第三十五話・襲撃の違和感
「……メンフィス、それはどういうことなのだ。ではジュードは、我々の都を守るために敢えて囮になったと……そういうことか?」
「何を考えて外に出たかは定かではありません、しかし……カミ――いえ、巫女様とウィルが加勢に向かいましたが……間に合わなかったとのことです」
謁見の間で報告をするメンフィスは玉座に座すアメリアの前に跪き、頭を下げていた。床に添える握り拳は固く握られ、小刻みに震えている。顔は伏せられているため、その表情は窺えない。
アメリアは告げられた報告に呆然としたまま、片手で己の顔面を覆う。その様子は酷く疲れているように見える。
あの後、グラムは城中や街を隅々まで見て回り、グレムリンの生き残りがいないかを念入りに確認した。その中でクリフやヴィーゼ、ルルーナにリンファ、マナ――そして街の外でカミラとウィルを見つけて保護したのだが、カミラたちからの報告を聞いたグラムは急ぎ城に戻り、状況をメンフィスの耳へと入れたのである。
現在グラムは、クリフやヴィーゼと共に避難民の世話をしている筈だ。カミラたちは城の一室で各々休んでいるが、彼は何かしていないとやりきれないのだろう。
「……あの子は優しい子だからな」
「は……」
アメリアは呟くように一言洩らすと、深い溜息を吐き出す。
もしもジュードの行動理由がアメリアの考え通りだったとして――それでも、何一つ解決には至っていない。寧ろ状況は最悪だ。
魔族が何故、彼を狙っていたのかは彼女とて聞いていたし完全にではなくとも理解はしていた。
そのジュード本人が魔族に連れて行かれたのなら、更に精霊たちの言葉を鵜呑みにするのなら――この世界はもう終わりだ。
四神柱を操る力をサタンが手に入れ、この世界そのものを内側から破壊するのだろう。そして、自分たち魔族のための世界へと新しく創り変えるのだ。
そんな中で人間が生きていけるとは思わないし、魔族が人間を生かしておくとも思えない。
「……避難民は、どうしておる」
「は、被害は思っていたよりも遥かに少ない方です。怪我人は多数いますが、命を落とした者はいない様子。現在は城の部屋を解放し、休ませております」
「そうか……」
「それと、アメリア様。聖剣の封印が解けたようです、現在は王都の中心部に安置してありますが……如何されましょうか」
続くメンフィスの言葉にアメリアは改めて彼に視線を戻すと、怪訝そうな面持ちで暫し黙り込む。
聖剣の話は、先程会議室でも出ていた。ヴェリアの大臣はカミラに言っていた筈だ、そろそろ聖剣をヘルメスに渡せと。
カミラが渡したいと思っていた筈のジュードがいなくなってしまった今、その使い手となるべきはヘルメスなのだろう。
そこまで考えてアメリアは眉を寄せて唸る。
「……移動が可能であれば城の宝物庫に。私も巫女様と同じ考えだ、ヘルメス王子に聖剣を渡すのは聊か不安が残る」
「かしこまりました」
「……あの子たちや、グラム殿は?」
「グラムはクリフと共に避難民の世話をしておりますが、ウィルたちは部屋で休んでおります。……あの子たちが一番ショックでしょうからな……」
メンフィスから返る言葉にアメリアは言葉もなく、小さく頷いた。
大事な仲間を奪われてしまった仲間たち、血の繋がりなどなくとも最愛の息子を失った父親。彼らの心の痛みを思えば、掛けてやれる言葉など見つかる筈もなかった。
それに、アメリアにはまだまだ考えねばならないことが多い。
ジュードを喰らうことでサタンがこの世界を破壊する力を手に入れる――簡単に言うのならば、そういうことになる。
「(問題は、その方法だ。単純に世界を滅ぼす、破壊すると言ってもどのように……?)」
もしも世界の滅亡までに時間があるのなら、今すぐにでも部隊を結成して攻め込んだ方が良いのだろうか。間に合えばジュードを助けられるかも――そう考えて、躊躇う。
