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第三十四話・神の聖剣


 ウィルもカミラも、状況を理解するのにかなりの時間を要した。

 否――理解はしていたのだ、ただ認めたくなかっただけで。

 カミラは手にしていた錫杖をその場に落とし、膝から崩れ落ちた。瞬きさえ忘れて、ただただ呆然と真っ直ぐを見つめている。その顔には既に生気など見受けられない。

 ウィルは辛うじて着地を果たしはするものの、空を切った逆手の平を見つめながら強烈な眩暈を感じた。認めたくない事実が心を圧迫して、息苦しい。上手く息さえ吸えずにいる。


 伸ばした手は――届かなかった、ジュードに。


「……う……ッ、うああああぁ!!」


 たっぷりと時間を要してから、軈て脳が強制的に状況を理解し始めると堰を切ったようにカミラの目からは大粒の涙が零れ落ち、共に感情が溢れ出す。それは滝の如く流れ出て、止めようもなかった。

 カミラが泣き叫ぶ悲痛な声を聞きながら、ウィルは指先が白くなるほどに固く拳を握り締めて大地へと打ち付ける。ぽたりぽたりと、頬を伝い落ちる涙が大地を湿らせていくが拭うだけの余裕などある筈もない。

 イスキアたちの容態も気には掛かるが、ウィルにもカミラにも――行動は出来なかった。心に去来するこの抑えようのない悲しみの相手をするだけで精一杯で。


 先程――つい先程まで、屋敷の作業場で話をしていたのだ。

 自分があの時、もっとちゃんとジュードを捕まえていたら。


 昨夜あの時、受け入れてもらえなくともジュードにちゃんと伝えるべき言葉を伝えていたら。

 聖剣が彼を守っていてくれたかもしれない。


 両者が思うのは、そんなことばかり。今更後悔しても遅いのだと言うことくらい、どちらも理解している。けれども、考えずにはいられなかった。

 世界が滅んでしまうことよりも、ジュードがいなくなったことの方が何より辛くて、悲しい。


「(わたしの、わたしの所為だ……わたしが、もっとちゃんとジェントさんの言うこと聞いてジュードに早く聖剣を渡していたら……ちゃんと、好きって伝えてたら……!)」


 そうすれば、聖剣はジュードを次の所有者として現れていた筈だ。

 ジェントは言っていた、聖剣は(よこしま)な者を寄せ付けないからジュードを守ってくれると。彼はこうなる可能性をある程度考えていたのだろう、だからあのように言ったのだ。

 そう考えれば考えるだけ、カミラの中には後悔ばかりが浮かび心に重く圧し掛かる。

 悲しみと悔しさと、後悔と――好きだと言う気持ちが綯い交ぜになり、程なくして爆ぜた。


「……!?」


 不意に、カミラは己の胸元から目も眩むほどの強い光が溢れ出してるのに気付き、思わずそこを見下ろす。煌々と純白の光が洩れ、一際強く光り輝いたかと思った刹那――天空へと飛び出して上空から大地を、世界中を照らすように神々しい光を放った。

 カミラも、それまで俯いていたウィルも呆然とその光を見上げる。何だろうと思うものの、心はほとんど動かない。

 しかし、軈てその光は一本の美しい剣へ姿を変えると上空からゆっくりと、静かに地上へと降りてくる。

 それこそが、嘗て伝説の勇者が手にした光の聖剣エクスカリバーだった。


「聖剣……でも、もう遅い……ごめんなさい、ジェントさん……」


 色々と考えて助言をしてくれていたのに、自分は怖がるばかりでちゃんと向き合わなかった。その所為で、こんなことになった。最悪の事態に。

 それだけでもせめて謝ろうとカミラは傍らに視線を向けたのだが――そこには、いつものあの亡霊の姿はなかった。不思議に思い辺りを見回してみるが、気配さえ感じない。

 上手く働かない頭で考えて、理解する。


「(……そうか、もう聖剣はわたしの中にないから……だから、ジェントさんの姿も見えないし声も聞こえなくなっちゃったんだ……)」


 正確には、ジェントは今もまだ彼女の傍らにいた。

 けれども、彼女の思った通り聖剣がカミラの中から出てしまったために言葉が届かなくなってしまったのだ。ジェントは痛ましそうな表情でカミラとウィルを見つめてから、依然として倒れたままの精霊たちに一瞥を向ける。

