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第三十話・不協和音


 アメリアは会議室の円卓を思い切り両手で叩いた。それと同時に座していた椅子から腰を上げ、対面する大臣の顔を睨み付ける。


「どういうことだ、我々の城をよこせと言うのか!?」

「それが筋と言うものでしょう、このような粗雑な城は本来ならばヘルメス様には相応しくない場所ですがね。しかし、ヘルメス様は伝説の勇者の子孫。玉座はヘルメス様にこそ相応しい、女の下で戦うなど負けを認めるようなものでは?」

「このような状況で男だ女だと言ってられるのかッ!」

「このような状況だから、です。女が大将では騎士たちも不安でしょう。しかしヘルメス様は伝説の勇者の子孫ですからな、上に立つに相応しいお方と言えます」


 大臣はアメリアの怒声に臆することもなく、淡々とした口調で言葉を連ねる。その言動の一つ一つに棘が含まれているような気さえした。

 メンフィスは明らかな嫌悪を感じて奥歯を噛み締めるが、大臣の言うことは必ずしも間違いではない。

 この火の国エンプレスは永い間、女が王となり国を治めてきたが、他の国はそうではない。そのいずれも男が王だ。それ故に、エンプレス以外の者は大将が女であれば不安になる者もいるだろう。

 戦となれば形だけでも大将はしっかしている方が士気向上に繋がるのだ。昔、女は戦に出る男の慰みものでしかなかったのだから。


「おやめなさい」

「テルメース様、これは戦に関する話。口を挟むのはお控え頂きたい」

「なんと無礼な……お母様に向かって……!」

「エクレール様、あなたもです。これは女が口を挟むことではありませんよ」


 現在、会議に参加しているのは各国の王族とメンフィス、カミラ。そしてこの大臣だけだ。先程から大臣が一人で喋っているようなものだが。

 大臣は、この王都ガルディオンをヘルメスのものにしろと言い出したのである。今後はヘルメスがこの城の王となり、魔族と戦う拠点にすべきであると。

 だが、そのようなことを言われて本来の王であるアメリアが納得出来る筈もない。大臣の言うことも分からないでもないが、だからと言って二つ返事で了承など出来ることではなかった。


「(これでは地の国の王族と変わらないわ、同盟はアメリア様がお考えになられたことなのに。それにアメリア様が快く受け入れて下さったからこの場にいられるのに、どうしてこんなに自分勝手なことが言えるの……?)」