今後どうするかなど、まだ何も決まってなどいなかったのだ。それどころか味方内で揉めていただけ、そんな状態で部隊の結成など出来よう筈もない。
これから――これからだったのだ、何もかも。だと言うのに、この場に集っただけでその希望は潰えようとしていた。
* * *
「メンフィス、今よいか」
「ああ、構わぬ。……ウィルたちはどうした?」
「……」
謁見の間を後にしたメンフィスは、一階へと降りたところで彼を待っていたと思われる悪友――グラムに呼び止められた。その周りには、彼を父のように慕う仲間の姿は見られない。誰もが気落ちし、絶望しているのだろう。
その考えが間違いでないことは、グラムの様子からも容易に理解出来る。普段は軽口の応酬ばかりしていると言うのに、その彼が無言なのだから。
「……それで、どうした?」
「ああ……少しばかり気になってな。魔族の襲撃はジュードたちが各国を回っている間もあったのか?」
グラムからの問い掛けにメンフィスはごく僅かな変化ではあるが、片眉をピクリと上げる。
やはり、この悪友は疑問を抱いたか――そう言いたげに。
メンフィスは一つ咳払いをすると、幾分か早足に一階にある庭園へと足先を向かわせた。その道中、やや潜めた声量で返答を向ける。
「……お前の察しの通りだ。ジュードたちが使者としてあちらこちらを回っている最中、ガルディオンは至って平和だった。最近は前線基地の様子も落ち着いてきておったよ」
「やはりか……」
軈て行き着いた庭園で足を止めると、メンフィスとグラムは視線のみで辺りを見回す。
他に人の気配はない、ここでならある程度の話をしても大丈夫だろう――そう判断すると、どちらともなく静かに口を開いた。
「お前たちがガルディオンに来た途端、魔族からの襲撃があると言うのはどうにも引っ掛かる。見張られていたと言う可能性もなくはないが……」
「だが、見張っていたと言うのならば王都に着く前に襲撃することも出来た筈だ。ただでさえここまでの道中はヴェリアからの来訪者を護衛しながらの旅、隙など幾らでもあっただろう」
今回の魔族の襲撃に、メンフィスもグラムも明らかな疑問を抱いていたのだ。
ジュードたちが王都に帰り着いた途端に、あの襲撃。目的は恐らくジュードを捕まえることだった筈。だと言うのに、道中では襲撃せずわざわざ王都に着いてから。
王都そのものを破壊するためだったのならばそれも理解出来るのだが、王都ガルディオンはグレムリンの襲撃で破損した部分はあれど――大した被害も出ていない。
そこまで考えてメンフィスは重苦しい溜息を吐き出した。考えたくはないことだが、可能性の一つとして無視は出来ない。
「……内通者か」
「その可能性はあるだろうよ、あまり考えたくはないことだがな」
その時、庭園に視線を向けていたグラムの目はふと――人影を捉えた。
庭園を挟んだ向こう側の渡り廊下に、一人の女性がいる。それは、テルメースだった。両手で顔を覆っているところを見ると泣いているのだろう。
エクレールの話を鵜呑みにするのなら、彼女はジュードの実の母と言うことになる。息子が魔族に連れて行かれたことを悲しみ、嘆いているのだとは聞かずとも分かった。グラムとてそうだ。
もしも本当に内通者がいるのなら、決して許せることではない。
「グラム、何処へ行く?」
「色々と調べてみる、どうせ世界が終わるんだとしても――このままでは死んでも死にきれんからな」
メンフィスは、それを止めようとはしなかった。代わりに「やれやれ」と呆れたような声を洩らすのみ。
グラムは静かに踵を返すと、脇に下ろした手を固く握り締める。
「(なぜ離れたんだろうな。魔族の襲撃なら狙いはジュードだと分かっていた筈……だと言うのに、あの子の傍にすぐに行ってやれなかった……ワシは大馬鹿者だ……)」
ジュードたちなら大丈夫だと、確証もない妙な安心があったのかもしれない。
グラムはジュードを連れて行った魔族よりも、自身のその甘さに何より腹を立てていた。後悔など、しても遅すぎると言うのに。