第二十七話・火の王都ガルディオンへ
「王子! 申し訳ありません!」
「平気平気、こっちは大丈夫だからヴェリアの方々を頼んだよ!」
「はい!」
旅支度もそこそこにカームの街を発ったジュードたちは、火の国に戻ってきていた。
戦闘は疲労が蓄積しているだろうジュードたちやヴェリアの民に負担を掛けまいと、ヴィーゼ率いる風の騎士団が大半を担っている。
彼らは風の国ミストラルの者、つまり強く持つ属性は風だ。火の国の魔物相手では明らかに不利だと言うのに、そんなことは微塵も感じさせず抜群のチームワークで魔物たちを一掃していく。
ヴィーゼは王子であるにも拘わらず戦闘になれば真っ先に前線へと飛び出し、勇猛果敢に戦っていた。
ジュードたちはともかくとしても、長い間魔族と戦って来ただろうヴェリアの民は明らかに疲弊している。港街カームでは充分な休息は取れなかっただろう、彼らの顔にはいずれも強い疲労が見て取れた。
それ故に騎士団はヴェリアの民の元まで魔物を一切近付けさせない。陣形は前方と最後方を騎士団が固め、両脇にジュードたちが展開、その中央にヴェリアからの来訪者がいると言うもの。
ジュードやウィル、リンファが手を出すよりも先に騎士団が敵を倒してしまうため、彼らの出番もほとんどなかった。
「相変わらず凄いな、王子の騎士団は……」
「ほんと、あたしたち何にもしてないわよ」
そんな騎士団の奮闘ぶりにウィルは思わず感嘆を洩らし、その後方ではマナが何度も頷きながら同意を示す。
だが、彼らにとっては非常に助かることだった。
結局昨夜は疲労もあって早くに休んでしまったし、今朝はカミラに叩き起こされて大慌てでこうして出立になってしまった。ジュードと、まだゆっくり話せていないのだ。
そのため、ウィルやマナの意識はどうしてもジュードの方に向いてしまう。彼は大丈夫だろうかと。
グラムや他の面子と普通に会話をしているし、取り立てて何処がおかしい、と言うことはない。しかし、やはり動きに多少のぎこちなさはある。
そしてそんな彼に、エクレールや王妃テルメースは物言いたげな視線を投げ掛けていた。話したがっていると言うのは確認せずとも分かる。
「(ガルディオンに着いても、あんまりゆっくりは出来そうにないな……)」
エクレールの話を鵜呑みにするのなら、彼はやはりヴェリアの王子。そして王妃テルメースこそが、彼の実の母と言うことになる。
――この世界の理を破壊した張本人だ。
彼女が自分の役目を放棄したから、世界がこんなことになった。そんな実母とジュードはどう向き合うのか――考えれば考えるだけ、ウィルやマナは彼が心配になるのだ。
* * *
結局、無事に王都に辿り着いたのはその翌々日のことであった。
自分たちだけの旅路と異なり、護衛対象が複数いる旅は進みがとても遅くなる。そのため、翌々日でも早い方だろう。
随分と久方振りになる火の王都ガルディオンは、以前の襲撃の爪痕は未だあちこちに残ってはいるものの、それなりに修復が進んでいた。
「(女王様に会ったら、他の国であったことをちゃんと報告して……メンフィスさんにシルヴァさんのことを謝って、それから……)」
王都の街並みを見回して、ジュードは今後の予定を頭の中で組み立てていく。
地の国と協力関係を結べなかったこと、水の国がほとんど壊滅に近い状態になったこと、ヴェリアの民と合流したこと、そしてシルヴァを失ったということ。
自分たちの――否、自分の処分がどうなるのかもジュードは気になった。
「ここが火の王都ガルディオンですか、ふん……古びた都ですな、我ら聖王都の美しい街並みに比べればなんと貧相なことか」
そんな中、ヘルメスの傍を歩いていた大臣が吐き捨てるように呟く。故郷ではないにしても、長らくこのガルディオンに住んだジュードたちにとっては決して受け入れられるものではなかった。
しかし彼らが何かしら言うよりも先に、一つの静かな――けれども反論を許さない声が大臣を制す。
「黙りなさい、聖王都は十年前に滅びました。いつまで過去の栄光に縋ると言うのです、嫌だと言うのならお前は都の外で野宿でもしていればよい」
「……っ」
それは、ヴェリアの王妃テルメースだった。
ヘルメスの妹であるエクレールには強気になれても、流石に王妃にまで無礼な言動は出来なかったらしい。大臣は口を噤んでやや俯いた。
そんな様を見てマナとルルーナは互いに顔を見合わせると、言葉もなく笑う。スッキリしたとでも言わんばかりに。
「……エクレール様、お疲れではございませんか?」
「ありがとうございます、わたくしは大丈夫です。それより皆さんの方が……」
リンファは同じ年頃と思われるエクレールが気になるのか、彼女の斜め後方に並ぶとその身を気遣う。するとエクレールはやや歩調を緩めてリンファの隣に並び、穏やかに笑った。
そんな二人の様子を見て、彼女たちの後方を歩くウィルは安心したように表情を和らげる。この二人は多分ごく普通に、そして当たり前のように仲良くなれるだろう。そう思ったのだ。
「あー! あっつーい! ジュードちゃあぁん、あっついわあぁ……」
「……イスキアさん、くっついてたらもっと暑いよ」
「イスキア、だらしないに」
「ほんとですぅ、トールちゃんはピンピンしてますよぅ」
イスキアはジュードの背中から覆い被さると、そのまま引き摺られるようにして歩いていく。色鮮やかな緑の頭の上には今もまだ雷の大精霊トールが鎮座し、ライオットの言葉に何度も頷いていた。
「うっさいわねぇ、トールは雷の精霊じゃない。アタシは風だから暑さには弱いのよ、んもう」
次々に向けられる精霊からの言葉にイスキアは双眸を半眼に細めると、ジュードの肩に顔面を押し付けて突っ伏す。
そんな様子を、彼の隣を歩くカミラは幾分微笑ましそうに見つめていた。
「や、やっと帰ってこれたね」
「うん、そうだね。なんかもう何年も帰ってない気がするよ」
このガルディオンを離れていたのはそれなりの日数だったが、それでもあちらこちらで色々なことがあり過ぎた所為か、本当に久し振りに感じられた。まるで何年も離れていたような。
カミラはジュードの言葉に小さく頷きながら、復興が進んでいる街中に視線を投じる。
本当はちゃんと話したい。そうは思うのだが、まずは女王に報告をして、ヴェリアからの来訪者を休ませることが最優先だ。
ヘルメスは言葉を交わしながら歩くジュードをカミラを、やや離れた場所から睨むように見つめていた。