 大精霊の力でも、全く歯が立たなかったのだろう。アグレアスの身にはウィルが付けたもの以外、傷が一つもなかった。俄かには信じ難いことだ。

 暫し目を伏せた後、ジェントは所在なげにふわふわと宙に浮かぶ聖剣を見上げてそっと語り掛ける。


『……聖剣よ、嘗てのお前の主として頼みたい。都には魔心臓が撒き散らした負の感情に苦しむ者が大勢いる、せめてその苦痛だけでも取り除いてやってくれ』


 その言葉に、聖剣は改めて眩い光を放つと――言われた通りに王都ガルディオン全体を純白の光で包み始めた。

 それを確認すると、ジェントは精霊たちの元へと飛ぶ。傍らに屈み、未だ意識が戻らない彼らやちびを心配そうに見つめていた。


 * * *


「陛下、陛下! しっかりなさってください!」

「リーブル様、大丈夫ですか!?」


 王城の中では、多くの者が苦し気に床に倒れ伏していた。

 城内では今も無数のグレムリンが群れを成し、あちらこちらで暴れ回っている。この会議室にやってきた者はメンフィスにより退治されているが、都全体に蔓延する負の感情に流石の彼も苦しそうだ。

 襲撃してきたグレムリンを見て、リーブルの護衛にやってきたエイルもまた苦悶を洩らしながら――それでも国王の傍に付き、必死になって彼の背中を摩っている。

 しかし、休む暇もなくグレムリンの群れはこの会議室へと飛び込んでくる。満足に呼吸さえままならない状況での連戦、百戦錬磨のメンフィスと言えどその額には脂汗を滲ませていた。


「うぬれら……ッ!」

「ケケケケ!!」


 対してグレムリンたちはいずれも元気なものばかり、まるで苦しむ人間たちを小馬鹿にするように笑う様はメンフィスの怒りを焚き付けるが、流石の彼もとうに限界を迎えている。だが、この場にいる者で満足に戦える者は――メンフィスしかいないのだ、諦める訳にはいかない。

 だが、その時だった。突然グレムリンたちが苦しそうな雄叫びを上げると、まるで焼き焦がされたかのように黒い炭と化し――そのまま消えてしまったのである。まさに、消し炭状態だ。


「む、む? 何事だ……?」


 一体どうしたのか、メンフィスには全く分からなかった。しかし、会議室の外――廊下からもグレムリンのものと思われる苦しそうな悲鳴が聞こえてくる様子に、メンフィスは慌てて扉を開けて廊下に身を滑らせる。

 すると、彼の目に真っ先に飛び込んできたのは世界そのものを照らすかのような何処までも美しく、神々しい光だった。それはカミラの中から飛び出た聖剣が放ったものだが、メンフィスがそれを知る筈もない。


「お、おおぉ……! な、なんと美しい……この光は一体……」

「メンフィス、アメリア様はどうした!」


 メンフィスが神々しい輝きに見入っていると、そんな彼の耳には親友兼悪友の声が届いた。一拍遅れ気味に慌ててそちらを見れば、そこには胸元を押さえながらも逆手には血にまみれた大剣を持つグラムの姿。怪我を負ったのか、はたまた返り血を浴びたのか――その身には大量の鮮血が付着している。

 胸元を押さえているのは、彼も原因不明の呼吸困難に襲われているためだろう。だが、それ以外に特に異変がなさそうなのを見ると――その血は恐らく後者、返り血だ。


「あ、ああ、アメリア様は中にいらっしゃる。リーブル様も一緒だ。ご無事ではあるが、突然全身が重くなり息苦しさを訴えられ……」

「なんだと、アメリア様もか! ここに来るまでの間、ヴィーゼ様やクリフ殿も苦し気に……」


 城の者――否、恐らくは都全体に何かが起きていると言うのはグラムの言葉でメンフィスも理解した。

 けれども、次の瞬間。再び都の外と思われる場所から、今度は真っ白な――先のものとは異なり柔らかい光が都全体を照らし始めた。

 今度は一体何だと思ったのだが、光が都を包んで程なく。それまで確かに感じていた息苦しさは鳴りを潜め、徐々に身体が楽になり始めたのである。


「……これは……」

「どういうことだ、神の恵みか……?」


 やや慌て気味に会議室を覗いてみれば、中にいたアメリアたちの様子もゆっくりとでは落ち着いてきているようであった。

 何かが起きている、それは確かだが――この場では全く状況が分からない。会議室には話の内容や機密が漏れぬよう窓などは一切設置されておらず、外の様子が全く窺えないのだ。こうして廊下の窓から見ているだけでは、限界がある。


「……メンフィスよ、お前はアメリア様のお傍にいろ。外はワシが見てくる、ジュードたちも探さねばならん」

「うむ……あいつら、間違っても屋敷で大人しくはしとらんだろうからな。……すまんが、頼む」


 グラムの言葉にメンフィスは暫し唸っていたが、やはり己が仕える王のことは何より心配なのだろう。一度改めて会議室を見遣ってから、力なく頷く。

 それを見てグラムは片手でメンフィスの肩を撫でるように叩いてから、踵を返して来た道を引き返した。言いようのない不安、言葉にし難い不可解な――嫌な予感が彼の胸中には滲んでいる。

 それでも、余計な思考を頭から追い払った末にグラムは仲間の安否を確認すべく駆け出した。



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