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第二十五話・聖剣の封印


「ううぅ……頭がパンクしそう……」


 ウィルやエクレールたちが部屋に戻った後、カミラは一人食堂に残りうんうん唸っていた。

 先程イスキアから聞いた話を一人で纏めているのだ。

 ジュードは、死んだ筈のヴェリアの第二王子本人。エクレールと同じく交信(アクセス)能力を持つが、彼は勇者と精霊族の血を半々に持つため、交信の対象は精霊だけに留まらず四神柱(ししんちゅう)とも可能である。

 更に、ジュードは一度サタンに喰われたことがあるが、生きていた。死んでいない。その理由はまだ不明。


「……分かってることと言えば、このくらいだよね……」


 そこまで考えてカミラは両手を伸ばすと、そのまま長テーブルに突っ伏す。船旅で彼女の身にも随分と疲労が蓄積されているのだが、どうにもまだ眠れる気がしない。

 ジュードが心配だから、と言うのもある。だが、そろそろ彼女は答えを出さなければならなかった。

 ――ヘルメスとの婚礼を受け入れるのかどうか。

 彼女は姫巫女(ひめみこ)だ、これまでの姫巫女同様にヴェリア王家に嫁ぐことが決められている。当時好き合っていた第二王子は亡くなったとされたため、現在の彼女の婚約者はヘルメスなのだ。


 しかし、第二王子は――ジュードは生きていた。この度、再会を果たすに至ったのである。

 それも、カミラがずっと好いてきた相手。本来ならば喜んでジュードを想い続けるだろう。


「(でも……)」


 どうしても、カミラにはその道が選べなかった。それを考えると、彼女の中にはジュードではなくヘルメスとの婚礼の道が出来上がるのだ。例え彼女自身がヘルメスを愛していなくても。

 カミラはテーブルに突っ伏したまま、重苦しい溜息を吐き出した。


『……まだ迷ってるのか?』

「ジェントさん……寝たのかと思いました、イスキアさんたちと話してる時もずっと大人しかったから……」

『……』


 そこで聞こえてきたのは、今やすっかり耳慣れた亡霊の声。

 カミラは億劫そうに顔を上げると、淡い光を纏いながら薄暗い中に浮かぶ彼を見つめる。普段であれば優しく微笑みながら言葉を掛けてくれるのだが、今日の彼は少しばかり異なっていた。何事か思案するような、けれども何処か気まずそうな様子。

 そんな彼の姿にカミラは不思議そうに瞬きを打った。


「どうかしたんですか?」

『いや、君がさっきジュードの父に言った言葉が……』

「……?」

『聖剣の封印が解けそうになってるぞ、いいのか?』


 その言葉にカミラは思わずテーブルに両手を付き、勢い良く椅子から立ち上がった。ふるふるを小さく身を震わせながら、そのままジェントに詰め寄る。


「ど、どうしてですか!?」

『君がジュードを好きだと言ったからだ。忘れた訳じゃないだろう、聖剣の封印解放の条件が君自身の気持ち次第だと』

「う、うう……」

『もう限界まで弱まっている、だから先程は姿を見せずに大人しくしていた。……今の状態なら、下手をすればイスキアやトールに気付かれる』


 返る言葉にカミラは力なく椅子に座り直すと両手で頭を抱え、そして再び唸った。だが、続く言葉を聞けばその視線と意識は当たり前のようにジェントに向く。

 ずっと気になっていたことだ、なぜ彼は嘗ての仲間とコンタクトを取りたがらないのか、と。


「……ジェントさんは、どうしてイスキアさんたちに見つかりたくないんですか?」

『俺のことはいい、今重要なのは君のことだ』


 だが、あっさりと躱されてしまった。カミラとしては面白くない。

 カミラは、ジュードが好きだ。大好きだと、彼女自身も思っている。


「……聖剣は、わたしが心から好きになった人が次の所有者になるんです。お父様が亡くなる間際、そういう封印を掛けました。わたしは姫巫女だから伝説の通りに、将来添い遂げる者を勇者として聖剣の所有者に選べと仰って……」

『知っている』

「でも……聖剣の所有者になんてなったら、ジュードはもっと危険な目に遭います。魔族との戦いから絶対に離れられなくなっちゃいます……」


 段々と勢いを失い、後半に行くにつれて小さくなっていくカミラの声にジェントは小さく溜息を洩らす。彼とて分かっている、カミラがジュードを好いていながらその道を選べずにいる理由を。

 ジュードをこれ以上、魔族との戦いに巻き込みたくないと彼女は思っているのだ。聖剣は嘗て伝説の勇者が使っていたもの――そのようなものを手にすれば、人々は勇者の再来として崇め称えるだろう。

 そうなれば嫌でも人々の先頭に立ち、魔族との戦いに身を投じなければならない。下手をすればそのまま命を落としてしまう。


『……カミラ』


 それでも、ジェントは思うのだ。

 自分の考え以外は受け入れられないヘルメスよりも、ジュードの方が聖剣を扱うに相応しいと。更にジュードがヴェリア王家の人間であるのならば、聖剣を手にする資格は充分過ぎるほどにある。

 ジェントの声にカミラは改めて顔を上げると、しょんぼりと気落ちした様子で言葉を待った。まるで気落ちした犬のようだ。


『君の気持ちは分かるが、ジュードはもう引き返せないほどに魔族との戦いに巻き込まれてしまっている。そんな状態であれば、逆に聖剣を持っていた方が安全だ』

「……安全?」

『魔族はこれからも彼を狙ってくるだろう、だが聖剣は(よこしま)なものを決して寄せ付けない。どのような危険からもジュードを守ってくれる筈だ』


 亡霊亡霊と言えど、ジェントは過去に聖剣を手に魔族と戦った勇者だ。聖剣のことは彼が誰よりも知っている。その彼が言うのであれば、恐らく間違いではない。

 しかし、だからと言ってこの場ですぐに決められることでもなかった。カミラは改めてテーブルに突っ伏してしまうと、また一つ深い溜息を吐く。


「……よく考えてみます……」


 ジュードのことは好きだ、誰よりも好きだとも思う。

 だが、本当にそれで良いのか、彼女はまだ決められずにいた。

 それに――――


「(……ジェントさん、叶う前提で話してるけど……ジュードのこと好きって言って断られたらどうするつもりなんだろう……ジュードがあの王子様なのは分かったけど、本人は当時のこと何も覚えてないんだし……)」


 互いの気持ちを知らないのは当人たちだけなのだ、傍目にはジュードとカミラが随分前から相愛だと言うことは嫌でも分かる。

 だと言うのに、カミラは「もしフラれたら」などと見当違いなことを気にしてばかり。確かに、普通は好きな人が自分を好きでいてくれるとは思わないものだが。

 そんな彼女をジェントは幾分呆れたように、しかしそれ以上は何も言わずに見守っていた。



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