 カミラには、地の国の王族と大臣とが全く変わらないように見えた。地の王は言っていた、他の国が自分たちの傘下に入れと。

 大臣が言っていることも似たようなものだ、ヘルメスを大将に据えて戦えと言っているのだから。


「それに――カミラ様、そろそろ聖剣をヘルメス様にお渡し頂けませんかな?」

「……え?」

「ヘルメス様が聖剣を手になされば、伝説の勇者の再来となりましょう。魔族など恐れることはなくなります!」


 唐突に自分に向いた言葉に、カミラは自然と俯かせていた顔を上げて目を丸くさせた。気が付けば、周りの視線は皆、彼女の方を向いている。

 聖剣の在り処を知っているのはヴェリアの者だけだ、アメリアたちはそれを知らない。それ故に、彼女たちは不思議そうな表情を浮かべていた。


「聖剣は……巫女様がお持ちなのですか?」

「そうですとも、聖剣はカミラ様の中に封印されております。カミラ様が心より慕う者が、次の聖剣の所有者となるのですよ。嘗ての勇者と巫女の伝説の通りにね」

「……!」


 メンフィスは大臣のその言葉に瞠目した。そして改めてカミラを見遣ると、当の彼女はしょんぼりと頭を垂れている。

 彼の頭には――前線基地でのやり取りが思い起こされていた。

 行方不明になったマナをジュードたちが探しに行った時、カミラはメンフィスと共に留守番をしていた。

 彼らのために共に料理を作っていた時、メンフィスはジュードのことで彼女をからかったが――カミラはジュードが好きだけど、自分ではダメだと言っていたのを記憶している。


「(……そうか、そういう事情があったのか。ヘルメス王子に聖剣を渡さねばならぬからと……)」


 それを理解すると、なんとも胸が痛む。カミラはジュードのことが好きだと言うのに、聖剣のために彼女は想いを告げられずにいるのだ。

 だが、ジュードがヴェリア王家の人間であるのならば、聖剣を継承する資格は充分過ぎるほどにある筈だ。尤も、この大臣が納得するとは到底思えないが。


「……巫女様はイヤだって言ってるみたいですがねえぇ」

「なんですと!?」

「おっと失礼、でも女の子の暗い顔を見てると胸が痛んじゃうな。特に巫女様はとても可愛らしいし」


 そこで口を挟んだのはヴィーゼだ。このような場でも、彼の軽口は鳴りを潜めたりはしない。――否、彼も先程からの大臣の言葉の数々に腹を立てているのだろう。

 だが、ヴィーゼのその言葉は大臣を刺激するには充分だったようだ。先程のアメリアのように強く両手でテーブルを叩くと、声を荒げた。


「何をバカな! 姫巫女(ひめみこ)は王家に嫁ぐのが習わし、ならばカミラ様とて王家に嫁ぎ、夫となるヘルメス様に聖剣を託す必要がある筈!」

「なら別にエクレール王女やジュードだって良いワケじゃないか」

「本物のジュード王子は十年前に亡くなられたッ!」


 大臣とヴィーゼの言葉の応酬にカミラの顔は再び俯く。隣に座るリーブルは、そんな彼女の背中を心配そうに優しく撫で付けた。

 ――そうだ、だからカミラはこれまでずっと抑え込んできたのだ。ジュードに対する想いの数々を。

 自分はヘルメスに嫁がなければならない、聖剣をヘルメスに託さなければならない。だから、ジュードを好きになってはいけないと。


『オレは魔族よりも、何もしないでみんなが殺される方が怖いよ』


 けれども、ジュード本人は確かにそう言った。

 彼にとってこんな気持ちは迷惑になるかもしれない。それでも、もし聖剣を託す相手を自由に選べるのだとしたら――みんなと協力し、手を取り合って戦っていけるだろうジュードが良い。

 その時、ふとそれまで余計な言葉を挟むことのなかったヘルメスが重い口を静かに開いた。


「――カミラ」

「……? は、はい」

「あいつを……あの小僧を好いているのか、私の弟の偽者を」


 ヘルメスの言葉にエクレールは眉を寄せる。偽者などと言われることが猛烈に腹立たしかった。

 しかし、証拠がないのも事実。ここで反論すれば、またややこしいことになりかねない。エクレールは悔しそうに口唇を噛み締めると、膝の上で固く拳を握り締める。

 対してカミラは暫し無言のままヘルメスを見つめて、改めて視線を下げた。


「……わたし、ジュードがヴェリアの人間でもそうじゃなくても別にどうでもいいです。でもわたしは、ヘルメス様よりもジュードの方が、聖剣を正しく扱えると思ってます」

「なんですと!? カミラ様、それは聞き捨てなりませんぞ! ヘルメス様への侮辱です!」

「ヘルメス様は聖剣を使って外の世界の人たちに復讐すると仰ってました。今ヘルメス様に聖剣を渡せば、きっと従わない者を力で捻じ伏せるでしょう? でも、ジュードは聖剣をそんな風に使わないと思う、嘗ての勇者様のように人々のために使える筈です」

「何をバカなことを! 我々は勇者様が築いた国の民、この世の支配者です! 勇者の意思に従わぬ者を排除して何が悪いと言うのですか!」


 大臣のその言葉にアメリアやヴィーゼ、リーブルは思わず嫌悪に表情を歪ませた。それが、この大臣の本音だ。自分たちは勇者が築いた国の人間、つまり特別な存在だと思い込んでいるのだろう。

 それ故、大陸より外に住まう――彼ら曰く「外の世界」の者を何処までも軽視した言動が出来るのだ。

 カミラは大臣ではなくヘルメスを真っ直ぐに見据えると、しっかりとした口調で言葉を紡いだ。大臣とは、これ以上話しても実りはない。不毛なだけだとして。


「……わたしが好きなのはヘルメス様ではありません、わたしはヘルメス様をどうしても愛せません。わたしは、わたしの心を理解してくれた優しいジュードが――!」


 その時だった、不意に彼女の鼓膜を苦しそうな声が揺らす。

 何事かと振り返ってみると、それは当の勇者様――ジェントだった。胸を押さえて非常に苦しそうだ。

 言葉途中で後方を振り返った彼女に誰もが皆、怪訝そうな表情を浮かべたが、今は構っていられない。この亡霊はどうしたと言うのか。


『……っ、カミラ……ジュードは……早く聖剣を、魔心臓(・・・)が近付いてる……!』

「(魔心臓……!?)」

四神柱(ししんちゅう)が警鐘を鳴らしている、急げ……ジュードのところに……!』


 彼の魂には四神柱の刻印が刻まれていると聞いた。恐らく、その四神柱が彼に危険を報せているのだろう。

 次の瞬間――その憶測を肯定するかの如く、その場が大きく揺れた。まるで大きな地震のように。

 カミラは慌てて立ち上がると、会議室の出入り口へと駆け出す。


「巫女様、どちらへ!?」

「女王様、都に危険が迫っているようです! わたし行ってきます、メンフィスさんは女王様をお願いします!」

「カミラ様、わたくしも参ります!」


 カミラの言葉にエクレールは慌てて立ち上がると、彼女の後に続いた。危険が迫っていると聞いて黙っていられないエクレールのその性格は――ジュードによく似ている。

 メンフィスは動揺しながらも確かにそう思った。彼女は王女、女なのだ。本来ならば怖いと言って震えていてもおかしくないのに。


 大臣は真っ青になって狼狽え、ヴィーゼは遅れながらも椅子から立ち上がり、彼もまた会議室を出て行く。テルメースはそんな彼らを心配そうに見送り――ヘルメスは何処までも冷たい双眸で扉を見据えていた。



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