(・・・)が飛び出した。ソレ(・・)はサタンからジュードを守るように両者の間に現れ、鼓膜を突き破りそうな咆哮を上げて暴れ始めたのである。


「ド、ドラゴン……蒼い、ドラゴン……!?」


 ジュードの中から飛び出してきたもの、それは巨大なドラゴンだった。身の丈は十メートル前後はあるだろう、非常に大きい。

 身は美しい蒼の鱗に覆われ、背にはこれまた大きな翼が生えている。裂けた口の端からは鋭利な牙が覗き、双眸は輝くような黄金色をしていた。


「(な……なんで、なんであんなのがオレの中から……!? あんなの入れた覚えないぞ……!?)」


 ジュードはもうパニック寸前だ。取り敢えずサタンに喰われることだけは避けられたものの、このドラゴンは一体何なのか。

 アルシエルは忌々しそうにドラゴンを見上げ、獣のように吠えた。


「貴様――! なぜ贄の中に……またしても邪魔をするかッ! 殺せ、殺してしまえ!!」

「はっ、ゆくぞアグレアス!」


 アルシエルの言葉にイヴリースとアグレアスは共に身構えると、他の魔族と共にドラゴンに飛び掛かった。

 イヴリースは両手から紅蓮の炎を出現させ、幾つもの巨大な塊を勢い良く放ち――アグレアスはその剛腕で殴り掛かる。


「危ない!!」


 四方八方から襲い掛かる魔族たちを見て、ジュードは思わず声を上げたのだが――ドラゴンは天を仰ぐように口を上向かせると大地を揺るがすほどの咆哮を上げた。


「――グオアアアアアァッ!!」


 大気が震え、ジュードは全身が麻痺するような錯覚を覚える。

 襲い掛かった筈の魔族たちは皆、その身に一撃を叩き込むことさえ叶わず大きく吹き飛ばされ、イヴリースが放った炎の塊は掻き消された。たった、咆哮一つで。

 イヴリースとアグレアスは素早く体勢を立て直すと、負けじと再び身構えた。

 しかし、ドラゴンの興味は既に魔族にはない。巨大なその身を横に向かせ、更に顔のみを動かすことでジュードを見遣る。


 ジュードの四肢は未だ拘束されたままだ、動けない。

 ドラゴンは片手を振り上げると、ジュードの真横からその手を振るう。訪れるだろう衝撃に備えてジュードは思わず双眸を固く伏せたが、彼の予想に反して痛みの類はほとんど感じなかった。


「……へ……?」


 その代わり、ジュードの身はドラゴンの手に掴まれていた。彼の身を拘束していた触手はその勢いで引き千切られていた。

 鷲掴み状態だ、このまま握り潰されでもしたら今度こそ逃れようもない、一瞬で命を刈り取られる。

 だが、その気はないらしい。蓋をするようにジュードの頭部分にそっと逆手を添えると、ドラゴンは背中に生える大きな両翼をゆっくりと羽ばたかせて上空へと飛び上がった。屋根など当然破壊して。


「逃がすな! 殺せ!」


 下方からは憎悪に満ち溢れたアルシエルの声が聞こえてくるが、ドラゴンは追撃を阻むように最後にもう一度――腹の底から全てを吐き出すかの如く吼えた。

 ジュードはようやく解放された両手で己の両耳を押さえるが、それでも防ぎ切れるものではない。また改めて、全身が痺れた。


「う、ううぅ……」

「――ん? 大丈夫か?」

「……!」


 ジュードが麻痺する感覚に思わず唸ると、地を這うような野太い声が彼の鼓膜を揺らす。それは紛れもない、このドラゴンの声だ。

 大空へと羽ばたいたドラゴンは蓋のように添えていた逆手を静かに外すと、未だに鷲掴みにしたままのジュードを見つめる。人語を喋ったことにも驚いたのだが、その声にジュードは確かな覚えがあった。

 ――カミラと出逢ったまだ間もない頃、ヘイムダルの姫巫女(ひめみこ)を守れと夢の中で告げてきた、あの声だ。


「あんたは、一体……」

「我はヴァリトラ、蒼竜ヴァリトラ――この世界の創造主だ」


 その言葉にジュードは目を丸くさせ、数拍の空白の末にその顔を真っ青に染めた。

 幾ら彼の頭でも、その言葉の意味を理解出来ない筈がない。

 創造主――と言うことは、つまり。


「か、神さま……!? な、なんで神さまがオレの中に……!?」


 この蒼い鱗を持つドラゴンこそが、この世界を創り出した竜の神。

 ヴァリトラは黄金色の双眸を細めて笑うと、再び逆手を蓋のように添えて更に上昇していく。魔族の索敵から逃れるためだろう。

 ジュードはヴァリトラの指の間からその顔を見上げると、信じられないと言いたげな様子でただただ見つめるしか出来なかった。



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