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第三十一話・嵐の予感


「う~ん……」


 同時刻、メンフィスに借り受けた屋敷の作業場ではウィルが唸っていた。

 彼の視線の行く先は、己の左手――正確には中指に填まった神器である。戦闘時では槍に姿を変えるが、日常生活の中ではごく普通の指輪として彼の指に鎮座している。我が物顔と言った様子で。

 ジュードとマナはそんな彼の唸り声に手を止めると、ほぼ同時にそちらに視線を向けた。


 ――ちなみに、ジュードたちは別に仕事をする必要はない。

 現在は「身を休めろ」と女王に言われているのであって、今すぐに鍛冶仕事に戻れとの命令は受けていないのだ。

 にも拘わらず彼らが作業場に籠っているのは――単純に、何かしていないと落ち着かないからである。

 長らく屋敷を離れていた所為で、手入れを怠ってしまった鍛冶道具の手入れをしながら時間を過ごしている真っ最中だ。


「どうしたの?」

「いや、なんか……落ち着かないなって。自分の左手に神さまが作った武器があるなんてさ」

「そっか……そうだよな」


 マナは見ていないが、ジュードは見た。彼の手にある指輪が槍になり――そして戦闘が終わると再び元の指輪の形へと戻ったのを。

 イスキアは「神槍ゲイボルグ」だと言っていた。けれども、ジュードもマナもそういった類の話には全く詳しくない。


「神器ってどういうものなの?」

「さあ……俺も前は興味があって調べてみたことあるけど、どの本にも詳しい記載はなかったなぁ……どれもこれも、神が生み出した武器、くらいのことしか書かれてなかったよ」

「確か、イスキアさんは他の神器は他の神柱(しんちゅう)が持ってるって言ってたよな。ゲイボルグの他にはどんなのがあるんだ?」


 ジュードの言葉にウィルは間延びした声を洩らしながら、思案に一度中空へと視線を投げる。頭の中にある記憶を探っているのだろう。


「俺が記憶してるのは……神盾オートクレール、神杖レーヴァテイン、神双アゾット、神剣バルムンク……くらいかな」

「い、いっぱいあるのね……でも数が合わないから、四神柱(ししんちゅう)だけが持ってるんじゃないのかしら」

「それは分からないけど、まぁ……取り敢えずこのくらいはあるってことだ。ちなみに勇者様が扱ってた聖剣エクスカリバーは、これらの神器よりも高い性能を持ってるとか……」


 全く以て途方もない話である。

 しかし、その内の神器の一つはこうして話すウィルの片手にあるのだ。実際にそれを目の当たりにするまでは「空想上のもの」としか思わなかっただろうが、今は違う。

 ウィルが振るった神槍ゲイボルグは、何が起きたのかさえ分からないまま巨大なグレムリンを一撃で倒してしまった。攻撃の際の威力どころか、武器自体が持つ力そのものが尋常なものではない。


「……でもさ、そんなにとんでもない神器とかがあるなら……魔族との戦いもきっとなんとかなる、わよね……」

「そうだな、実際にこんなモン持ってみるまではどうなるのかと思ったけど……目の当たりにしてみるとなんとかなるような気はしてくるよな。でもまぁ、魔族もまだまだ本気とは思えないから油断は出来ないけど」


 ウィルとマナの会話を聞きながら、ジュードは静かに視線を足元に下ろす。彼が考えるのはヘルメスとカミラのことだ。

 カミラはまだ出逢ったばかりの頃、ヘルメスは聖剣を使って外の世界の者たちに復讐するつもりだと言っていた。もしウィルの言葉が事実なら――聖剣はゲイボルグなどの神器以上の力を秘めていることになる。

 人間に復讐しようという者が、そのような力を持つ聖剣を手に入れる――よく考えれば非常に恐ろしいことだ。


「(もし、そんな聖剣が無抵抗な人たちに向けられたら……)」


 自分たちでさえ聖剣の力に抗えるか防げるかは分からない、だと言うのに力を持たない一般人に向けられたらと思うと今更ながらゾッとする。

 大丈夫なんだろうか――ジュードがそこまで考えた時、ふと彼の耳に悲鳴が届いた。

 何事かと思わず窓から外を見てみると、大慌てで逃げ惑う住民たちの姿が見える。恐らく慌てながらも必死で避難しているのだろう。

 その騒ぎの声は、当然ながらウィルやマナの耳にも届いていたらしい。両者共に窓に駆け寄り、街中へと視線を投じた。


「なに……!? また何かあったの……?」

「……みたいだな、大丈夫なのか……?」


 二人のそんな言葉を聞きながら、ジュードは窓に背を向けると駆け出した。もちろん、作業場の出入り口へ。

 当然ウィルとマナからは咄嗟に声が掛かったが、黙って屋敷に籠っているなど出来る筈もない。


「……やっと復興が進んできたんだ、また壊されるなんて冗談じゃない!」

「だからって――おい、待て! ジュード!」


 それだけを告げると、ジュードは作業場から駆け出し――玄関まで行くことさえ億劫だとばかりに、近くにあった大窓から外へと飛び出した。

 外は既に混乱している、人々は悲鳴を上げながら必死に城の方へと走っていた。空を見上げると、そこにはただ青空が広がっているばかり。けれども、彼の優れた目は確実に何者かの姿を捉えていた。

 臙脂色の短髪を持つ女性の姿――それは前線基地で交戦した、火のイヴリースだ。彼女が都を攻撃しているのだろう。


「くそッ! あいつ……!」


 イヴリースは空の遥か上空にふわふわと浮かんでいると言うのに、彼女のその双眸は逃げ惑う人々ではなく――的確にこちらに向けられているような気さえした。それと同時に、まるで心臓を鷲掴みにされるような不快感も感じる。

 それは恐怖と言うよりは、人が持つ本能が危険信号を発しているかのようだった。

 だが、自分がここにいれば被害は次々に広がっていく。なんとか――外に誘き出さないと。


 ジュードは屋敷の庭を飛び出して商店街の通りを一目散に駆け抜ける。避難すべく城に向かう住民たちと何度も正面衝突しそうになりながら、それでも都の出入り口まで辿り着くとジュードはそこで再度上空へと視線を向けた。

 彼女の目的は最初から王都(・・)ではないのだろう、襲撃は騒ぎになる程度のものだけで――今は攻撃を加えていない。上空にただ浮かんでいるだけだ。

 しかし、その双眸にジュードの姿を捉えたのか、程なくして今度こそこちらを見下ろしたのを確認し、ジュードは王都を飛び出した。


「(ガルディオンはまだまだ復興の途中なんだ、これ以上破壊なんてさせるか!)」


 前回の襲撃で、王都ガルディオンは大変な被害を被った。

 多くの住人が殺され、美しい都は壁が崩れたり店が倒壊していたりと、見るも無残な状態になったのだ。今となっては復興が進み、それらは新しく造り直され――徐々に元の美しい街並みを取り戻しつつある。

 だと言うのに、また壊されてしまったら人々は希望を失ってしまう。ただでさえ世界中に魔族が出没するようになったのだ、少しでも――ほんの少しでも良いから、人々の希望の光を消してしまいたくなかった。


 だが、都の外に出た時にジュードは理解した。

 これは、魔族が仕掛けてきた『罠』であったと。


「クックック……人間ってのは本当、損な生き物だよなァ……小僧? 無力な者どもを守るために自分を囮にしちまうんだからよ」

「アグレアス……!」


 なぜなら、都の外にはアグレアスが立っていたからだ。

 改めて空を見上げれば、ジュードの姿を確認したイヴリースがこちらに降りてくるところであった。

 これではアグレアスとイヴリース、その両名を同時に相手にしなければならない。都の中で暴れられて破壊されるよりはマシだと思えたが、決して楽な戦いにはならないだろう。

 それに、ジュードには先程から気になっていることがあった。


「(……あれ、なんだ?)」


 アグレアスとイヴリース、その両者の身に鎮座する禍々しい紅色のなにか(・・・)

 その正体は分からない、例えるならば生き物の臓器のような形状。アグレアスは左肩に、イヴリースは鳩尾の辺りに正体不明の臓器が鎮座していた。

 アグレアスは不敵に笑いながら一歩足を踏み出すと、固く拳を握り――両腕に力を入れる。


「さァて……そろそろ俺たちもガキのお遊びに付き合ってられねェんだ、いい加減一緒に来てもらおうか」

「今の内に従っておいた方が賢明だぞ、小僧。今日の我々は手加減などしてやれそうにない」

「……冗談じゃない、行けば殺されるじゃないか」

「お前に待っているのは単純な()ではない、我らの王サタン様と共に生きることが出来るのだぞ」

「魔王の一部になるなんて冗談じゃない!!」


 ジュードがそう声を上げるのと、アグレアスが動くのは同時だった。

 次の瞬間――時間にして一秒もない、そんな刹那。ジュードは不意に軽い衝撃を鳩尾の辺りに感じた。なんだと――見ようとしたところで、彼の双眸は見開かれる。

 なぜって、つい今し方まで五メートルほどは離れていた筈のアグレアスが――すぐ目の前にいたからだ。

 一体いつ距離を詰めたのか、ジュードの目でも追えなかった。

 鳩尾の辺りに感じたのはアグレアスの拳、もしもそれが直撃していればどうなっていたことか。


「……ほう……」


 けれども、その拳はジュードの身には直撃していなかった。

 ――ジュードの腹辺りから顔だけを覗かせたちびが、アグレアスの拳を大口を開けて喰らい付くことで受け止めていたからだ。その双眸は金色に輝き、煌々と光を放っている。声など聞かずとも理解出来る、今のちびは激昂していると。

 アグレアスはそれでも動揺など微塵も見せず、逆手でジュードの首を掴もうとした――が、それは不意に飛んできた幾つものカードにより阻まれた。


「むっ!?」


 それらは鋭利な刃物の如くアグレアスの剥き出しの二の腕に突き刺さり、血を噴き出させる。

 飛んできた方をイヴリースが見遣ると、彼女の視界には精霊たちの姿が映った。カードを投げたのは恐らくはその中心に立つイスキアだ。


「間一髪、ギリギリ間に合ったみたいね。ジュードちゃん、大丈夫?」

「ふええぇ、トールちゃんあの岩男キラいですうぅ!」

「ガ、ガマンするに! マスターを助けるんだに!」

「そうナマァ!」


 相変わらず精霊たちは賑やかだが、彼らから感じる雰囲気は――これまでとは全く異なる。

 ライオットやノームはともかく、イスキアはどのような非常事態でも焦りなど表情に滲ませることはなかった。いつも風のように掴みどころがなく、飄々としていた筈だ。

 だと言うのに、今の彼は――鬼のように険しい顔をしている。その表情は決して女性のようではない、真剣そのものの男の顔だ。

 つまり、それほどの危険を感じている。ジュードは腹から飛び出したちびがアグレアスに飛び掛かることで引き離してくれたのを確認すると、静かに数歩後退した。


 アグレアスとイヴリースの雰囲気はこれまでと何処か異なる。

 ジュードは隠し切れない嫌な予感を感じていた。



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